4-12 大噴水エレベーター

「まあいい」


 ニュムとカイムの会話に、俺は割って入った。


「気にするなニュム。お前は頑張ってくれた。たしかに心を合わせる事には失敗したかもしれない。だがそれは、親愛をはぐくむ時間が足りなかったためだ。他の三人と比べ、お前が一番仲間として過ごした時間が少なかったからな。当然のことさ」

「しかし……」


 ニュムのきれいな瞳から、涙がこぼれた。


「もう言うな。誰もお前を責めたりせん」


 抱いて、髪をワシャワシャしてやった。


「モー……ブ」


 俺に抱かれたまま、ニュムはじっとしていた。両腕をだらっとたらし、俺の胸に顔を埋めて。胸に熱いものを感じる。涙だろう。


 なんだかんだ言って、ニュムは思春期のエルフ男子だ。メンタルが不安定なのも仕方ない……てか当然だ。前世の俺社畜だって、ガキん頃はヘンなことばっかしていたもんな。女子の家の前を無意味にうろうろしたりとか。今思うと恥ずかしすぎて泣けてくるわ。


「すまない……モーブ」

「気にすんな」


 ニュムの体が、次第に熱くなってきた。


「もう……大丈夫だ」


 突き飛ばすようにして、俺の体を放す。


「恥ずかしいところを見せた」

「恥ずかしくなどありませんよ、ニュムさん」


 ニュムの手を、カイムが取った。


「それは自然な感情です」

「ねえ、ここ見て、モーブ」


 しゃがみこんでなにか調べていたレミリアが、地面を指差した。


「地面に、微かな線が描かれてる」

「どれ……」


 魔導トーチを近づけてよくよく観察すると、頁岩けつがん状の地面に、たしかに一本の線が描かれている。わずか数ミリの線。壁から少し離れたところを、壁と並行して。


「……円になってるな」

「ああ」

「これは線ではないですね。おそらくなにかに被せた蓋のふちでしょう、モーブ様」

「俺もそう思う」


 大きな蓋が、なにかを覆っているのだ。


「待って……」


 耳を地面に当てて、レミリアが気配を探っている。


「下から水の音がしてる」

「どれ……」


 全員で耳を当ててみた。俺にはなにも聞き取れなかったが、エルフは全員、水の音……それも激しく流れる音だと判断した。


「ここはエルフの森の水脈管理洞窟。太い幹線水脈が、あちこちに流れているのだろう」

「つまりこれは水脈の蓋ってことか」

「そういうことよ、モーブ」

「蓋である以上、外せばいいのです、モーブ様」

「これだけの激流を感じる以上、蓋のロックを外せば、水圧で蓋は跳ね上げられるはずだよ、モーブ」


 レミリアは、上を指差した。


「ずっと……上まで」

「蓋に乗って移動するってわけか」


 エレベーターのように。


「どうやったらロックなんて外せるんだ」

「忘れたのかモーブ……」


 シルフィーは腕を組んだ。形のいい胸が盛り上がる。あの胸に、さっきは埋まってたんだな、俺。


「あたしらエルフは皆、水の精霊ルサールカの末裔まつえいだ」

「祖霊に祈るのです、モーブ様」

「そうか……」


 ふと不安を感じた。試練の扉が、同じような原理だった。だがニュムが失敗し、俺達は奈落に落ちた。今度は大丈夫だという確信は得られなかった。……とはいえ、他に方法は思いつかない。無理筋だろうとなんだろうと、やるしかない。


