4-11 墜落
くるくる回りながら、俺は墜落していた。闇の底に向かい。四人のエルフと共に。自分達の悲鳴に混じり、事務的な声が響いた。今まさに落ちた、あの扉の部屋から。
――転生者およびエルフ四体転落――
あの声は……。
「モーブっ!」
レミリアの叫びだ。落ちながら、魔導トーチを点灯している。
「しっかりっ」
魔導トーチに、壁がてらてらと照らされている。
穴はどうやら、真円の円柱状。直径四メートルほどか。俺はくるくる回っている。上に下にとめまぐるしく変わる視界に、四人のエルフが映った。皆、円柱の壁を蹴るようにして体勢を整え、壁を垂直に走るように下に向かっている。安定させるためと思うが、螺旋を描くように円周をくるくると回りながら。
「いずれ底に着く。それまで気を失うな。気絶すれば叩きつけられる」
ダークエルフ、シルフィーだ。
「モーブ様、底が見えたらお助けします。私達四人で」
「僕と他が先に底に着く。落ちてくるお前を、四人で受け止めてやる」
カイムとニュムの声。いつの間にか四人は、以心伝心で対策を考えたようだ。
「底が水だったら、諦めろ。お前を受け止めることなどできないし、いずれにしろ全員溺れ死ぬ」
「わかったっ」
「可能なら回転を止めて下さい、モーブ様。腕と脚を、コウモリのように広げるのです」
「やってみる」
要するに、スカイダイビングみたいな姿勢を取れってことだろう。ブリッジを天地逆にしたような。
試してみた。何度かゆっくり回ったが、体勢は安定した。視界に入るのは、まっくらな穴蔵のみ。もう上は見えない。
「いいよモーブ。そのまま落ちてきて」
レミリアはほっとした声だ。
「あたしたち、先に行くね」
「おう」
「気絶しないよう、大声で歌でも歌っておれ」
「そうするよ、シルフィー」
「その意気だ」
歌う俺の視野の隅に、四人のエルフが映った。皆、底に向けて壁を走っている。自由落下に自らの加速を加え、俺よりもずっと早く。底が地面であることを、俺は祈った。
それにしても滞空時間が長い。この穴、どんだけ深いんだ。たとえ着地できたとして、はるか上空の「試練の扉」に戻る横道かなんかが、うまいこと続いているんだろうか。
それに……もしマルグレーテやラン達も落とし穴にハマったとしたら……。向こうでこの穴をクリアできるのは、体術に優れたヴェーヌスとアヴァロンくらいだろう。残りは全員、底に叩きつけられる。
不吉な予感が胸を塞いだ。
いや、ランには浮遊魔法がある。それにリーナ先生も使えるはず。あれを使えば、なんとか軟着陸できるかも……。
首を振って雑念を吹き飛ばした。とりあえず今はこっちだ。俺がまず生き残る。それでなくては、ランを救うも横穴で上に戻るもクソもない。
「モーブぅ……」
はるか下から叫びが聞こえた。
「底は地面、平らだよ。だから大丈夫」
「私どもがモーブ様を受け止めます」
「怖がるな。気絶するな」
「そのままの体勢を維持しろ。左右にぶれないように。直前でぶれたら受け止められない」
「わかったっ!」
俺にも見えた。レミリアの魔導トーチが、ずっと下で輝いている。平らな地面を照らして。四人のエルフが上を向いている。腕を空に伸ばしながら。
「来たっ!」
「もう少し右だ、ニュム」
「うん」
「いや、左にぶれた」
「あと五秒」
「体を伸ばし、受け止めたら脚を曲げてクッションを作るんだよ」
「脚を開いて踏ん張るんだ」
「あと二秒」
「一秒」
「それっ!」
八本の腕が、蜘蛛の巣のように俺を絡め取る。優しく、落下速度を殺しながら。
「あっ!」
だが勢いは殺し切れなかったようだ。腕から離れた俺は、地面に激突した――と思ったが、落ちたのは柔らかな体の上だった。咄嗟にシルフィーが身を投げ出したのだ。下から俺を抱きとめるように。
「……」
「……」
「……ふう」
