4-14 最後の扉
「よし!」
ガコンと音がして、試練の扉が開いた。
「成功だ」
わだかまりの消えたニュムは、今度は失敗しなかった。エルフ四人の祈りで、扉が開いたのだ。
ニュムは、あからさまにほっとした表情だ。エルフ三人が、ニュムの肩をぽんぽん叩き、労をねぎらっている。
「開いたわっ」
向こう側から声がした。もちろん廊下を挟み、反対側の扉も開いたからだ。マルグレーテの持つ、神狐の力により。俺達は、同期しての試練挑戦に成功した。
「モーブっ!」
マルグレーテが駆けてきた。扉の前のエルフ四人が脇に移ると、マルグレーテは飛びついてきた。
「良かったっ!」
「おいおい」
なんとか踏ん張って受け止めた。
「そんなに勢い良く突っ込んできたら、この大穴にふたりで落ちるぞ」
「やだ……」
実際に、俺の片足はほぼ淵の際、徳俵ひとつで踏み止まっているレベルだし。マルグレーテも、それを見て我に返ったようだ。
「ごめんなさい。でも……」
透き通った瞳に、涙が浮かんだ。
「でも……でも」
「よしよし、お前はよくやった。向こうのリーダーとして」
重圧に耐えたんだもんな。連絡が途切れ、俺が死んだかもと動揺しながらも、向こうをまとめて。
「モーブ……モーブぅ」
抱いてやり、求められるがままキスに応えた。マルグレーテが落ち着くまで。
「仕方ないのう……これだけは」
のっそりと顔を出したヴェーヌスが、腕を腰に当てた。
「マルグレーテはよくやったし……」
「モーブ……」
もう一度だけ、名残惜しそうにキスを残すと、マルグレーテは離れた。……と、今まで我慢していたランとリーナ先生が、俺に抱き着いてきた。
「よしよし」
ふたりに続き、アヴァロンにもキスを与える。最後の最後に、ヴェーヌスが俺を抱いた。恥ずかしそうにキスをねだる。
「……なんだかもやもやしますね」
目を閉じたまま、永遠に続きそうな口づけに応えていると、ハイエルフ・カイムの声がした。
「なんとなく……うらやましいというか……」
「全くだ。あたしも見ておれん」と、ダークエルフのシルフィー。
「なんだか、見ているだけで恥ずかしい。顔が赤くなる」
「……たしかに」
珍しく、アールヴのニュムも同意している。
「やれやれ、これは当分終わらないねっ」
呆れたのか、レミリアは先の廊下を見通している。マジックトーチをずっと先にまで展開して。
「廊下はずっと続いてる」
「床も壁も濡れているわね。水脈の通路だったから」
リーナ先生が、靴底でこすっている。
「少し滑るわ。気をつけて進みましょう、モーブくん。もう食料も尽きているし、早く行かないと」
「そうですね、先生」
ヴェーヌスの体をそっと離すと、全員の顔を見回した。皆、もう落ち着き、それぞれのチームが、これまでの道程などを教え合っている。
「なら行こう。警戒フォーメーションで進む。なんにせよ、この先に、エルフ危機の原因があるはずだからな」
●
廊下は長く続いていた。水脈の通路だったためか、床はぬめぬめしており、滑りやすい。壁にも床にもびっしり、古エルフ模様と思しき抽象的な絵柄が彫り込まれている。唐草模様っぽい奴よ。その凹凸のためか、ぬめる割には滑らなかった。
「長いねー、モーブ」
「そうだな、ラン」
俺達は、そろそろ注意深く進んでいる。
警戒フォーメーションは、こんな感じだ。最前衛がヴェーヌス。なにかあれば、後衛の詠唱準備が整うまで、敵の攻撃をカバーする。アジリティーが高いからな。アヴァロン同様に。
それに続き、俺とラン、エルフ四人の中衛。俺とランは本来はエルフの後ろがベストなんだが、ここはもう敵中枢のテリトリー。素早い状況判断のために、俺の位置を上げてある。エルフ四人は物理攻撃も間接攻撃も、なんなら霊的回復もこなすオールマイティーなキャラだ。
その後ろが、マルグレーテとリーナ先生。攻撃魔道士としては、マルグレーテが断トツ。おまけにアーティファクト効果で二回輻輳攻撃ができるしな。
「モーブ、この先で道は右に曲がっている。その角が、微かな光を反射しておる」
「注意して進むんだ、ヴェーヌス。曲がり角の寸前で、一度止まれ。確認したい」
「おうよ」
「曲がった先に、灯りかなんかあるんだね」
「そうだな、ラン」
灯りだか、発光する罠だか。なんなら中ボスかもしれん。
「魔導トーチを最低限の光量にしろ、レミリア」
「光源自体も、あたしたちの上まで戻すね」
「頼む」
そろそろと、音を立てないよう、すり足で歩く。
「……」
「……」
「…………」
注意深く、俺達は進んだ。曲がり角の直前で、魔導トーチを完全に消す。壁に耳を付け気配を探る。不自然な音は、特に聞こえない。反射光を生かし、俺は手信号を送った。全員が頷く。
ゆっくり、曲がり角から片目だけ出してみた。
あれか……。
状況がわかった。光の源は、先にある扉だった。その扉が、全体に青白く輝いていたのだ。
普通に人間が通れるほどのサイズで縁取りがあり、縁取りの中にはなにかの模様がびっしり刻まれている。近づかないとはっきりはわからないが、古エルフ語ではなさそう。紋章の一種かなんかだろう。
考えた。扉ということは、先程の試練の扉同様、開閉機構を持つだろう。当然、向こう側がある。道はそこで行き止まり。試練の扉を潜ってからは、分岐は無かった。通路の反対側は調べていないが、いずれにしろまずこの扉を調査してからの話だ。
手招きすると、慎重に進む。皆が適宜、俺についてくるのがわかった。レミリアが先頭に立ち、床や壁を調べてくれた。罠の有無を確認するために。
特に問題はなかった。あっけないほど簡単に、俺達は扉の前に立った。
「また……扉だね、モーブ」
「そうだな、ラン」
魔導トーチの光量を上げ、周囲を調べる。
「この模様はなんだ。誰かわかるか」
エルフ四人が首を振った。
「わかりませんモーブ様。ただ……」
霊力に優れたハイエルフ、カイムが眉を寄せた。
「中から邪悪な気配がします」
「私も感じます。モーブ様」
アヴァロンも同意した。霊力に優れたふたりの言う事なら、まず間違いはないだろう。
「呪力も感じる」
ニュムが唸った。アールヴは呪力に秀でた種族。しかもニュムは巫女家系だ。
「どうやら……中に嫌な虫がいるらしいな」
シルフィーが、腰の剣に手を掛けた。
「虫殺しするか、モーブよ」
「ヴェーヌス、魔族か」
「違うのう……、婿殿」
首を振っている。
「だがこの気配。アドミニストレータに近いものを感じるわい」
「やっぱりか……」
間違いない。扉の向こうに、なにかがいる。おそらくは……アドミニストレータの「イドの怪物」が。
ということは、中ボス戦か。下手したら……ラスボス戦の再現になるかもだが……。
「よし」
みんなが俺を見る。
「再度状況を整理する。それから……突入だ」
全員、頷いてくれた。
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