3-9 イドの怪物

「どうするの、モーブ」


 晩飯のテーブル。煮込み料理の皿から、マルグレーテは顔を上げた。


 湯気を立てる熱々どろどろの煮込み料理。テーブルに置かれているのは、その大鍋と、各人小分け用の皿、堅パンだけ。あとは泉の水を汲んだカップと。どうやらアールヴって奴はストイックというか、食事や酒を楽しむ文化はないようだった。この煮込みにしても根菜とか木の子が中心で、肉は入っていないようだし。……でもまあうまいけどな。


「そうだな……」


 俺は見回した。ここはアールヴ王宮内の一室。どうやら下働きの居室を急遽、俺達のために空けてくれたようだ。なにせ連中、外からの客人とか想定してないからな。客用の寝室とか応接とか無いんだろう。


 それにエルフ三部族の使節をもてなす気すら、ないようだった。ここに通され食事が運ばれてくると、俺達だけ残されたからな。ふたご国王どころか、アールヴは誰ひとりとして俺達のテーブルに着いていない。この料理にしてからが、饗宴用というより、彼らの日常食だろうし。


 まあほっておかれてる分、いくらでも秘密の会話をできる。だから、これはこれでいい。俺達はリゾートに遊びに来たわけじゃないからな。


「問題解決に、アールヴも協力してくれることにはなったしな。やるしかないだろう」

「地下に行くのよね」


 リーナ先生は、堅パンと格闘している。俺が割ってあげると、礼を言って口に運んだ。


「そうですね」

「アールヴの聖地って言ってたよね」


 もしゃもしゃ。レミリアは元気にパンを食い千切っている。いやこのレンガみたいに堅いパンを、よくぞ噛み切れるもんだわ。さすが食い意地女王だ。


「聖地ではない」


 ダークエルフのシルフィーが訂正した。


「里最深部の、禁忌きんき地帯と言っておったぞ」

「聖なる場所とも、むべき場所ともされているようですね。たとえ巫女と言えども、近づく方はいないとか」


 ハイエルフのカイムは、難しそうに眉を寄せている。


「どうにも、厄介そうな案件です」

「そこに居るんだよね。アドミニストレータが」

「いやラン。アルネ・サクヌッセンムはさっき、アドミニストレータの『イドの怪物』だと言っていた」

「アドミニストレータ自体が、アルネ・サクヌッセンムの『イドの怪物』……つまり無意識が生んだ怪物だったじゃない」


 マルグレーテは溜息をついた。


「そのアドミニストレータが、さらに『イドの怪物』を生み出していたなんて……」


 転生ゲーム開発者アルネ・サクヌッセンムは、現実世界での死の瞬間、このゲーム世界を創造した。その折、社畜アルネを苦しめていた「会社上層部」という概念が、「アドミニストレータ」として結晶化した。アルネの無意識から飛び出すようにして。


「本体が滅んだのを感知し、休眠状態だったイドの怪物が動き出したのだと、アルネは言っておったのう……」


 楽しそうに笑うと、ヴェーヌスはパンを噛み砕いた。いやこいつも歯が丈夫だわ。いつもだって、山鳥の骨まで齧り食うしな。


「なかなか面白い生態だ。魔族にも欲しい機能だわ」

「魔王……お前の父親は、『影』を操ってたろ。七滝村の地下洞窟で。アドミニストレータのイドの怪物だって、あんな感じだろ。本体から分裂したオプション機みたいなもんだ。本体ほど強いはずはない」

「何を言っておるのかわからんの。なんだそのオプション機というのは」

「悪い悪い。前世トークだわ」

「ですがモーブ様……」


 煮込みに漬けて柔らかくしたパンを、アヴァロンは口に運んだ。ケットシー、つまり獣人たるアヴァロンのネコミミは、気配を探るかのように、せわしなく動いている。


「アルネ様から派生したイドの怪物、つまりアドミニストレータは、アルネ様に勝るとも劣らない強さでしたよ。今回も侮れません」

「そうだよーモーブ。アドミニストレータは、アルネさんと全然違う存在だったよね。ならアドミニストレータのイドの怪物だって、アドミニストレータと全く違う攻撃をしてくるかもだよ」

「そうだな、ラン」


 たしかに。舐めて掛かるとヤバそうだ。


「じゃあまず数日、この里で休もう。充分気力体力を整える。その間、アールヴと接触して、禁忌地帯についての情報を集めよう。……そうすれば、嫌でもアールヴと接することになる。一石二鳥だ」

かたくなに閉じたアールヴの心を、私やレミリアさん、シルフィーさんというエルフ三部族に開かせようというのですね」


 俺の手に、カイムは自分の手を重ねてきた。そっと


「さすがはモーブ様。私達部族のことも考えて下さるのですね」

「六人もの嫁を率いるだけはあるのう」


 シルフィーに見つめられた。嫁嫁言われると、なんだか恥ずかしい。


「ならばこの、お前と同行できる短い期間に、あたしもその本質と触れ合い、なんらかの戦訓でも引き出すとしよう」

「お前は心底戦士なんだな。ダークエルフの。もっと気楽に生きろよ」


 手を握ってやった。嫌がられてひっぱたかれるかと思ったが、シルフィーは手を引かなかった。じっと俺を見てくる。


「そうなりたいものだ。だがあたしは戦士の家系。ファントッセン様の配下として、恥じない生き方をせねばならん」

「あらあら……」


 カイムは笑い出した。


「勇ましい言葉の割に、しっかり握り返しているではありませんか」

「そ、そんなことはない」さっ!


 さすがに手を引かれた。


「これは武者震いだ。戦いを前にしての」


 エルフふたりのやり取りを、レミリアは興味深げに眺めていた。何も言わずに。




●業務連絡


新作投稿開始しました!

コンテスト参加中につき、とりあえず1話だけでもいいので目を通していただき、フォロー&★みっつ評価よろしくお願いしますー ><


新作では割と難易度高い設定に挑んでるので、途中で心折れないよう、応援よろしくです……。といっても難しい内容ではなく、いつもどおりのお気楽異世界物なのでご安心を。


「二周目の悪役貴族俺、金の力で悪役ムーブかまし秒で無敵にw 一周目の即死モブ俺を陰から助けながら、自分の死亡フラグも折って回る。……ってなんでだよ、悪役の俺に、全ヒロインとのフラグが立ちまくってるんだが」

https://kakuyomu.jp/works/16817330653650305482

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