4-16 追い込まれる俺達
「くそっ!」
転がりながら、俺は叫んだ。レミリアゴーストの矢をかろうじて
「モーブ様っ」
駆け込んできたアヴァロンが、俺の前に立った。匕首≪あいくち≫で牽制しながらも大きく体をスウェイさせ、ヴェーヌスゴーストから逃れる。格闘士たるヴェーヌスに巫女服の襟なんか捕まれたら、そのまま倒されて関節を極≪き≫められちまうからな。
「鎌鼬≪かまいたち≫レベル十」
「鎌鼬レベル十」
マルグレーテの輻輳魔法が飛んでくると、ヴェーヌスゴーストは猫のように飛んだ。効果範囲から逃げ、体勢を立て直すために。
「うおーっ!」
最前線に突進したヴェーヌスの苦戦を見て取り、ダークエルフのシルフィーが敵陣に突っ込んだ。ヴェーヌスは強いが、格闘士だ。間合いが短い。そのためどうしても攻撃を食らいがちになる。それをカバーするつもりだろう。背後を守るように立つと、偽俺の剣戟≪けんげき≫長剣で受けている。
俺ゴーストの所持剣が劣化版で良かった。存在抹消スキルは保持していないようだから。
それにしても……ヤバい。
敵の戦い方に、俺は舌を巻いていた。アドミニストレータ「イドの怪物」と俺達のコピーゴーストで、敵は七人。対するこっちはエルフ込みで十人。しかも偽物のほうは劣化コピーであって、オリジナルの俺達より能力が劣っている。全般に弱体化しているだけでなく、偽ヴェーヌスが魔法詠唱できないように、特定の攻撃方法を失っていたりとか。
なのに苦戦している。
というのも偽物は戦闘経験もコピーしているらしく、俺達の戦い方を熟知していたからだ。たとえばこっちが魔導士を潰すべくマルグレーテゴーストに攻撃を集中すると、敵は全員で彼女の防御と援護に回る。特に言語で意思を揃えることすらなく。
なので劣化コピーとはいえ侮れない。戦端が開いてから一進一退、がっぷり四つだ。しかも連中、痛覚とか死亡忌避本能とか欠如しているようで、どんどん攻めてくる。
もちろんそれに加え、アドミン野郎が背後から奇妙な攻撃を加えてくるからな。魔法系の。そのあたり、「攻性障壁」とかいう技を駆使した本体と同じさ。アドミニストレータは、このゲーム世界を管理していた監視者だ。当然というか、魔法系の技を使う。「素体」とかいう仮の姿を使うときは、肉体攻撃系タコとかサンドゴーレムとか巨大魔導士とか研究者姿とか、千差万別だったが。
「カイム、お前は回復に回れ。ランと一緒に」
「はい、モーブ様」
中衛で弓を構えていたハイエルフ・カイムが、後衛の位置まで下がった。回復役は後ろのほうがいい。視界が広くなるため、味方の適切な部分に回復魔法を施せるから。
敵ゴーストと異なり、生身の俺達は受傷に弱い。一度食らうと、いくら回復魔法を飛ばすとはいえ、どうしても攻撃が一時途切れる。それで戦闘バランスが崩れ、徐々に攻め込まれつつあるのが現実だ。
「埒が明かない。俺も突っ込む」
改めて、俺は無銘剣を掴み直した。刀身からは真っ黒な煙が噴き出している。とにかく敵をひとりずつでも倒すしかない。
「アヴァロン、それにニュム、守備を頼む」
「モーブ様」
「僕に任せろっ」
後衛守護はふたりに担当させる。戦闘フォーメーション変更により、こっちは前衛が俺とヴェーヌス、シルフィー。中衛がアヴァロン、ニュム、レミリア。後衛的中衛としてリーナ先生、カイム。後衛がランとマルグレーテ。
つまり3-3-2-2の配置となる。普段はヴェーヌスに敵を引っ掻き回させて混乱させる1-2-4-3だから、思い切った手法だ。
分厚い前衛を本隊から切り離し、敵陣に突っ込ませる手法だ。守備面のリスクこそ増えるが、もう選択肢はない。死をものともしないゴーストが、相手には多数揃っている。長期戦は俺達が不利だ。
この新しいフォーメーションがうまく機能すれば、敵戦力を削れるはず。今のところ向こうもこっちも戦闘不能者はいない。ひとり倒せば、それだけで戦況はこちら有利に傾く。サッカーで退場者が出れば超絶不利になる。あれと同じさ。
「続けっ!」
敵陣に斬り込んだ。ヴェーヌスとシルフィーが、左右を固めている。俺達三人は、奥深くまで突っ込んだ。
意外なことに、敵の防御は脆かった。守備陣が、あまりキツい攻撃を仕掛けてこない。味方の受傷を防ぐ防御的攻撃ばかり。だからあっという間に俺達はアドミニストレータ間近まで迫った。
よし、行けるっ!