「よし」


 殊更ことさら明るい声を、俺は上げた。


「試してみるか。なに、危険な中ボス戦で勝てってクエストじゃない。祈るだけなんだから、ダメ元だ」

「そうですね、モーブ様」

「早速始めよう」


 蓋の中央部に立ち、四人は円になった。手を繋ぎ、一心不乱に祈る。


「ああ……感じる……。祖霊の力を……」

「あたしもだ」

「……僕も」

「……ダメだ。力が足りない」


 力なく、シルフィーが腕を下ろした。


「おいモーブ」


 手招きする。


「お前が御柱おんばしらになれ」

「御柱……」

「ああ、霊的触媒のようなものだ」

「なんだかわからんが、いいぞ」


 プロであるエルフが言うんだ。従っとけばいいよな。


「真ん中に立て。あたしらの」

「うん」

「モーブ……」


 レミリアが背伸びした。正面から俺を抱くと、キスをせがむ。


「モーブ……愛してる」

「俺もだ」


 キスに応えてあげた。


「ふふっ……。レミリアさんの霊力が増しましたね」

「愛の力だな」


 真面目くさった顔つきで、シルフィーが呟く。無骨なダークエルフ戦士が「愛」とか口にしたんで、思わず笑っちゃったよ。


「……なにがおかしい」


 睨まれた。


「悪い悪い。……ほら」

「あっ」


 シルフィーの手を引くと、俺の左に立たせた。


「レミリアと手を繋げ」

「……わかった」

「私は……右に」


 カイムが陣取る。


「ならば私は背後だな。……これで御柱を取り囲む態勢が完成する」


 ニュム、カイム、レミリア、シルフィーと、俺を取り囲んで。


「それじゃダメだよ」


 レミリアが言い切った。


「ニュム、モーブの正面を、あたしと分かち合おうよ。手を重ね、ダブルで。そうしてカイムやシルフィーと手を繋ぐんだ」

「しかし……」

「ニュムの力が重要なんだ。わかってるでしょ」


 さっきの失敗のことかな。だからこそ、ニュムを最大限に賦活ふかつする必要があるってわけか。


「……そうだな」


 溜息をひとつつくと、ニュムが前に回ってきた。レミリアは、背後からニュムを抱いた。


「レミリアの言うとおりだ。僕が頑張らないとな……」


 正面に立ち、俺を見上げる。潤んだ瞳で。


「モーブ……」

「ほら」

「あっ……」


 腕を回すと、細いレミリアごとふたり、強く抱いてやる。


「ふたりとも、体が小さいんだな」

「あたしは子供だもん。結婚できる歳になっただけで。知ってるでしょ、モーブ。あたしの裸だって、目に焼き付いてるはずじゃん」


 よせばいいのに、際どい話を口にする。


「そうだな」

「だからニュムも多分、そのくらいの歳だよ」


 まあメンタル不安定なのはさっきわかったしな。思春期の男、丸出しというか。


「あ……あんまり、くっつくな。気持ち悪い」


 背筋を伸ばし、なんとか体を離そうとする。悪いな。俺が美少女だったらニュムも喜んでひっついてくるんだろうが。


「そんな悠長なこと言ってる場合じゃない。悪いが、俺にはマルグレーテのやランの命も懸かってるからな。遠慮なんかせんよ」

「だ……め……」


 構うこたないわ。嫁みんなの命が懸かってる。エルフ全部族の運命も。ぐっと強く抱いてやった。


「いや……っ」


 強く抱いたから肺から息が抜け、ニュムの体が密着した。


 諦めたのか、ニュムはじっとしている。


 ……え?


 ふと、疑問が生じた。こいつ……まさか……。


 だが今は、それどころではない。俺は目を閉じ、集中した。四人のための御柱になりきり、エルフ祖霊に彼らの祈りが通じるようにと。


「来る……来るぞ」

「感じる……祖霊の力を」

「アールヴの魂に受け継がれた、水精ルサールカの力を……」


 ニュムももうすっかり、集中している。俺に抱かれていることも今は忘れているようだ。


「あっ!」


 地面が揺れた。


 目を開けると、俺達が立つ頁岩けつがんの下から水が染み出してきている。清涼で神聖な。


「もう少しだ。……水を……コントロール……できるぞ」

「わかるよ……」

「こっち……よ」

「水脈よ……こちら……に」

「おわっ!」


 地面が揺れると突然、体が持ち上がった。


 というか、今わかった。水脈が地面を突き破って噴出したのだ。俺達の立つ頁岩が地面から剥がれ、水脈に乗って高速に上昇している。水脈のコントロールに成功した。俺達はまるで、噴水に乗った金魚のようだった。


 気圧が下がり耳が痛むのがわかった。エルフ四人はまだ瞳を閉じ、集中している。


 集中を邪魔しないように黙ったまま、俺は上を見ていた。あれほど小さかった落とし穴の出口が、どんどん大きくなってくる。


「そろそろ……飛び出るぞ」


 小声で、注意を喚起する。四人は瞳を開き、上を見た。


「あと六十秒ね」

「ああ……」

「穴から出たら、穴の縁に飛び降りるぞ。でないと水に巻き込まれ、わけがわからないままどこかに衝突して死ぬ。……この勢いだからな」

「わかった」

「飛び出たら皆、心を合わせてモーブを守るんだ」

「身軽なエルフじゃないもんね」

「そういうことだ」

「あと……四十秒。……三十秒」


 冷静に、カイムがカウントダウンを続ける。



「タイミングがずれると、水の勢いで天井に叩きつけられ、潰される」

「死にたくなかったら、あたしのカウントに合わせろ。レミリアとニュムの側に、全員で飛ぶんだ」


 シルフィーは早口になっている。エルフ三人が頷く。


「あたしのカウント三と同時だ。言い終わった瞬間な。早すぎればまた地獄行き。遅ければ天井に叩きつけられて、蝿のように潰れる」

「スリルあるねー」


 レミリアは楽しげだ。


「飛び出るまで……あと十秒」


 カイムが大きく息を吸うのがわかった。


「シルフィー、後は頼むわ」

「任せろカイム」


 岩はどんどん加速している。脇に見えている竪穴も、信じられないほどの高速で下に消えていく。


「いいか三、二……それっ!」


 全員の腕で、強く抱かれた。


 そのまま俺の体は飛んだ。前に向かって。


 ふわりと体の浮く感覚。落下の気配。そうして……着地。


 おれひとりだと無様に転んで骨折というところだが、さすがはエルフ四人。身のこなしは鮮やかで、膝を曲げ脚の筋肉をしっかり使って、見事な着地に成功する。


「……!」


 着地の瞬間、上から轟音が響いた。水に吹き上げられた頁岩の蓋が、天井にぶち当たって砕け散っている。


「破片が来るよっ!」

「モーブを守れ。ただのヒューマンだ」


 俺を突き倒すと、背中に四人が次々飛び乗ってくる。そこに豪雨のように岩の粉と水が降ってきた。大小様々な破片と共に。




●バランスの関係から、ニュムの一人称を私>僕に変更しました。過去話についても。直すの大変でしたw

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