3-3 アールヴ現る

「動きがあったぞ、モーブ」


 御者席から、シルフィーが荷室を覗き込んできた。


「やっとかよ」


 ランと潜り込んだブランケットから、俺は顔を出した。


「あれから三日もここで足止めだ。アールヴって奴は、なんでこんなに決断が遅いんだ」

「愚痴るな」


 鼻であしらわれた。


「いちゃついてないで、出てこい。使節の長がおらんと格好がつかない」

「そうだよねー、全く」

「はいです」


 御者席には、シルフィー、カイム、レミリアとエルフ三部族が鎮座している。俺の昼寝の間、三人でこそこそ話していたが、どうやら仲良くなったようだわ。揃ってうんうん頷いてるからな。


「モーブ、行かないとダメだよ」


 裸のランは、それでも名残惜しそうに俺の首筋に唇を着けた。


「続きは今晩ね」

「楽しみにしてるよ、ラン」


 最後にランにキスを与えてから這い出す。もそもそ服を着ると御者席に。レミリアは、自ら進んで俺の腿に乗っかってきた。


「はい、モーブ」


 手を取ると、自分の胸に導く。


「でも動かしちゃダメだよ。ここからはエルフ三部族の正式な使者として振る舞うんだからね」

「わかったよ」


 ぎゅっと抱っこしてやると、それでも嬉しそうに息を吐いた。


「ところで、どんな動きなんだ」

「見て下さい。モーブ様」


 カイムの指差す先はるか、例のマナの揺らぎが見えている。炎のような色の。


「変わらないじゃんか。いつもどおりのマナ障壁だ。侵入を拒絶する」

「いえ。障壁最前面、ひときわ高い杉をご覧下さい」

「あの樹か……」


 瞳を細めて見つめると、高い樹冠から、なにか布が垂れている。緑色なので樹と区別がつきにくいが。


「なんか下がってるな」

「あれはアールヴの旗印です、モーブ様」

「部族旗だってのか」

「ああそうさ、モーブ」


 シルフィーは頷いた。


「こちらの旗印を確認したアールヴが、指示を出したのだ。近づいて来いと」

「なるほど」

「だからゆっくり進むよ、モーブ」


 手綱を取るレミリアが、馬に指令を出した。


「こちらに敵意があると誤解されないようにね」

「進めば俺達全員のマナを感知される。呪術をかけられるリスクがあるからな」

「そういうこと。……少しは頭回るようになったじゃん」

「あら……」

「ふふ……」


 カイムとシルフィーが含み笑いする。どうやら朝から続いたひそひそ話、俺の噂だったようだな。


 レミリアの奴、どうにもロクな話を吹き込んでないな。決めた。今晩お仕置きだ。寝床の中で。


           ●


「どうにも怖いな、これ」


 祖エルフ、アールヴの里。馬車がゆっくり近づくにつれ、そのヤバさがわかってきた。ハイエルフもダークエルフも、旅人には親切とは言い難かった。基本、向こうの指示に従わないとなにされるかわからないという。


 でもここはダントツだ。なにせ種族としてのアールヴがどうのこうのと言う前に、里を取り囲む森自体が攻撃的だ。道には節くれだった大木の根がのたくり、馬車をひっくり返そうとする。それに左の大木から右の大木へと蔓草が伸びていて、切らないと進めなかったり。


 その蔓草は毒虫の巣になっていて、蔓が切断されると真っ赤な攻撃色をあらわにして毒針で刺そうと飛んでくる。俺達の馬車は防御魔法を掛けてあるし、なんなら地形効果をコントロールできる巫女アヴァロンがいる。だから虫の排除はなんとかなったが、普通の馬車なら、無限に湧いてくる虫の攻撃だけで全滅したことだろう。


 俺達には最後の手段だってある。マルグレーテの火炎魔法で焼いちゃえばいい。だがここはアールヴの森。いくら虫対応だとはいえ草木を焼かれて連中がいい気分になるはずはない。最後の最後まで、これは封印しておくことにした。


「だから誰も近づかないんだよ。普通の旅人はもちろん、あたしたちエルフ各部族もね」


 レミリアはほっと息を吐いた。


「森エルフはもう、何百年も没交渉だよ」

「ダークエルフもだ」

「ハイエルフもよ」

「厄介なことにならなきゃいいがな……」

「大丈夫です、モーブ様」


 カイムが微笑んでくれた。


「モーブ様は、エルフ三部族の旗印を掲げた使者。問答無用では殺されないでしょう」

「ああそうだ」


 シルフィーが腕を組んだ。


「事情を聞いた上で殺されるであろう」

「それじゃ同じだっての。お前の冗談は笑えないんだよ」


 ダークエルフの無骨な魔法戦士だからな。真面目な顔で口にされると、冗談に思えないんだわ。


「誰が冗談だと言った」


 シルフィーは憮然としている。


 えっ……じゃあそれ、マジなんか。俺達、ここで死んじゃうんじゃんよ。


 なんだか妙におかしくて、笑いそうになった。追い詰められると人間って、笑っちゃうこともあるんだな。

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