確信した瞬間、アドミニストレータが笑みを浮かべるのがわかった。
「私の間合いに入るとは、馬鹿なことよ」
瞬間、跳んだ。バッタが跳ねるように。俺のすぐ前に着地したときは野郎、もう腕を引いていた。奇妙なことに、手首から先がドリルのように回転している。
えっ……。
混乱した。
こいつ、まさか肉体攻撃系? でもさっきまで魔導士系攻撃を繰り返していた。頭三つが無いだけで、見た目も本体と同じなのに……。
深く考える時間は無かった。あっという間に、ドリルが俺の腹に突き刺さった――と思ったが、気が付くと俺は尻餅を着いていた。俺の代わりに腹を
「……ぐっ!」
両腕を広げ仁王立ちになったまま、ヴェーヌスはドリルを受けている。俺から見える背中に、回転する先端がわずかに突き出ていた。
「きえーいっ!」
気合一閃、シルフィーが野郎の腕を叩き斬った。その勢いで首を薙ごうとしたが、野郎の体はまた飛んで元の位置に戻った。自軍最後衛に。跳んだ……というより、動画を逆回転再生したような動きで。
序盤で魔法だけを使ってきたのは、俺を間合いに誘い込むための罠だったのか……。
リーダーとして、俺の判断は甘かった。そのために死にかけたし実際、ヴェーヌスに大きな怪我を負わせてしまった。俺の仔が宿っている腹に……。
「……くっ」
ヴェーヌスが片膝を着く。ランの放った回復魔法が、緑に包んだ。
「ヴェーヌスっ!」
「……大丈夫だ」
片膝を着いたまま、ヴェーヌスは苦し気な笑みを浮かべてみせた。
「しかし……」
「構わずやれ」
「わかった」
俺達の前に立ったシルフィーは、たったひとりでアヴァロンゴーストの攻撃を受けている。なんとか防いでいるが、アヴァロンはとにかく素早い。手数で圧倒されている。そこに、敵マルグレーテから魔法が飛んできた。
「くそっ!」
雷撃が剣を直撃し、シルフィーは吹っ飛ばされた。電気ショックで剣も放してしまっている。
「てめえーっ」
俺はアヴァロンゴーストに一撃加えたが、あっさり躱された。
「モーブっ!」
誰かの叫びに振り返ると、自陣深くにまでヴェーヌスゴーストが斬り込んでおり、ヒットアンドアウェイで、こちらの中衛を翻弄している。
こちらの防御攻撃を受けヴェーヌスゴーストが引いた瞬間、マルグレーテゴーストから魔法が飛んでくる。追いかけて一撃を加えることができない。といってヴェーヌスゴーストを狙うこちらのマルグレーテの攻撃には、マルグレーテゴーストがカウンターマジックを飛ばしてきて中和する。
戦況は一進一退……どころか、自陣に攻め込まれている分、俺達が不利だ。
「くそっ」
敵の数を削るどころではない。明らかにこちらが押されている。おまけにこっちは前衛の切り札、ヴェーヌスを一時的に失っている。立ち上がり、再度参戦できるようになるまで、まだ数分は掛かるだろう。それもハナから全力で戦えるわけではない……。
不死の山火口での、アドミニストレータ四体戦を、嫌でも思い出した。あのときと同じだ。徐々に押されて、ついには仲間がひとりまたひとりと戦闘能力を失っていく……。
あのときと……同じに。
そのとき、中衛のニュムが、いきなり剣を放り投げた。
なんだこいつ。やけになって自滅でもするつもりか。俺達戦友を巻き込んで……。
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