5-4 森エルフ棲息地への帰還
「森エルフの領域に入ったか」
馬車の御者席で呟くと、俺に抱かれるように座るレミリアが、顔を見上げてきた。
「そうだよ、モーブ」
くすくす笑う。
「エルフのこと、だいぶわかるようになってきたじゃん」
「お前と付き合いが長いからかな」
俺達の馬車は、森の小径を揺られながら進んでいる。あーちなみにいなづま丸やいかづち丸といった俺達の馬には、長い寿命を獲得させてある。俺やラン、マルグレーテやリーナ先生同様、延寿効果のある例の草を食べさせたからな。
「それに雰囲気でわかるしよ」
実際、森エルフの領域に入ると、森の雰囲気が変わった。面白いもんだよ。同じエルフの森といえども、棲息している各部族によって、樹木の生え方だの地面から立ち上るマナの空気感が変わるから。
そう言ってやると、右に座るカイムが首を振った。
「逆かもしれませんよ、モーブ様」
「逆とは」
「それぞれの部族が、自らの魂に合った大樹の森に居着いたのです。……少なくとも我らハイエルフの歴史学者は、そう仮説を置いております」
「ハイエルフは知性派だ。奴らの判断なら、そちらが合っているかもしれん」
左に座るシルフィーも頷いた。なんだかんだ、いがみ合うダークエルフとハイエルフなのに仲良くなったな、このふたり。
この御者席は三人くらいしか座れない。だからレミリアは俺が抱きかかえている。あとひとりのエルフ、アールヴのニュムは、みんなと共に荷室にいる。ヴェーヌス以外、なんかわいわいやってるわ。多分、アールヴの暮らしぶりでも聞き出してるんだろ。
ヴェーヌスはいつもどおりだ。つまり荷室の壁に背をもたれ、目を瞑ってじっとしている。万一モンスターでも湧いたときのために、馬車周辺に神経を集中させているんだろう。ここエルフの森に敵対的モンスターは湧かないと思う。それに俺達はエルフ各部族とも和解している。だがヴェーヌスは、和解を完全に信じてはいないようだった。なにせ裏切り上等の魔族だからな。
──ぴゅうっ──
樹上から鋭い音が響いた。笛の音……いや口笛だろうか。ばさばさ音がすると、ひとりのおっさんが飛び降り、馬車の前に立った。
「戻ってきたか、レミリア」
壮年の……というか壮年に見えるエルフは嬉しそうに、顔を崩している。
「ブリギットおじーっ」
俺の腕から飛び出すと、身軽に馬車の前に着地する。
「ただいまーっ」
軽く抱き着くと、すぐ離れる。
「モーブがね、やったよっ」
「わかっておる」
ブリギットおじは、俺を見上げた。
「マナの流れが最近、明らかに変わったからな。豊かに噴出する方向に。御者席には先般連れておったダークエルフだけでなく、未見のハイエルフまでおるし」
「初めまして、おじ様」
カイムが頭を下げた。
「それに……」
言いかけて、ブリギットおじは絶句した。呆然としている。手にした弓を落としたのにも、気づいていない。
「それに……そこにおるのは……まさか」
視線の先は、荷室だ。そこから、ニュムが顔を覗かせている。
「まさか……アールヴ。ここ数百年、誰も見たことのない……」
「そうだよ。アールヴのニュム」
自慢気に、レミリアは胸を張った。まあ、精一杯張っても小さいんだが……。
「見て、ブリギットおじ」
馬車の屋根ではためく旗印を、レミリアは示した。森エルフ、ダークエルフ、ハイエルフ、それにアールヴ。四つの種族旗を。
「ありえん……」
どさっと音がした。左手に持っていた獲物のうさぎ、今度はそれを落としたのだ。
「こんな……こと」
目を見開いたまま、ブリギットおじは呆然と呟いた。俺とニュムの顔を、交互に見比べながら。
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