3-6 アールヴのふたご国王
「……」
俺達は、無言のまま王宮内部を歩いている。先行するンブクトゥは、振り返りもしない。着いてくるのが当然だ……といった態度で、すたすた早足で進んでいく。
他の建造物同様、王宮はスズメバチの蜂の巣のような、丸い構造物だった。ただ、とてつもなく大きい。しかも「○階」という明確な区別はない。有機的な曲線を描く廊下は、うねうねくねくね、曲がったり上がったり時には下りたりしている。だから今が何階かという問い自体が無意味だ。
「モーブ……」
マルグレーテは、俺の手を握っている。それを守るかのように、レミリアとシルフィー、カイムのエルフ三人組が取り囲んでいる。その後ろに、他の仲間が続いていた。
「大丈夫だよ、マルグレーテ」
握り返してやった。
「それにしても、ここ……」
見回した。
「深いな」
左右に部屋と思しき不定形の扉があるが、誰も出入りしない。なぜか廊下にも誰もいない。ただンブクトゥと俺達だけが、今どの位置かもわからず、分岐し時には合流する廊下を、右に左にとずんずん深く入っていくだけ。
もし勝手に帰れと言われても、迷子になるだけだろう。いや……獣人アヴァロンの嗅覚があれば、なんとか匂いを辿って戻れるかもしれないが……。
急に、廊下が広くなった。部屋と呼んでいいほどに。天井も、ここまでの三倍くらい高い。なにか……複雑な紋様の刻まれた、大きな扉の前だ。
「あれは古エルフ紋様だよ、モーブ」
レミリアが教えてくれた。
「神獣の姿を
「ダークエルフも読めん」
「ハイエルフの巫女頭、ベデリア様なら、もしかしたら……」
「そうか……」
この
外部侵攻がないとしたら、あと心配しないとならないのは反逆だ。だが近衛兵が見えない以上、そうした芽すらないのかもしれない。部族のまとまりがいいのか、あるいは逆に恐怖政治を敷いているかだ。
扉に近づくとンブクトゥは、複雑なリズムを刻むノックをした。多分、
ややあって扉は、音もなく開いた。内側に。俺達に一瞥もくれず、ンブクトゥは中に入る。マルグレーテの手を取ったままの俺は、ゆっくり進んだ。
扉が大きいのが幸いし、中はよく見える。魔導光に照らされた室内は、窓がないのにどえらく明るい。廊下同様、こぶのような凸凹の広がる床面は、有機曲線を描いて壁に繋がり、天井に到っている。ちょっと前世二十世紀初頭のアール・ヌーヴォー形式のような感じ。
広い室内の中央にぽつんと、立体物がふたつある。機能的には椅子だが、木のうろに泥を塗りたくって固めたような感じ。実際、「椅子」からは太い根のような物体が、床に這い消えている。これが玉座だろう。
二脚の玉座にはそれぞれ、男と女が腰掛けていた。まだ若い……というか若く見える。長寿種族だから、実年齢はわからん。中性的で、美しい顔立ち。腕を組む仕草も顔の造りもそっくり。着衣と体つきでかろうじて男女とわかる。
室内には、他のアールヴはいなかった。俺達を案内したンブクトゥだけが、玉座の脇に立っているだけ。護衛がいなくていいのかと思ったが、瞬時に呪いを発動できるとかなんとか、そういうことなのかもしれない。それにしてもこのふたりは……。
「双子か……」
王と王妃ではないと、ひと目でわかる。いや、ふたごが結婚して王と王妃、あるいは女王と婿になっているなら別だが。
「そのほうが神狐の血脈だな」
男のほうが口を開いた。
ンブクトゥはなにも教えていない。なのにまっすぐ、マルグレーテだけを見つめている。使節たるエルフ三人には一瞥すら与えない。
「……」
女のほうが、男になにか耳打ちした。ひとつ頷くと、男が続けた。
「こちらに参れ。よく見たい」
「わたくしはモーブの連れ合い。わたくしと話したいなら、まずはモーブの用向きを聞いてからです」
