3-2 アールヴの里の「マナ障壁」

「あのあたりか……」


 御者席。いつものようにレミリアを膝に抱えた俺が呟くと、ハイエルフのカイムが頷いた。


「ええ……。モーブ様にも見えるのですね」

「あれだけマナが濃いとなあ……」


 前方はるか先、高木の森から、なにかが揺らぐように湧き立っている。一見山火事のようだが、もちろん違う。


「あれは障壁だ」


 シルフィーが吐き捨てた。ダークエルフだけに、アールヴにはなにか思うところがあるのかもしれない。


「連中はああやってマナを障壁として使い、外部との接触を絶っておるのだ」

「そうか……」


 例によってレミリアの胸をもにょもにょしていた俺は、手を引っ込めた。そろそろマジにならないといけない。毎日膝に抱えられ体を触られ続けて、レミリアはもう諦めた……というか慣れたようだ。逆らうこともなく、俺の手や指が動くがままにさせてくれる。


「なあレミリア。マナ障壁って、なんかヤバいんか。あれ、要するに侵入防止の城壁みたいなもんだろ」

「障壁自体より、警戒されると危険なんだよ、モーブ」


 俺に背を預けるようにして、レミリアは溜息をついた。


「アールヴは排他的。遠慮会釈なしに攻撃してくるからね」

「呪力攻撃だ」


 シルフィーが唸る。


「アールヴは呪力が極めて強い。エルフ随一……どころか、あらゆる種族でもトップクラスだ。魔族は別だろうが」

「いや、ここからでも感じる。あの力は魔族でもかなり高位と同等レベルだ」


 荷室から、ヴェーヌスが身を乗り出した。


「しかも単体でなく、種族として多数で攻撃してくる。敵に回せば厄介だ」

「呪力……ねえ……」


 俺は天を見上げた。


 原作ゲーム自体には、呪力という能力設定はない。


「魔力とか霊力と、具体的にはどう違うんだ」

「最大の特徴は、間合いが無限大で、遠く離れた地からも攻撃できるということだ」

「それに攻撃の質が魔法とは異なるの。魔法はたとえば火の玉を飛ばして相手を焼いたりするでしょ。言わば外部攻撃。でも呪力攻撃は、相手の精神と肉体を内側から食い破り腐らせるのよ」


 シルフィーとカイムが、あれやこれや教えてくれる。


「なら狙われたら最後じゃん。変な話、世界の果てからだって攻撃されるってことだろ。なにか弱点とかないのか、呪力には」

「呪力発動には、相手のマナの欠片かけらが必要だ」

「たとえば髪の毛とかね。そういうものを入手して、そこからマナを抽出するのよ」

「なら平気じゃん。俺達、初見だし」

「そうもいかないんだよ」


 レミリアが俺を振り返った。


「そろそろ危ないからね、モーブ。一旦、停車するよ」


 手綱を引いてレミリアが、馬の脚を止めた。


「危ないってのは」

「遠くからでも、あたしやモーブのマナを採取されると、危険なんだよ。それを使って攻撃してくるから」

「鼻の利く獣人みたいなもんか」

「そうそう」

「それがこの距離なんだな。これ以上近づくとまずいという経験知で」

「うん」


 俺は前方を見透かした。古道はすでにまっすぐアールヴの里に向かっている。その開けた道の先に、平面に立ち上るマナの壁が見えている。その向こうは霞んでいてよく見えないが木々は無く、野原か丘のような気がする。


「おいアルネ、あんた見てるんだろ」


 俺は天を見上げた。


「開発者の知らない攻撃手法があるとか、どういうことだよ。アドミニストレータ亡き世界になったんだ。今度はあんたが少しはバグフィックスしたらどうよ」

「バグではないからな」


 どこからともなく、アルネの声が響いた。


「モーブよ。お前も知っての通り、私はこの世界の自律発展を望んでいる。雪の結晶が育つようにな。呪力、素晴らしいじゃないか。お前も私と共に、世界を楽しめ」

「あんたはいいよ。外から見てるだけだからな。こっちの身にもなってみろ。痛い思いをするどころか、下手したら死ぬんだからな」

「それも運命だろ。世界に生きる命としての」


 あの野郎。相変わらず無責任なこった。


「モーブ様……」


 CRだ。


「大丈夫。モーブ様と連れ合いの皆様なら、きっと切り抜けられますよ。仲が……およろしいので」

「ほっとけ、CR。そっちこそどうなんだ。アルネと毎日いちゃついてるんだろ。そろそろ……ベッドを共にできるまで、アルネの体は回復したのか。……アドミニストレータ討滅によって、アルネの復活を妨げる要素が消えた。急速に治癒しているはずだ」

「……」

「……」


 ふたりからの返事はなかった。これもしかして……ってことか。


「今の声は……」


 シルフィーが天を仰いでいる。


「天から聞こえてきたが」

「それに開発者とか世界の自律とか……」


 カイムも戸惑っている。


「悪い悪い。こっちの話だよ。そのうち……チャンスがあれば話してやる」


 ふたりとも、ここがゲーム世界だって知らないからな。


「少なくとも神様じゃないよ。もっと……性格の悪い野郎だ」


 天から笑い声が降ってきた。


「それより、俺達はこれからどうすればいい」


 カイムやシルフィーの注意を促した。


「近づけなければ話し合いもへったくれもない」

「これ以上進むのは危険だ。ここで留まろう」

「シルフィーさんの言うとおりです、モーブ様」


 カイムも同意している。


「ここで三つの旗印を見せておくのです。そうすれば、そのうち嫌でも先方から接触があるでしょう」

「旗印を見れば、拒絶されるにせよなんにせよ、問答無用で呪われる恐れはないよ、モーブ」

「そんなもんか、レミリア」

「うん。多分だけど、向こうからは命令が来る。ゆっくり近づけとか、Uターンして消えろとか。従わなければ、呪力攻撃を受けると思うよ」

「最初は軽いものからだろう。体が一瞬痺れるとか。そうした警告を経て、それでも無視すれば次第に強化される。最終的には致死性の呪いだろうな」

「ならまあ、ここで何日かキャンプってわけだな」

「あっ! またっ!」


 レミリアの脇に手を入れた。


「ならしばらくいちゃいちゃするか」

「だめだよぅ……モーブ」


 言いながらも、レミリアはもたれかかってきた。


「また……お昼寝したくなっちゃう」

「始まったか……」


 呆れたように、シルフィーが片方の眉を上げた。


「さすがにあたしも慣れた。もうあんまり恥ずかしくない」

「お前も後で撫でてやるよ、シルフィー」

「ふん……」


 体をくねらせるレミリアを横目で見ている。


「馬鹿に体を任せる気などないわい」

「悪い。冗談だ」

「冗談……」


 そう聞いて、シルフィーの顔が赤くなった。


「お前は心底腐っておるな。いつか……殺してやる」


 睨まれたわ。ごめんごめん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る