3-5 巨大樹の城塞都市

神狐しんこ様……って、エリク家領地の森に御座おわす?」


 マルグレーテが目を見開いた。


「今、どこに居るのかは知らん」


 ンブクトゥとかいうアールヴは頷いた。真面目くさった表情を崩さずに。


「だがお前の体には、神狐の血……魂が隠れている」

「その……あの……」


 意外すぎる言葉に、さすがのマルグレーテも、いつもの利発さを失ったようだ。


「マルグレーテちゃんはね、狐さんと仲良しなんだよ」


 かばうように、ランがマルグレーテの手を取った。


「だって子供の頃、よく遊んだんだからね、あの森で」

「そうか……」


 ンブクトゥはしばらく黙っていた。


「神狐の血脈ともなれば、それなりにぐうせねばならんだろう」


 ほっと息を吐いた。


「お前とは話がしたい。我が部族の長もそうだろう。だから着いてこい」


 きびすを返すと、すたすた歩き始める。振り返りもしない。


「俺達も行くぞ。文句ないよな」

「勝手にしろ」


 よし。言質げんちを取った。なんだかわからんが、アールヴの王とまともに話をする好機だ。話の流れからして、殺されることもないだろうし。


「マルグレーテ」

「モーブ……」


 救いを求めるような瞳だ。俺は抱き締めてやったよ。


「怖がるな。なにがあっても、俺が守ってやるからな」

「うん……」


 目を閉じて、ぎゅっと抱いてきた。


「お願い」

「大丈夫ですよ、マルグレーテさん」


 マルグレーテの肩に、カイムはそっと手を置いた。


「エルフ三部族の使節が王宮に入るのです。こうなった以上、無下むげにされることはない」

「ああ。いきなり呪われはせんだろう」


 シルフィーも頷いている。


「招いてから呪うなど、侮辱そのもの。もしそのような事態に到れば、エルフ三部族全てを相手に、戦争を仕掛けると解釈される。エルフ真祖がこの世界に立って以来の、大規模内紛だ。いかなアールヴと言えども、そこまではすまい。まして……」


 マルグレーテをじっと見つめた。


「あたしは知らんが、その神狐やらとアールヴは、どうやら縁があるようだからな」

「カイムも知らんのか、神狐のこと」

「知りません、モーブ様」


 首を振っている。エリク家に行ったとき、レミリアも知らなかったしな。どうやらアールヴだけなにか、繋がりがあるんだろ。


 見上げると、樹上のアールヴは皆、姿を消したようだ。攻撃はしないという意思表示だろう。


「よし。みんな馬車に戻れ。あの野郎の後を、ゆっくり進む。多分……王宮行きだろうからな」


 仲間を見回した。


「油断はするな。ないとは思うが、もし罠だったら、即座に反撃する。その心構えだけはしておけ」


          ●


 だが、取り越し苦労だったようだ。くねくね小径で馬車に先行するンブクトゥは、大きな樫の木を過ぎたところで立ち止まった。


「ここか……」


 眼前に、巨大な建造物が広がっていた。建物ではない。高い城壁。三十メートルはあるだろう。驚くべきことに、黒々とした一枚板の城壁だ。巨大樹木を用いたんだろうけど、どんだけ高い樹だったんだ、これ。最上部から何人ものアールヴが顔を出しており、無表情に俺達の馬車を見下ろしている。


「……」


 城壁の上に向かい、ンブクトゥがなにか、ハンドシグナルのような仕草をした。ややあって、正面の門戸が揺れた。




――ギギギーイッ――




 轟音と共に、左右に大きく開かれる。内側に向かって。


 着いてこいといった仕草と共に、ンブクトゥは内部に進んだ。俺達も続く。


「……すごい」


 俺の膝の上で、レミリアが呟いた。


「古エルフ様式の家だ。……初めて見たよ」


 道の左右には、住居と思しき建物が立ち並んでいる。他のエルフのような「家」ではない。蜂の巣のように有機的形状の丸い建物で、大きい。窓が縦横にいくつもランダムに並んでいるところからして、多層階に分かれた集合住宅のようだ。


「大人のアールヴは男女に分かれ、集団で暮らしている。結婚のときだけは別だがな。それに子供は性別無関係に、一緒くただが……」


 シルフィーが解説してくれた。


「上部に赤樫の葉を飾っているのが男の住まい。茶樫が女。飾ってないのは子供の家だ。子供の家には、教育係の老女が住んでいるという」

「へえ……」


 それだと仲間の繋がりは相当密になるだろうな。家族も同然だし。その分、外部には排他的になってるのかもしれない。


「でもなんか、息が詰まりそうだな。羽を伸ばせないだろ」

「だから部族が分かれたのです、モーブ様」


 カイムが付け加える。


「年月を経るにつれ、体型や能力に偏差のあるアールヴが増えた。部族の掟がちがちの里を嫌い、蜂や蟻が新女王の元、新しい巣を作るように、分派していった。それが――」

「森エルフやハイエルフ、ダークエルフってことだな」

「そういうことです」

「なるほど」


 ゲーム世界とはいえ、それなりのバックグラウンドストーリーがあるもんだな。まあ現実世界のゲームではアールヴとかいう種族なんか、話にすら出てこなかったんだけどさ。またぞろ、アルネ・サクヌッセンムが忙しさにかまけて捨てた「初期設定」って奴なのかな。


 住居の窓から、いくつもの顔が見えている。黙ったまま、俺達の馬車を見据えて。


「……どうにも気味が悪いな」

「アールヴの里に余所者が入るなど、おそらく前代未聞だろうからな」


 シルフィーは唸った。


「そりゃ見世物にもなるだろうさ」

「ましてこちらには……」


 カイムはくすくす笑っている。


「獣人の巫女様だの魔族の娘さんまでいますからねえ……」

「とりあえず、ヴェーヌスが魔王の娘ってのは、秘密だな。向こうのことが充分わかるまで」

「そうだな。……というかモーブよ、お前は我等が国王にすらそのことを話してはいないであろう」

「そうそう。モーブったら忘れてたの? ……間抜けなんだから」


 レミリアにこけにされた。


「この野郎……」

「あっ! またっ!」


 胸を揉んでやったよ。


「ダメだよモーブ。アールヴに……見られちゃう」


 もぞもぞ動いて、手を外そうとする。


「いいや、許さん」


 王宮と思しきひときわ大きな建物の前に導かれるまで、めいっぱいかわいがってやったわ。


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