3-10 巫女筋のハズレ男児、ニュム

「……どうにもやりづらいな」


 思わず愚痴が出た。朝になってさっそくアールヴに聞き込みに回っているんだが、「お目付け役」の男がひとり、強制的にあてがわれている。ニュムとかいう奴で、まだ若い。てか若く見える。アールヴはエルフの一種だけに、実年齢は百歳とかかもしれんが。


 こいつ、見た目は線の細い美少年。俺の前世現実世界なら、秒でアイドルスカウトされそうなくらい。だけどさ、とにかく無口。必要最小限のことしか口にしない。おまけに不機嫌そうに、常に眉を寄せて俺を睨んでやがる。やりにくいったらない。


「……」

「なんか言えよ、ニュム」

「村人への聞き込みは終わった。次は里鍛冶に案内する。禁忌地帯に踏み込むには、アーティファクトが必要だ。そう、アールヴェ・アールヴ様が仰っていたからな。……だから、とっとと歩け」


 こんな感じよ。取り付く島もない。


「せめてかわいい女子でも付けてくれればいいのに。不機嫌な男とか、テンション下がるわ」

「……」


 アヴァロンが、ちらと俺を見てきた。


「お前もそう思うだろ、アヴァロン」

「ニュム様……」


 俺の質問をなぜか無視して、アヴァロンはニュムに話を振った。


「ニュム様は、アールヴの巫女筋だとご紹介頂きましたが……」

「ああそうだ。僕は巫女筋の生まれ。巫女筋の男児には、居場所などない。お前も獣人巫女ならわかるだろう」

「私の一族は、三つ子の女児しか生まれません故」

「祝福された一族だな。うらやましい……」


 初めて、人間らしさが垣間見えたわ。怒り以外の感情もあるんだー、ってな。


「こっちは違う。僕の代で生まれた男児は、僕ひとり。巫女筋の男子は、巫女と王家の間を取り持ち所用を担当する決まりだ。どうしても男児は必要だからな。僕が選ばれた。嫌も応もない」

「ああ……。それでニュム様は、男になったのですね」


 アヴァロンは頷いている。


「モーブ、お前の相手を命じられたのも、嫌だが仕方ない。僕の運命だ」


 ニュムにまた睨まれた。


「モーブとかいう男に女子を付けるのは危険だと、我が君が判断したのだ」

「俺のどこが危険なんだよ」

「連れを見ればわかる」


 あっさり言い切った。


「嫁が六人もおる。しかも今や、ダークエルフにハイエルフの女も連れているではないか」

「このふたりは嫁じゃない。成り行きのパーティーだ」

「とにかく、お前には男をあてがうとの思し召しだ」


 なんだよ。俺がアレな犯罪者みたいに言いやがって。こんなん笑うわ。


 そりゃたしかに嫁にはしたが、ランとマルグレーテは元々同級生だ。仲良くなるのが自然だろ。それにリーナ先生は担当教師だから、まあ同じだわな。えーとレミリアはまだミドルティーンの、成熟し切ってないエルフ……。うーんこれは……。あと獣人巫女のアヴァロン三姉妹は、儀式でまとめて嫁にしたか。それに魔王の娘ヴェーヌスを……孕ませたわ、俺。


 ……ってあれ? もしかして俺、相当ヤバくないか、これ。俺の側に娘をあてがう親とか、もしかしたら皆無では……。


 ふと気づいて、冷や汗が流れた。


「考えたら、モーブって鬼畜よね」


 マルグレーテが溜息をついた。


「ふふっ。モーブ、もてるもんね。かっこいいもん」


 嬉しそうに、ランが俺の手を取った。


「だからお嫁さんがいっぱいいるんだもんね」

「……」


 無邪気なもんだが、同意を口に出すのはためらわれた。


「と、とにかくその、鍛冶屋に案内してくれ。必要なものを揃えよう」


 こんなん、話を変えるしかないわな。


「禁忌地帯には僕も同行するぞ、モーブ」

「やりにくいんだけど、ニュム。その……」


 雑魚戦があるかはわからんが、ボス戦は確実にある。俺を嫌う男がパーティーに交ざっていては、仲間の連携にほころびびをもたらすからな。


「こっちだって嫌々。お互い様だ」


 ニュムに睨まれた。


「あそこは聖なる土地、忌むべき場所だ。余所者だけの土足で踏みにじらせるわけにはいかない」

「しかし……」

「いいではないか、モーブ」


 ダークエルフのシルフィーが割って入ってきた。


「聖地に余所者だけ入らせるわけにはいかん。そういうアールヴ側の判断も、もっともだ」

「そうですよ、モーブ様」


 ハイエルフのカイムにも、やんわりたしなめられた。


「モーブ様は、度量の大きな方。私もそれはわかっております。だからこそ……」


 それきり、なぜかカイムは黙ってしまった。


「ほら、行くぞ。こっちだ」


 肩をどんとどつかれた。


「ほらほら、こっち」


 俺の肩をどつきながら、ニュムは進み始めた。いやこんな扱いあるかよ。罪人じゃないぞ俺。曲がりなりにもエルフ三部族を代表した使節の長だというのに。まあたしかに、女子関連でちょっとやりすぎてるのはあるかもだけどさ。


 こっそり溜息をつくと、俺は歩き始めた。

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