4-9 ルサールカとエルフ始祖
「ルサールカとかいう水の精霊とこの試練、どういう関係があるんだよ。こいつはエルフと狐が取り組む仕掛けだろ」
「そう思うのも無理はない」
俺の問いに、ニュムが頷いた。
「エルフは全部族とも森の子。つまり森の精霊だ。だが原初は水の精霊、ルサールカだった」
「なんだよそれ。そんなん知らんぞ、俺。そもそもエルフ各部族は皆、お前らアールヴから分化した存在だって話だったじゃないか」
「我らアールヴの大本は、水の精霊ルサールカだったのだ」
ニュムは唸った。
「清浄な水と森は切っても切れない深い関係がある。地下には水脈が縦横無尽に走っているからな。それを管理するうち、水の精霊ルサールカは、森の精霊アールヴへと変化したのだ」
「はあ」
なんだよアルネの奴、どえらく複雑な設定に設計しやがって。これだから設定厨は……。
心の中で俺は、溜息をついた。
まあ、だからこそ原作ゲームは大人気になったからな。仕方ないっちゃない。あとハーレム要素と。ハーレム要素は幻の未発売R18ルートを取り込みながらも、俺は楽しませてもらってる。だから文句を付ける筋合いでもないか……。
「まあいいや。とにかくこっちはこっちで、元は水の妖精だったエルフがいる。だから神の試練とやらに合格するんだな」
「向こうもこちらも、全員の息が揃っていればな」
「はあ」
「向こうは神狐の魂を宿したマルグレーテさんが中心ですよね、モーブ様」
「まあな、カイム」
「ならばこそ、成功は見えております」
「それに全員、モーブのお嫁さんじゃん。まあ息は揃ってるよね。寝台で、みんなでモーブを相手にするときのように」
レミリアが際どい話題に踏み込んだが、俺は上の空だった。それよりこっちが問題だから。
「こっちにエルフを揃えてよかったな」
「本当にそうだ」
そうは言うものの、シルフィーは眉を寄せている。
「ルサールカは我らの遠い遠い祖先。すでに水の精霊たる力など、我らの中には痕跡くらいしかないだろう。エルフ四部族全ての代表が揃い、皆で心を合わせるからこそ、なんとか成就できる目処が立つ」
「だよなー」
いやマジ、誰かひとりでも向こうに置いておいたら、こっちが結構厳しかっただろう。
「よし、わかった」
手を打って、みんなの注目を集めた。
「試練に勝つには、全員の力がフルに必要だろう。ここで一時間休憩にする。その間、俺はマルグレーテと通信して、情報を伝えておく。休息後に、向こうとこっち、同時に試練の扉を開ける。通信しながらなら楽勝のはずさ。ところで……」
皆の疲れた顔を見て、俺は付け加えた。
「レミリア、まだ食いもん隠し持ってるか」
「ひどーい……」
ぷくーっと、頬を膨らませる。
「人を幻のモンスター、餓鬼みたいに……」
「なら、ないんだな」
「もうないよ」
ぷいと横を向いて言い切ってから、俺を横目でちらちら見てくる。
「その……最後の最後、死ぬ前に食べようと取ってある奴以外は」
「出せ」
「でも……」
「出せ」
「……わかった」
はあーっと大きく息を吐くと、左袖の縫い目を、ナイフで切り始めた。小さな赤豆のようなものを、袖裏からいくつか取り出す。
「五つしかないけど……」
「凄い……」
シルフィーが絶句している。
「アンドロメダの豆だ」
「こんなの……もう何百年も見つかってないわ」
エルフ三人が目を見開いている。よくわからんが、貴重なアイテムらしいな。
「最後まで隠してたのか。相変わらず食い意地モンスターだな、お前。そもそもどこで手に入れたんだよ、こんな貴重らしい品」
「それは……」
一瞬言葉に詰まったが、諦めたように語り始めた。
「父さんと母さんは、謎の病で同時に亡くなった。あたしがようやく物心ついた頃に。そのとき……あたしにくれた。人生に一度だけ、本当に困ったときにこれを食べよ――と。どこで入手したのかは知らない。聞こうとしたけど……事……切れて」
レミリアの瞳は、みるみる潤んだ。
「父さん……母……さん……。あ、あたし……」
「もういい」
抱いてやった。力の限り。手を垂らし、レミリアは抱かれるままになっている。
「ごめんな。ひどいこと言って。俺が悪かった」
「モーブぅ……」
レミリアの涙が、俺の胸にぽたぽた落ちる。
「……これは食えんな」
シルフィーは、自分の分の豆を、丁寧に地面に置いた。
「レミリアが食べるべきだ」
「そう思いますね」
「同感だ」
三つの豆が並んだ。
「いいんだ……」
俺の胸をそっと押して体を離すとレミリアは、背筋を伸ばした。
「みんな、ひと粒ずつ食べて。父さんも母さんも喜んでくれる。
「本当にいいのか、レミリア……」
涙を拭って、俺の目を見返してきた。
「うん。……感じるもん。父さんと母さんの声を。ヴァルハラから……」
「そうか」
全員を見回した。皆、こっくりと頷いてくれる。
「なんだか湿っぽくなったが、レミリアのせっかくの厚意だ。みんなで食べよう」
「そうですね、モーブ様」
「ところでこれ、なにか特殊な効果があるのか」
それだけの貴重品だ。なにか……秘められた力とか。無敵属性が付くとかさ。
「効果はあります」
カイムが言い切った。霊力に優れたハイエルフだけに、マジックアイテムには詳しそうだ。
「ただ、必ずしも同じ効果ではないのです」
「はあ……」
「力や魔力が上がったり、新たな魔法を覚えたり」
「そのときは何も起こらなかったと思っても後日、なんらかの効果がはっきりするとか」
「要するに、なにが起こるかわからんということだ」
摘んだアンドロメダの豆を目の前にかざし、シルフィーはまじまじと見つめている。
「ただ……悪い効果はないとされる。食べて害はないだろう。豆は腹で膨れるから、元々の目的にも叶う。腹が減っては……という奴だ」
「この試練をクリアできなければ、エルフ全部族の危機は収まらないですからね、モーブ様」
「それにそもそも……、アンドロメダの豆の効果が、ここにいる全員で同じとも限らんからな」
ニュムが、手のひらの上に豆を転がした。
「本当にいいんだな、レミリア。食べても」
「うん。味わって」
「よし」
ニュムが口に放り込んだ。続いて皆、口に入れる。
俺も食べてみた。硬い豆だったが、舐めていると舌の上で砂糖のように溶けた。さあっと、清涼な味わいが広がる。豆……というよりなにか、エナジードリンクのような感じ。舌が火照ってきた。なにかの力が、舌を通じて体内に……というより魂に入っていくのを感じる。
「これは……」
思わず、俺は絶句した。
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