決然と、マルグレーテは言い切った。さっきは意外過ぎて混乱していたが、ここに来るまでの間に、自分なりの戦略を立てたのだろう。さすがはマルグレーテだ。賢い。
「モーブは、エルフ三部族の使節の長。各部族から委託を受けて、ここアールヴの里に来ています。まずはその話を聞くのが、礼儀でもありましょう」
「……」
男は脚を組み替えた。そのまま黙っているとまたなにか、女が耳打ちした。
「申してみよ、モーブとやら」
男は鷹揚な態度だ。俺は口を開いた。
「まずあんたらの名前を聞こうか。話はそれからだ。こっちはあんたらの名前も、肩書すらも知らん。やりにくくって仕方ない」
また沈黙。そして耳打ち。男が話し始める。このパターンばっかりだな。なんだか知らんが、女が全部最初から話せばいいのに。
「私はアールヴ・アールヴ。隣はアールヴェ・アールヴ。私とアールヴェはふたりでひとり。魂を分け合い、ここアールヴの里を守っておる」
ややこしい名前だ。それに語尾だけ変化とか、男性名詞・女性名詞じゃんかまんま。どえらく匿名的だな、祖エルフ、アールヴって奴は。
「要するに双子で、ふたり国王ってことでいいんだな。どっちかがどちらかの婚姻相手ってことじゃなく」
念のため確認したが、ふたりは黙っている。頷きすらしない。心の中で溜息をつくと俺は、レミリアを抱いて前に出した。
「レミリアは俺の嫁だ。だが……嫁にしたら瞳がすみれ色になった。エルフ全体に関わる凶兆だと、三部族の神職は判断したんだ」
順序立てて、俺は説明した。エルフの血に潜む危機が、俺の血を通して嫁のレミリアに顕れた。各部族の神職はそれぞれ別の側面からそれを解き明かしてくれた。そうして全ての秘跡はここアールヴの土地にあるというのが、最後の神託だったと。
「……」ひそひそ
「モーブとやら、お前の仲間は皆、お前の嫁なのか。獣人や魔族までおるではないか。しかも……相当に上位の。霊力や魔力の強さは、ここにおってもわかるぞ」
俺は振り返った。みんな頷いてくれたよ。
「ああそうだ」
「あたしは違う。ただダークエルフのファントッセン国王の使いとして、同行しているだけで」
「私も違います。アールヴ様、アールヴェ様。ハイエルフはティアナ女王の意向を受け、ここに立っております」
シルフィーとカイムだけが否定した。そりゃそうだわな。
「ふむ……」
面白そうな瞳で、ふたりは俺達を見つめている。
「しかしその瞳の色ではな。いつまで持つことやら……」
男のほう……アールヴ・アールヴは、くっくっと含み笑いしている。
「モーブよ、どうやらお前はとてつもない存在らしいな。……周囲を巻き込む力が桁違いと見える」
俺はプレイ中に死んだ。それだけにゲーム世界との精神的な固着が極めて強く、「特別な存在」としてモブ転生した。だからかもしれないな。なにせ本来ゲーム世界のメインヒロインであるランですら、出会ってすぐ、あっさり俺にデレたくらいだし。
「そんなことよりどうなんだ。俺はな、エルフ全体の危機を収めたいだけさ。アールヴの土地に、その鍵となる事象が発生しているはずだ。それを教えてくれ」
ふたりは答えなかった。ただ黙って、レミリアの瞳を見つめている。静まり返った王宮に、微かに森風の音が聞こえていた。
「それを知りたいなら、まずそこの神狐の娘をこちらへ」
唐突に、女が俺達に話し掛けてきた。直接口を利いたのは初めてだ。
「ンブクトゥの話だとマルグレーテというのだな、お前は。エルフの森の危機はなマルグレーテ、お前と神狐に関係しているのじゃ」
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