3-8 自動化ツール「神狐」
「わたくしが……死んだ……」
俺の手を握るマルグレーテの手に、力が入った。
「それは……そうだけど。でもあのときは、みんなも一緒に冥府冥界に落ちた。あの……不死の山、宝永火口の四体ボス戦で。わたくしやみんなを死の世界から救ってくれたのは、モーブ。神狐様とは無関係よ」
「マルグレーテさん、あのときの話ではありません」
巫女アヴァロンが口を挟んできた。
「はるか昔、あなたは神狐様と関係を持った。そのときの話ですよ。いつぞや、教えてくれたではないですか」
「そう言えば……」
マルグレーテは遠い目をした。
「覚えてはいなかった。でも地下の洞窟で、神狐様が教えてくれた。わたくしが子犬ほどの大きさの頃、森の泉で溺れて、神狐様に助けられたと」
「たしかに……」
そういやそうだった。エリク家に初めて訪れたとき、ランと俺もその話を神狐から直接聞かされた。自分が助けた意味はいずれわかる……と、あのとき神狐は、意味深な発言をしていた。
「ではわたくしは、泉で溺れ死んでいたのね、子供の頃」
「マルグレーテとやら。その頃、神狐はお前の近くに棲んでいたと言うのだな」
アールヴ・アールヴは続けた。
「幼い
「それ以来、あなたの体には神狐の魂が宿っているのでしょう」
アールヴェ・アールヴが付け加える。
「わたくし……
「いやマルグレーテ。お前は生き返っただけだ」
強く抱いてやった。
「なんてこたない。俺だって転生者だ。一度死んでる。それに神狐はお前を蘇らせた。俺があのとき冥府から連れ戻したように」
「そうだよマルグレーテちゃん。みんな一緒。モーブを大好きなお嫁さんだよっ」
前に立つと、ランがマルグレーテの手を取った。
「だから大丈夫。これまでもこれからも、みんな、マルグレーテちゃんの仲間だよ」
「ふむ……」
アールヴ・アールヴは、ひとつ溜息を漏らした。
「エルフの森最深部まで入り込めただけのことはあるか。……このパーティーは」
「それよりあんたら」
マルグレーテを抱いたまま、ふたご国王に向き直った。
「マルグレーテと神狐の関係を見破った理由は聞かせてもらった。次は本題に入ろう。エルフの森の危機が、なんでマルグレーテや神狐と関係あるんだ」
「それは……」
ふたご国王は、頷き合った。アールヴ・アールヴが続ける。
「神狐の魂は、エルフの森の危機を感じ取っておる。それを救わんと」
「私達アールヴは神狐の魂、その
「エルフの危機。それは森の最深部からマナが激しく漏洩しておることよ。そのために地上へのマナ噴出量が激減し、どの部族も危機に陥った」
「それが部族間の紛争を呼び、エルフ各部族は孤立を深め混乱した」
「私達アールヴは元より、外の世界と隔絶する道を選んだ。近寄る者がおれば、たとえエルフ各部族であろうと容赦しない。だから影響は一番少なかった。……ただ、アールヴの土地からもマナが減りつつある。我等はいずれ滅びるであろう」
「我等アールヴはそもそも、滅びゆく運命を背負った種族。それでもいいと思っておった。……この馬鹿共が訪れるまではな」
「そう。この馬鹿共が、神狐の魂を運び込んでくるまでは。神狐の魂が、危機を救えと乗り込んでくるまでは」
ふたりは顔を見合わせ、くっくっと笑い合っている。いやアールヴの冗談だか軽口だか知らんが、うまく乗れないわ。ハイエルフが京都人なら、アールヴは邪馬台国人だな。感性がわからん。
「おいアルネ」
見上げると、天井に向けて叫んだ。
「どうせ聞いてるんだろ、あの図書館から。出てきて説明しろ。狐ってなんなんだよ」
「……」
返事はない。突然奇行に走った俺を、ふたご国王は呆れたように眺めている。
「はよ出てこいや。なんならこっちからまた乗り込むぞ。お前がCRと乳繰り合ってるに違いない、時の琥珀の寝室に」
「おいおい。勘違いされては困るな」
天井から声が降ってきた。アルネの。苦笑い気味だ。
「私とCRはそういう関係じゃない」
「ならキスだけなんだな」
「あのとき、みんなの前でキスしてたよねーっ」
「そうそう。あたし当てられちゃって、それで発情が早まったんだよ」
ランとレミリアも参戦してきた。
「わかったわかった。……なにが知りたいんだ、モーブ」
溜息が聞こえた。
「注文の多いゲーマーだな。開発者泣かせだ」
「抜かせ、バグ運営のくせに」
ふたご国王に、俺は向き直った。
「この天からの声はな……説明が難しい。まあ相手は神様だと思っておけ。性格の悪い、手抜き神だ」
