4-17 エルフ全部族の力
「僕がやるっ」
剣を捨てたまま、ニュムが吠えた。
「エルフ全部族、突っ込むぞっ!」
アールヴ男児特有の地味な服を一気に脱ぎ去る。上も下も。……と、現れたのは女性戦士のビキニアーマー姿だった。黄金に輝く。性別を偽装しながらも、下に着込んでいてくれたんだな。万一に備えて。
その配慮に、胸が熱くなった。最大の秘密を失ってまで、俺達のことを考えていてくれたんだ。最高のツンデレじゃん……。
「あれは……ヒヒイロカネ」
シルフィーが呟いた。
「古代に失われた稀金属の技が、アールヴには受け継がれていたのか……」
「僕だってアールヴ。巫女筋の女だ。呪力を全解放できるさ、ヴァルハラ……祖霊の地から」
剣すら拾わず、走り始めた。
「エルフ全員、種族能力を解放せよ。全ての部族の力が合わされば、失われたルサールカ、水霊の力を発揮できるはず」
「わかった」
「はいっ」
レミリアとカイムが続く。シルフィーが、俺の目を見て頷いた。
もうやるっきゃない。全滅を防ぎ逆転する機会は、今しかないのだ。
「全員、守備を固めろ。とにかく攻撃を防ぐことだけに集中するんだ。……ヴェーヌス」
「モーブ……」
ヴェーヌスが、なんとか立ち上がった。
「悪いがもうひと働きだ。敵攻撃を散らせ。エルフや後衛に攻撃が飛ばないよう、牽制しろ」
「もちろんだ」
「マルグレーテ、お前は前線に来い。お前の狐の力も――」
「わかってる」
俺の言葉を最後まで聞かず、マルグレーテは駆け出した。赤い髪が揺れる。
「よし」
マルグレーテは、防御力最弱の攻撃魔導士だ。それでも前線に出さないとならない。あの試練の扉のときのように、エルフと狐の力、最大限の効果を発揮するにはおそらく両方が必要だ。
「残りも進めっ! 守備が散らないよう、固まるんだ」
ランとリーナ先生、それにアヴァロンが向かってくる。さすがの素早さで、アヴァロンはもうエルフを抜いてヴェーヌスに並んだ。舞うような華麗な動きで、匕首を振り回している。
「モーブっ」
駆け込んできたニュムが、俺に抱き着いた。
「僕を投げ飛ばせ。ボスのところまで」
「よしっ」
ニュムと二の腕を握り合った。小柄なニュムを、ハンマー投げのように振り回す。
「うおーっ!」
ふたりの手が離れた。リーナ先生が浮遊魔法を掛けると、一段と体が浮く。敵前衛の頭上を越え、最奥部へと……。
回転しながらも、ニュムはアドミニストレータに向かう。まっすぐに。ニュムに向けて放たれた魔法攻撃は、マルグレーテがすべてカウンターマジックで中和した。ランは味方全員に防御魔法を施している。
「今だっ」
ニュムが拳を突き出した。同時に、エルフ三人が叫ぶ。なにか知らない言語で。三人の体から様々な色のオーラが噴き出し、ニュムを包んだ。
「マルグレーテっ!」
「モーブっ!」
飛び着いてきた。俺との間で、なにかのエネルギーが熱く、激しく往来するのがわかった。
「神狐様……」
呟きと共に、マルグレーテの体から、虹色のオーラが立ち上った。一直線に、ニュムへと向かう。
「やれっ! ニュムっ!」
俺の叫びと共に、ニュムは突っ込んだ。拳を握り。アドミニストレータ、たったひとつの頭部を狙い。
「ルサールカの力、思い知れっ!」
「こざかしい手品を使うとは……」
アドミニストレータが哄笑する。その頭を、ニュムは殴り飛ばした。
「ぐっ!」
よほどの衝撃だったのだろう。頭部は首から引き千切られた。どさっと頭が落ちる。
「これで私を倒したつもりか」
泥人形の頭部があざ笑う。頭部を失った胴体は、あちこちを指差し、そのまま戦いの指示を続けている。
「蚊ほども効いていないな」
「なら、これはどうかな」
ニュムの体、体表面全てから、水が噴き出した。四方八方に。噴水……というより、スプリンクラーのように。
「うおっ!」
アドミニストレータが、苦し気に唸る。
なんだ……これ。
自分の目が信じられなかった。激しい水流が、敵の体を寸断していく。アドミニストレータも、ゴーストたちも。プリンでも切るかのようだ。前世の社畜時代、絞った水流で金属を切断加工する動画を見たことがある。ちょうどあんな感じで。
ゴーストはばらばらになっていく。悲鳴を上げることもなく、無言。ちょうど以前、ヴェーヌスゴーストと戦ったときと同じだ。青い輪郭が薄れ、破片が徐々に闇に消えていく。後にはなにも残らない。
「モーブ……」
最後に残ったのは、地面に転がったままのアドミニストレータの頭部だ。
「こ……これで終わりだと思うな」
絵の具で描かれたような目で、俺を睨む。
「ふん。陳腐な捨て台詞だな」
思いっ切り、蹴っ飛ばしてやったよ。壁に当たってころころ転がってて笑うわ。ピーナツかよ。
「仮にもお前、ラスボスみたいなもんだろ。そんな月並みな台詞、バグゲー開発者だったアルネ・サクヌッセンムでさえ許すわけないわ。序盤の雑魚キャラかよ」
アルネはゲーム開発には真摯に向き合ったからな。会社に潰され、盛大なるバグゲーになっちまっただけで。こんなカスみたいな脚本、許可しないに決まってるわな。
「自分は四天王でも最弱、とでも言うつもりかよ、アホくさ」
「わ……私を倒せば……せ……世界のバランス……が。ソ……」
「それ本体からも聞いたわ。オウムかよ。さすが『イドの怪物』というか、あいつの劣化コピーでしかないのか」
「……ソウ……ル……き」
「もう消えろ。せめてもの情けに、本体と同じ剣を使ってやる」
いい加減うんざりだ。ブレイズ形見の無銘剣を突き立ててやった。顔に描かれた瞳がくるりと回って、白目になる。傷から漏れた光が眩く、思わず目をつぶる。
開いたとき、もうアドミニストレータ「イドの怪物」は消えていた。跡形もなく。召還していたゴーストと共に。
●次話より新章「エルフの壁(仮題)」開始!
お楽しみにー!
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