俺の顔の下で、豊かな胸が上下するのがわかった。
「危ないところだった」
シルフィーは、俺を強く抱いている。胴に腕を回し、もうひとつの腕で俺の頭を自分の胸に押し付けて。
「シルフィー、凄いよ」
「あたしは戦士だからな、レミリア。瞬発力が違う」
アジリティーが高いんだな。
「どうですかモーブ様、起きられそうですか」
カイムの声だ。
「もごもご……もご」
「……シルフィーったら、いつまで抱いてるの。モーブが胸で窒息しちゃうじゃん。あたしのお婿さんだよ、もう」
「あっ!」
驚いたように、シルフィーが俺を突き飛ばした。
「モーブが死ぬと思ったら……夢中で」
「ふふっ。シルフィーさんったら」
カイムは微笑んだ。
「ってーっ……」
俺は立ち上がった。
「怪我はない、モーブ」
レミリアが抱き着いてきた。よしよししてやる。
「大丈夫。みんなのおかげだよ。ありがとう」
失敗したら地獄だと警告されていたが、ガチの地獄でなくてよかった。ただまあ……こうして大深度地下に落ちたんだから、地獄と表現するのも当然だ。
「それにしても……」
はるか上空に、一円玉のように小さく出口が見えている。俺達の落ちてきた穴が。
「随分下だな、ここ」
「落とし穴だ。試練に失敗したら落ちるようになってるんだよ」
「そうだ、マルグレーテ達は……」
「大丈夫であろう」
シルフィーは壁を調べている。
「落下の際の声は、転落したのはあたしらだけだと告げていた」
よくよく思い出してみれば、たしかにそうだ。突然の落下に混乱していたから、さっきはそこまで考えられなかった。
「でも試練には失敗した。だから向こうの扉も開いていないはずだよ、モーブ」
「そうだな、レミリア」
条件は、両側からの同時解除だった。こちらが失敗した以上、向こうの扉も動いていないだろう。それに仮に開いたとしても、通路を流れる激流が流れ込んでくるだけだしな。
「ちょっと待て」
俺は、マルグレーテとの通信を試みた。だが、いくら呼びかけても返事はない。向こうが転落していないのだとしたら、距離が離れ過ぎていて通信範囲外なのだろう。多分そうだ。俺とマルグレーテの通信は、居眠り爺さんの幽体離脱のように事実上無限大の到達距離があるわけじゃないからな。そもそもが近接戦闘中だけの効果だったし……。
「連絡は取れない。遠いせいだろう」
「あたしもそう思う。何百メートルも落下したし」
「で、どうやってここから上に戻ればいい。あの場所に戻れなければ、試練は失敗確定だ」
見回した。無表情な柱の中にいるような感じ。「出口はこっち」的アイコンや紋様などはない。
「壁はつるつるだ。人工的な細工で、手がかりはない。いくらエルフのあたしらでも、登れない」
「それに壁に隠し通路などもないですね、モーブ様」
カイムは首を振った。
「つまりこの穴を、垂直に突き進むしかありません」
「でも登れないんだろ。どうするんだよ」
「どうするもこうするも、ここで飢えて死ぬだけだ」
シルフィーは肩をすくめた。
「すまない、僕のせいだ……」
落ちてからずっと無言だったニュムが、初めて口を開いた。
「試練の扉で、みんなと心をうまく合わせ切れなかった。……自分でもわかっている」
「なにか隠し事があるからですね、ニュムさん」
カイムはニュムをまっすぐ見つめている。
「それはなんですか」
視線を逸らし、ニュムは下を向いてしまった。
「……言えない」
「そうですか……」
カイムは、ほっと息を吐いた。
「エルフが四部族に分裂してから長い。それぞれの部族に、残酷な歴史が積み重なっている。ニュムさん、あなたは巫女筋の生まれ。なにか……重い
「……」
ニュムは答えなかった。
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