「神……」
ふたりは目を丸くしている。
「まず教えろ、アルネ。神狐ってなんなんだ」
「相変わらずせわしないことだな、モーブ」
「ほっとけ。こっちは命がけだ。お前とは違ってな。真剣さが違う」
「私も真剣なんだが……まあいい。ゲーマーと開発者はわかりあえないものだ」
ほうっと息を吐く音が聞こえた。背後に、くすくす笑うCRの声も。CR、随分人間らしい感情が出せるようになったんだな。やっぱこいつら、ぜえったい同じベッドで寝てるだろ、もう。
「私がこの世界を創った時、本来のゲーム世界に無い要素が生まれた。雑音……バグ……どんな呼び方でもいいが」
「アドミニストレータとかな」
「そう。大きなところでは、たとえばアドミニストレータだ。だが、それだけではない」
説明が続いた。
ミドルウエアたるCRとふたりで、転生開発者アルネ・サクヌッセンムは世界を構築した。その際、膨大な世界データを生成するのに自動化ツールを用いた。まあそりゃ、木の一本一本データで打ち込んだら大変だからな。生成ツールだのAIプログラム生成だの使っていたはずだ。
自動化ツールの演算手法により、生成の際に副産物が生まれた。それも原作ゲームになかった要素だ。生成物や副産物のバランスを取っているうちに、ツールのひとつが自意識を獲得し、「狐」としてゲーム世界に降り立った。
「神狐はなモーブ、言ってみれば私から分かれた手足だよ。狐がこの世界でしている作業は全て、ゲーム世界のバランスを取り、ゲーマーの体験の質を上げることだ」
「だからアールヴの修正に入ったってわけか」
「そう。私も未熟だった。そのためアールヴを生物として安定化させられなかった。既に私の手を離れていた狐はその不都合を発見し、修正してくれたのだろう。いずれにしろ、私の預かり知らぬ話だ。モーブ、お前も知っての通り、私はゲーム世界の自律を望んでいる。世界の自律を、狐は助けているのだ」
しばらく黙ると続けた。
「アールヴの諸君には申し訳ないと謝らせてくれ。アールヴは不安定で滅亡に瀕したためか、排他的になった。外部からの影響を遮断拒絶することでかろうじて魂の安定性を確保。萎縮し凝り固まった魂を持つ種族として、その部族特性を確立していったのだ」
話は続いた。
いわばこのゲーム世界当初の混沌の時代の生きる化石であり、このまま孤立した存在として世界に影響を与えること無く存在し続けると思われていた。近年のエルフ危機によりマナ枯渇の危機を迎えてからは縮小均衡を図ることで保身し、その意味で滅びゆく種族と思われる……と。
「世界は自律している。滅びる種族が出たって、悪い話じゃない。……冷たいようで悪いが。だが……」
「ですがそれも、モーブ様がその里を訪れるまでの話です」
「CR、懐かしい声だ」
「ふふっ。私とアルネ様はいつもモーブ様を見ています。こちらからは毎日会っている親友のようなもの。……いずれにしろモーブ様が訪れたことで、狐を巡る運命が開かれました」
「狐を巡る……運命だと」
「ああ、CRの言う通りだ。狐はエリク家領地から消えた。その理由を考えたことがあるか、モーブ」
「さあ……」
「狐は今、マルグレーテの体内で眠っている。魂として。そうしてマルグレーテの出産と共に、魂は子供に移る。お前とマルグレーテの子に」
「わたくしと……モーブの子」
マルグレーテの頬が赤くなった。
「ああそうだ。それもこれも、魂を分け与えたお前を守護するため。領地に残ったほうの魂の欠片は、もうお役御免。領地を守るために仮初めの肉体を分解し、エリク家領地全体に広がったのだ。領地の地脈を守るために」
「なるほど……。だから狐の姿は消えていたんだな。あの地下の」
色々話は繋がった。だが……。
「ならアルネ。もうひとつ教えてくれ。エルフ危機を招いたマナ枯渇の原因って奴を」
「アドミニストレータだよ。あいつが暗躍しているのだ」
「アドミニストレータ……だと……」
驚愕した。いや、アドミニストレータは倒した。それもアドミニストレータが生成した素体ではない。根源の存在を、根っこから叩き潰した。あの頭四つ野郎を。だからもうこの世界には、影も形も無いはずだ。
なのにアルネ・サクヌッセンムは、なにを言ってやがるんだ……。
「正確に言うなら、アドミニストレータ本体ではないがな」
アルネの話は続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます