5-2 ニュム実家「アールヴ巫女の館」の対決

 ふたご国王の許を辞した俺達は、アールヴ巫女の館に赴いた。性別を偽っての暮らしから解放してやると、俺はニュムに約束した。その約束を果たすために。


 ニュムの正体が女だと、すでにアールヴの間で噂が流れているはず。もちろんニュムの実家にも。一刻も早く動かないと、ニュムは周囲から逆にがちがちに固められてしまうはず。親元の対処が整う前に、なるだけ早くこちらが主導権を握る必要があったのだ。


 巫女の館は、里の奥まったところにあった。ひときわ鬱蒼とした森林を背後に、苔むした古木で建てられた小ぶりの館で、厳かな空気が漂っている。


 門前で声を掛けると、扉が開き、ひとりの幼女が現れた。巫女姿。ビキニアーマー姿のニュムと俺達を見ても驚きもせず、無表情のまま中に通してくれる。


 エントランスのすぐ脇に小さなホールがあり、そこで何人かのアールヴが、俺達を待っていた。幼女から老婆まで全員、巫女姿。男の姿はない。向かい合うようにして、床に座った。


「厄介な話よのう……」


 中央の老婆が、眉を寄せた。手にした扇子を、開いたり閉じたりしている。ぱたぱたという音が、静謐な室内に響いた。


「これは王の不行き届きじゃ。頼まれたからニュムを貸し与えたというに、このような姿で戻りおって……」


 不愉快そうな声。


「お祖母ばば様、王を訴追してはいかがか。祖霊を通じ」


 傍らの中年女性が、腹から声を出した。


「そうじゃそうじゃ」


 反対側の中年女性が同意した。


「王家は我ら巫女と協力関係を持ってきた。長い間。しかるにこちらからニュムを出させ、男児使者の役割を奪い取った。秘密を暴いて。……これはもう、祖霊に対する反逆では」

「まあそう決めつけるでない。……のう、ニュム」


 扇子を床に置くと、「お祖母様」とかいう老女が、ニュムを見つめた。鋭い視線。エルフでこの姿ということは齢千年とか、そういうレベルだろう。それでもまだ精力が衰えず眼力を保っている。さすがは巫女だ。


「その姿になったのにはもちろん、理由があるのだな」

「はい、お祖母様……」


 ニュムは説明を始めた。禁忌地帯の地下に、謎の存在が巣食っていたこと。そいつがマナを食い荒らしてエルフの森を傷めていたこと。奴を倒すため、エルフ各部族に神狐の力を合わせる必要があったこと。真祖ルサールカの力を得るために。


「そのために、僕はどうしてもこの姿になる必要があったのです。その……」


 隣に座る俺を、ニュムはちらと見た。


「全て……エルフや客人をまとめたのはこの男、モーブです」

「ふむ……」


「お祖母様」は、不満げに俺を見つめている。


「……で、小僧王、小娘王は何と言っておった」

「これから、エルフ各部族に、モーブが事の次第を伝えなくてはならない。僕はそれに同行せよと」

「そうか……」

「終わったら里に戻れと……」

「正確に、どう言われたか教えるのじゃ」

「その……『全てが終わり、満足したら里に戻れ』……と」

「そう言っておったのか」


 目を見開いた。


「全てが終わり……と言ったのか。満足したら、と」

「は、はい。お祖母様」

「……あのふたご狸めが」


 なにか小声で罵った。俺の知らない言語で。


「いかがされますか、お祖母様」

「ご判断を」


 周囲から急かされ、「お祖母様」は、大きな溜息をついた。


「仕方あるまい。女だと、すでに里には知れ渡っておる。今更王家と我らの使者には戻れん。それは誰かを立てればよい。……おい、男」

「は……い」


 この場で男は俺だけだ。それに睨まれている。やはり俺のことだろう。


「お前はこれからどうする」

「さっきの話のとおりだ。エルフ各部族を回って経緯を説明する」

「その後の話よ、痴れ者」

「冒険を続ける」


 馬鹿にされてるが、とりあえずどうでもいい。別に殺されるわけじゃない。罵倒とか侮蔑は、前世の底辺社畜時代に慣れっこだ。今更腹も立たない。


「皆とな」

「お前の嫁とだな」

「まあ……そういうことになる」


 レミリアも含め、すでにパーティー全員、俺の嫁にした。嫁じゃないのはここエルフの森の三人だけだ。俺が嫁を連れて旅していることは、ここアールヴ連中にも知れ渡ってるしな。


「ならば一時的にニュムを貸そう」


 おおっというどよめきが、周囲の巫女連中から巻き起こった。


「よろしいのですか、お祖母様」

「里をアールヴが出るなど、前代未聞」

「そもそもニュムは──」

「よい」


「お祖母様」は、声を張り上げた。


「これで我らは王家に貸しを作ることになる。百年後には、それが効いてくるはず。災い転じて……じゃ」


 ニュムを見つめて。


「ニュム、コマとしての役割、見事果たしてみせよ。性別を晒し巫女一族から脱落したお前の、せめてもの償いじゃ」

「はい……お祖母様」

「ちょっ待てよっ!」


 ニュムを掴み、下げた頭を上げさせた。


「なんだよてめえ、人を物扱いかよ。ニュムはなあ、家の人形じゃない。人間だぞ。感情だってある。性別を封じられこいつがどれだけ苦しんでいた、考えもしないのか。それでも巫女の長かよ。一族をまとめる器には見えん。思いやりとか想像力がなさすぎだろ」

「モーブ……」


 やんわりと、腕を抑えられた。マルグレーテに。


「言葉が過ぎるわよ。無礼ではないですか。ここは彼らのテリトリー、そして彼らの文化圏よ」

「でも……」

「それに、ニュムはそもそも人間ではないのう。エルフだし」


 のんびりした声のヴェーヌスにツッコまれた。いやそらそうだけどよ。


「いずれにしろ許可は頂けた」


 マルグレーテは、真剣な瞳だ。


「感謝こそすれ、歯向かうのは筋違い。失礼よ」

「しかし……」

「お前がマルグレーテか、噂の……」


「お祖母様」が、瞳を細めた。


「たしかに……神狐様の魂を感じるわい。お前と共にあらば、ニュムも幸せであろう。そこな……単細胞の男もな」


 くっくっと笑っている。いやどこまで馬鹿にするんだよ。


「けどよ……」

「もういいの。ほら、頭を下げて」


 マルグレーテに頭を押さえられ、下げさせられた。あといくつか手が重なっていたけど、あれ、誰だろ。ニュムは隣に居たから、他の奴。リーナ先生とアヴァロンあたりかな。あるいはレミリア。まさか……ランじゃないよな……。

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