4-13 ニュムの秘密
轟音と共に、地面が揺れた。誰かはわからんが、背中に感じるエルフの体が、大きく揺れている。おそらく、岩の破片を体で受けているのだ。
やがて……。
音は静まった。水の噴出音も聞こえない。エルフが水脈から降りたから、噴出も止まったのだろう。
「……ぺっ」
口に入った水とじゃりじゃりのかけらを、俺は吐き出した。もうもうとした土埃で、息をするとむせそうだ。
「……みんな」
「……」
「……」
返事はない。
「大丈夫か」
「……あ、ああ」
ようやく返事が返ってきた。
「私もです」
「あたしは平気だよ」
「少し……痛む」
四人、ゆっくり体を起こした。細かな破片で切ったのか、皆、顔や首から血を流している。
「派手な花火だったな……」
立ち上がるとニュムは、服の埃を払った。
「大丈夫、モーブ」
「ああレミリア。みんながかばってくれたからな。無傷だ」
「良かった……」
今までこらえていたのだろう。レミリアの瞳から、ぽつんと涙が落ちた。
「俺よりお前だよ。血が……」
「こんなのかすり傷だよ。……破片が当たった背中は痛むけど」
「今、霊力で全員の傷を治すわ」
カイムの手に、緑の輝きが灯った。五人の体に向け、優しい霧が放たれる。
体の痛みが、すうっと消えていった。
……ブ、モーブ……。
おれの心に、マルグレーテの声が届いた。
マルグレーテ……。
……生きてた……。
絶句している。
ああ。心配かけてすまんな。
急に地面が揺れて、モーブと通信できなくなって……。
涙声だ。
わたくし、わたくし……。
泣き声が脳に響いた。リーダーに任命されたから、気を張っていたのだろう。それが急に緩んだんだ。仕方ない。
ごめんなマルグレーテ。
側にいたら抱き締めてキスしてやるところだが、今は離れている。
みんなに伝えてくれ、俺達は無事だって。
うん……うん。
こっちは解除解呪に失敗した。それでちょっと寄り道させられてな。
そう……
十五分休憩だ。それから再度試す。悪いがそっちも同時に、もう一度試してくれないか。
わかった。
マルグレーテは今、涙を拭ったな。手に取るようにわかるわ。俺の大事な嫁だから。
みんなに説明するから、通信を切るね。
ああ。愛してる。
わたくしも……。
ふう……。
ひとつ深く息をすると、周囲を調べた。俺達は、大穴の縁に立っている。縁沿いに歩けば、試練の扉の前に行ける。そこで再度、試練に挑めばいいのだ。
……だがその前に、どうしてもひとつ、確かめることがあった。ニュムが失敗したのは、なにか秘密を隠していたから。その秘密についてニュムの心に刺さった棘を、抜いてやらなければならない。ニュムの心を苦しみから解放するためにも、試練突破のためにも……。
「なあニュム……」
「……」
あぐらを組んで座り込んでいたニュムは、のろのろと俺を見上げた。なにも言わず。
「お前……女だな」
「……」
瞳を伏せた。レミリアもカイムもシルフィーも、黙って俺達のやり取りを見守っている。
「女に生まれた。でも……男として育てられた。そうだろ」
「……」
わかったのは、さっき御柱としてニュムを抱いたときだ。ニュムが密着を嫌がっていたのには理由があった。胸だ。小さめだが、たしかに女の胸だった。柔らかくて。その瞬間、全てがわかった。最初は線の細い美少年だと思ったんだよな。無愛想な。でもそれは全部、偽装だ。
「お前はアールヴの巫女筋の生まれ。巫女筋の男子は、巫女と王家の間を取り持ち所用を担当する、どうしても必要な存在だ。そうお前は言っていたよな」
「……ああ」
「お前の代で生まれた男児はニュム、お前ひとりだとも教えてくれたよな。だから自分が選ばれた。嫌も応もないと」
「女の子しか生まれなかったんだね、本当は」
「だから最後の女児ニュムを、男子として育てた。男の服を着せ、女子に見えないよう、髪型や下着を細工して」
