4-10 「神の試練」挑戦

「このアンドロメダの豆というのは……なんというか、変わってるな」


 俺の正直な感想だ。


「うまいというより……力になるというか……」

「ああ」

「たしかにそうだ」

「おいしいです」

「父さん……」


 エルフ四人が、それぞれ口にする。そのまま皆、黙って豆の効果を感じているようだった。なんだか、親密な時間が流れたよ。


「モーブ……」


 レミリアが抱き着いてきた。どうした……とは言わなかった。両親が死の間際に遺したアイテムを消費したのだ。色々複雑な感情が溢れたに決まっている。そっと抱いてやったよ。


「モーブ……」


 俺の唇を求めてきたので、応えてあげた。レミリアが落ち着き、自ら唇を離すまで。長い間。


「……」


 ようやくキスを終えたが、まだ俺の腕に抱かれていたいらしい。体を離さない。


「もうこの光景も慣れたな。ふたりがいちゃつくのは」


 シルフィーが苦笑いする。


「なんだか……あたしもくっつきたい気分になる」

「あら。ダークエルフの戦士、それもファントッセン様のお気に入りという堅物のあなたが、ねえ……」


 くすくすと、カイムが含み笑いする。


「まあ……気持ちはわかります。モーブ様には不思議な魅力がありますもの。まだ大人になったばかりのレミリアさんでさえ、短期間で発情した。むべなるかな。私も理由がわかります。他のエルフ各部族に比べ、運命を達観しており感情が薄いと言われるハイエルフ。そのハイエルフの私ですら……。ねえ、ニュムさん。アールヴのあなたも、そう感じるでしょう」

「知らん」


 憮然たる表情で、ニュムは顔を背けた。


「そもそも僕は男だ。モーブに惹かれるもクソもない」

「まあな。俺の側だって、男はお断りだし」


 男とか男の娘とか、そっちの需要はない。とりあえず今の俺には。将来はわからんが、まあ前世もそういうことがなかったし、おそらく今後とも皆無だろう。


「望むところだっ」


 睨まれた。いや俺、ちょっと冗談を口にしただけじゃん。なにムキになってるんだよ、ニュム。


「ほら、もういいだろ、レミリア。マルグレーテと会議しないと」

「うん……」


 もう一度、軽いキスをねだると、レミリアは体を引いた。


「よしよし。全部終わったら、またランやみんなと抱き合って寝よう。な」

「約束だよ、モーブ」

「わかってる」


 よせばいいのに、無関係のエルフ三人の前で、ついついそっち方面の話題に持っていってしまった。俺の馬鹿。


「……」


 全員が水を飲む中、脳内でマルグレーテと会話した。仕掛けについて説明し、同時解錠の手はずを整えた。


 すべては順調。よし始めよう。


「ここに立てばいいか……」


 試練の扉を前に、フォーメーションを決めた。扉には水の波紋のような模様が彫り込まれている。周囲の古エルフ文字によれば、その中心に手を当てればいいという。手を置いて、扉が開くように祈るんだと。「資格者」の祈りに濁りがなければ、請願が受け入れられ、通路の水排除が始まるらしい。


「四人で扉に手を置くね」

「まだ置くなよ、レミリア。俺が位置につく」


 この部屋の床にも、扉から広がるような形の波紋が刻まれている。その波紋がぽっかり欠けている円形部分があり、資格者以外はそこに立つようだ。どうやらノイズを徹底的に排除しておく必要があるらしい。それだけ資格者の集中が大事なんだろう。


「よし、位置に着いたぞ。今から再度、マルグレーテと通信する。タイミングを図るから、合図したらこちらも始めてくれ」

「わかった」

「はい」

「まっかせてー」

「おう」


 ……マルグレーテ。

 ……モーブ。


 良かった。通信に異常はない。


 そっちの準備はどうだ。

 万全よ。わたくしが扉の前に立っている。例の……波紋模様の中心に、いつでも手を置けるわ。そっちはどうなの。

 同じだ。エルフ四人が、模様の前で待機中。俺は少し離れて、波紋欠け部分に立っている。

 ランちゃんやリーナ先生、ヴェーヌスにアヴァロンは、その欠け部分に配置した。四人だからちょっと狭いけれど、ノイズ排除には問題なさそうよ。

 よし。先程決めたが、念のため作業手順を再確認する。俺の三カウントで、「資格者」が波紋に手を置く。同時に祈る。そっちはマルグレーテの神狐の力で楽勝のはず。こちらはエルフ四人が心を合わせる。魂に残す先祖ルサールカ、水の精霊の痕跡をフルに活性化させないとならんからな。

 わかってる。三カウントよね。

 よし、始めるぞ、マルグレーテ――。


 こちらを見つめているエルフ四人に手を上げて、準備完了の合図を送った。全員が頷く。


「いいか、カウントを始めるぞ。……一」


 声に出しつつ、マルグレーテにも通信する。脳内に、復唱するマルグレーテの声が響いた。マルグレーテが指を折って数えるのを、向こうでも全員が注目しているはずだ。


「二」


 レミリアが息を呑むのがわかった。


「三っ!」


 俺の宣言と同時に、エルフ四人は波紋に手を着いた。一心不乱に祈っているのが、後ろ姿からでも伝わってくる。マルグレーテの返事はない。今頃は手を着いて集中しているはずだ。


「……んっ」


 部屋が振動した。扉の向こうでなにか起こっているようだ。地下水脈の流れが変わったのかもしれない。それに床も揺れている。最初は微かな振動だったが、次第に強く。ミシミシという軋み音すら聞こえてくる。扉の向こうからではなく、足の下、どこか……地面のはるか深くから。


「……?」


 おかしい。水脈変動で壁が揺れるならわかる。だがこの振動は、明らかに床からだ。扉の向こうの揺れ……というのは、俺の勘違いだったようだ。明らかに床がおかしい。


「……」


 迷った。エルフに声を掛けるべきだろうか。もっと頑張れとかなんとか。だが下手に茶々を入れれば、みんなの集中を妨げてしまうやもしれん。どちらがいいのかは判断しかねた。それにみんな、床の揺れなど気にもせず、一心不乱に祈り続けている。


「うおっ!?」


 ガラガラという轟音と共に、床に亀裂が入った。人ひとり飲み込むくらいの大きさの。亀裂はひとつ、ふたつと増えつつある。


「逃げろっ!」


 叫んだ。明らかになにかがおかしい。エルフ四人が振り返る。俺を取り囲むように広がる亀裂を見て、目を見開く。扉にはなんの変化もない。なにか……鍵が外れたような音すらしない。


「モーブっ!」


 レミリアがジャンプした。俺を助け出すつもりだろう。三人も続く。


 ――まさか……これは罠!?


 ……マルグレーテ。


 瞬時に、通信モードに入った。返事はないが、とにかく状況を伝えるしかない。マルグレーテが聞いてくれることを願った。


 ……扉は開かない。床が落ちそうだ。いったん退却する。そちらはど――。


 通信が終わらないうちに、床は完全に崩壊した。足元をすくわれた俺、そして四人のエルフは、真っ暗な陥穽に落ちていった。


 悲鳴を上げながら。どこまでも。奈落の底に。



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