5 エルフ各部族の壁

5-1 ふたご国王への報告

「そうか……」


 玉座のアールヴ・アールヴ国王は、俺を見つめて頷いた。隣の玉座にはふたご王の片割れ、アールヴェ・アールヴ女王が、黙って座っている。玉座の間には取り巻きすら居ない。ただひとり、この里に俺達を導いた年寄りのアールヴ、ンブクトゥだけが、傍らに控えている。


「では、エルフの森の脅威は消えたのだな」

「はい、アールヴ様」


 ニュムが答えた。地味な偽装服ではなくビキニアーマー姿のまま、俺の隣に控えている。「イドの怪物」戦が終わっても、ニュムは服を着替えなかった。そのままアールヴの里に凱旋したから、行き交うアールヴ全員が目を見張っていた。それでも誰も、表立ってはなにも言ってこない。陰険で猜疑心に凝り固まったアールヴらしいっちゃ、らしい。


「エルフ全部族、それに神狐の魂を持つマルグレーテが、力を合わせて倒しました。ここにいる全員も協力してくれてのことです。もちろん……」


 ニュムが、俺の顔をちらと見てくる。


「もちろん……全てまとめたのは、ここにいるモーブです」

「ふむ……」


 若い……というか若く見える王は、黙った。俺とニュムを、じっと見つめている。ニュムの性別開示に驚いているはずだが、おくびにも出さない。さすが国王やってるだけあるわ。肝が太い。


 ……と、アールヴェ・アールヴ女王が体を寄せ、アールヴ国王の耳になにか囁いた。


「うむ……」


 アールヴ国王が頷く。


「どうやら、たしかにマナの流れが急速に戻りつつあるようだ。アールヴェの感得するところ」

「我が姉、正巫女に確認させればよろしいしょう。正確な神託が得られるはずです」

「巫女……か……」


 ふっと息を吐くと、顎など撫でている。


「巫女筋の重圧はわかっておる。にしてもお前は……よく我慢してきたものだ」


 男装し性別を偽ってきた件だろう。


「全ては……」


 一瞬もためらわず、ニュムが返す。


「アールヴ祖霊のため」

「ならなぜ今、その責務を放棄した」

「それは……」


 絶句したニュムが、俺の顔を見上げた。


「ニュムさんは、里のため、本来の力を解放されたのです」


 背後に控えていたハイエルフ、カイムが進み出た。ニュムの右肩に、そっと手を置く。


「ニュムさんの決断がなければ、私共はあのダンジョンで死んでいたでしょう。死を呼ぶ罠や、こちらの複製モンスター、それに元凶は奇妙な力を持っていました」

「それはあたしも保証する」


 ダークエルフの魔導戦士シルフィーも、前に出た。左肩に手を置いて──。


「四部族祖霊の助けを借り、エルフ真祖部族、精霊ルサールカの力を引き出したのです。あれは……ルサールカに最も近い古部族アールヴの巫女でなければなし得なかった奇跡です」

「そうか……それでも……」


 斜め上の天井を睨み、また黙る。


「事を為した後、また『偽りの男』に戻ればいいだけの話。なぜ今も『女装』しておる」

「それは……」

「俺が命じた」


 ニュムの窮地だ。黙っていられない。


「こいつはそもそも、女子として暮らしたがっていた。末子だから巫女にはなれない。だが女子として友と遊ぶことはできたはず。でも……ニュムは他人を遠ざけていた。あまり親しくなると、本当の性別がバレかねないから」

「いいんだ、モーブ……」


 ニュムに袖を引かれたが、構わず続ける。


「そんな話があるか。ニュムはなあ……この里を救った英雄だ。それに一時とはいえ、俺のパーティーに入った仲間でもある。そんな奴を幸せにできないなら俺は、リーダー失格だろう」

「勇ましいのう……」


 苦笑いされたが、知るか。


「もうニュムを解放しろ。王家と巫女筋の連絡役なんて、別の奴でもいいだろ。なんならンブクトゥ、お前がやれ」

「私がか……」


 こっちにも笑われた。でも瞳は面白がっているように見える。俺を馬鹿にしているとは思えなかった。


「儀礼典章を書き換えんとならんのう……」

「書き換えたらいいでしょ」


 レミリアが口を挟んだ。


「そんな古臭い決まりにいつまでも従ってるから、アールヴは頑固だ陰険だって言われるんだよ」

「これはこれは……威勢がいいのう」

「アールヴ・アールヴ様、アールヴェ・アールヴ様、それにンブクトゥ様……」


 マルグレーテが、レミリアの手をそっと取った。


「レミリアは、エルフ全部族の未来を見ているのです。行き過ぎた振る舞い、お許し下さいませ」

「そうだよー、レミリアちゃんは、エルフのこととモーブのことしか考えてないんだからね。いいお嫁さんだよ」


 いやラン、それ下手したら火に油だ。


「ふたご国王様は、賢いお方。臣民の幸せを考えて下さると信じております」

「それこそ王の度量というものであろう。我が父、魔王ですら、部下を殺すだけではなく、生かすときは生かしておるぞ」

「学園で学生を導くときもそうです。優しく、本人のことを考えないと」


 俺の嫁が、次々言い募る。苦笑しながら聞いていたアールヴ・アールヴ国王に、ふたご女王がまた耳打ちした。……と、国王は背筋を伸ばし、居住まいを正した。


「ニュムよ……」


 今日始めて、アールヴェ・アールヴ女王が口を開いた。


「お前はこれからどうしたいのじゃ」

「僕は……その……」


 助けを求めるように俺の手を握ってきた。


「俺が連れて行く」

「そうするがよい」


 あまりにもあっさり認めたので、拍子抜けした。


「い……いいのか」

「構わんのう……。なにしろ、エルフ全部族、全ての国王に、今回の決着を伝えねばならん。我らアールヴは、里を出るなど言語道断。モーブとかいううつけ者がしてくれるなら、反対する理由はない。といって……」


 手を握り合う俺とニュムを見る。


「報告となればアールヴからも使者を出す必要がある。経緯からして、ニュムが適役じゃ。……全てが終わり、満足したら里に戻れ、ニュムよ」

「あ……ありがとうございます、アールヴェ様」

「礼ならお前の隣の馬鹿者にせよ、ニュム。……早う出ていってもらいたいものじゃ。我が里の安寧を乱す輩と、その嫁共などは」

「ありがとうございます」


 って俺も一応頭を下げたがなんだろう、思いっ切り馬鹿にされてる気がするんだが……。


 まあいいか。たしかに全部族を回らないとならないのは、そのとおりだし。


 とはいえ、ふたご国王、それにンブクトゥまで楽しそうな「からかい顔」だったのが気になる。婉曲に嫌味を言うとか、アールヴ京都人説、ますます強まったな、これ。

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