「でもあなたは……本当は女子になりたかったんでしょ」
正座したカイムは、ニュムに手を差し出した。
「だから苦しんでいた。巫女筋としての義務と自分の願い、ふたつに身を裂かれて」
「それで……祖霊への祈りにも濁りが生じた……と」
「女の子に……なりたかった」
カイムの手を痛いほど握り締めたまま、ニュムは吐き捨てた。涙がひと筋、流れている。
「かわいい服を着て。巫女筋なんだから、巫女服でもいい。姉様達のような……。こんな……無骨な服なんて……」
服を叩いた。ニュムの服は、男としても極めて地味。エルフ各部族の男は普通、それなりに華美な魔法アクセサリーを身に着けていたりするからな。凝った彫金の奴とか。ニュムが極端に地味にされているのは、本当の性別を隠すためだったんだな。
「我慢してきたんだ。これが……自分の運命だと。子供の頃はまだよかった。でも……どんどん体が女になった。膨らんできた胸を締め付けて隠すのは悲しかった。自分の体が汚いと言われているようで。……それに」
潤んだ瞳で、俺を見上げた。
「それに……モーブと出会って……。レ……レミリアが幸せそうにくっつくのを見て、うらやましかった。どう頑張っても女子なんだ、僕。あれが本当の女子の幸せだと……」
「ごめんね。あたしが考えなしに、モーブに胸を触らせたりしたから……」
「お前が悪いんじゃない。嫁なんだから当然だ」
首を振ると、涙が飛んだ。
「ニュムさんがなにか悩んでいるのは、すぐわかりましたよ」
慰めるように、カイムは微笑んだ。
「なにか……巫女筋男子としての悩みがありそうだとは思いました。巫女の家系の男子はどうしても、特殊に育ちますからね」
「気の毒に……」
シルフィーは眉を寄せている。
「あたしは戦士。だからストイックに生きてはきた。でも……女を捨てたことはない」
ちらと俺を見る。
「女子としての喜びも……次第に……わかってきた」
「もうそんな役割、放棄しろ、ニュム」
「モーブ……!?」
すがるように、俺を見上げる。
「俺が直談判してやる。お前らのふたご国王、アールヴ・アールヴとアールヴェ・アールヴにな。なんなら家長の正巫女にも。人を不幸にして、なんの巫女だよ。ただの連絡係だろ。別に女児でいいじゃねえか。どうしても男でないと……ってんなら、誰か下働きに任せてもいいし」
「モーブ……」
「だからもう、心の鎖から解放されろ。俺が解放してやる」
「……その」
「どうした」
「あの……」
「……?」
「モーブったら……」
背伸びしたレミリアが、俺に耳打ちする。
「抱いてあげなよ。優しく背中をさすって。無言でいいから」
「……そうか」
座り込むと、ニュムを抱き寄せた。抵抗もせず、ニュムは腕の中で瞳を閉じている。
「よしよし……お前はよくやった。もう……女に戻れ。お前は女になりたかったんじゃない。元々女なんだ。ちょっとだけ……回り道してただけだよ」
「モー……ブ」
俺の胸に顔を埋め、涙を落としている。熱いものが、俺の胸に染みた。
「僕……変だよな。こんなの……女じゃない。それに……男でもない。化け物だ、僕は……」
「いや、お前はかわいいよ。かわいい女子だ」
「……」
撫で続けていると、うっとりと瞳を閉じた。険しかった表情も次第に和らぎ、自ら俺に抱き着いてきた。もう胸の膨らみを隠すこともなく。
……マルグレーテ。
……なあに、モーブ。
……休憩をあと十五分延ばす。ちょっと……色々あってな。
……わかった。準備できたら教えてね。
……ああ。
俺はニュムの体温と鼓動を感じていた。生命の強さを感じる鼓動を。
●コンテスト参加中にて、読者選考期間があと2日です。
評価まだの方は、作品フォローの上、星みっつにて新規評価、ないし星増量をお願いします。よろしくお願いしますー ><
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