第四部エピローグ

ep-1 「時の琥珀」大書架室

「よく戻ったな、モーブ」


 男の声で、意識が戻った。


「ここは……」


 正面に大きな書架があり、大量の書物が並んでいる。その前には車椅子の人物。背後にミドルウエアの少女CRを従えて……。


「俺は……俺達は今、アドミニストレータと戦っていたはず……」


 その証拠に、俺はまだ例の無銘剣を掴んでいる。手が痛くなるほど固く握り締めて。振り返ると仲間が立っていた。不思議そうな顔で、きょろきょろと大図書館内部を見回している。


「お前はアドミニストレータを倒したのだ、モーブよ」


 大賢者アルネ・サクヌッセンムは楽しげな表情だ。


「でも……ええ? それはそれとしても、なんでここに突っ立ってるんだ、俺達」


 俺の頭はまだ混乱している。


「アドミニストレータの消えた今、私が隠れる理由もない。もはや私は世界のどこにでも出現できる。だからあそこに『穴』を開けてモーブ、お前を招待したのだ。お前に返してもらった『コーパルの鍵』を、さっそく穴開けに使ったよ」

「はあ……」


 なるほど。理屈では理解できる。……だが、一瞬前まで命懸けの戦いをしていたのだ。心がついてゆけない。興奮でアドレナリンが噴出し、俺の手はまだぶるぶる震えているくらいだし。


「アドミニストレータは消えた。それでいいんだよな」

「そうだ」

「ならもう、モーブを追う人は居なくなったんだね」


 ランの声は弾んでいた。


「そういうことだ」

「やったあっ!」


 抱き着いてきた。


「モーブ、やったよっ!」

「あ、ああ」

「モーブくん、素敵だったわよ」


 リーナ先生に手を取られた。


「先生……、モーブくんのお嫁さんになれてよかったわ」


 左手を自分の頬に当てる。ちゅっと、唇を着けてくれた。


「モーブはずうっとわたくしのことを守ってくれたもの。今度もやってくれるって、信じていたわ」


 背伸びをすると、マルグレーテが俺の唇を求めてくる。


「んっ……」

「モーブ様ぁ……」


 剣を下げる俺の腕を取ると、アヴァロンが胸に抱え込む。


「お慕い申し上げております……」

「さすがは婿殿だのう……」


 ヴェーヌスは頷いている。


「あやつの首を三つも同時に刎ね飛ばすとか、見事な剣筋であった」

「まあ、さすがあたしの恋人候補なだけあるよねっ」

「ありがとうな、レミリア……んっ」


 むさぼるようなマルグレーテの唇で、また唇が塞がれた。


「おいおい」


 呆れたような、アルネの声がした。


「嫁達といちゃつくのは、夜まで待て。まずは礼を言わせろ」


 苦笑いだ。


「なあアルネ、俺はもう自由に歩き回れる、この世界を全て。追う者は居ない。……そうだな」

「安心しろ。それは私が保証する。……まあ、モンスターや魔族は今後も出るだろうがな」

「それなら大丈夫だよ。モーブは強いもん。私やマルグレーテちゃん、それにみんながついてるし。ねっ、モーブ」

「そうだな、ラン」


 だんだん、現実感が湧いてきた。俺の願い通り、これからは嫁との暮らしを楽しめるのだと。――こんないいことある? もうアドミニストレータの影に脅かされることはない。あの野郎の罠にかかり、中ボス戦が始まることはもうない。


「ところでアルネ。野郎を潰したとき、謎の声がした。世界管理業務を、アドミニストレータから俺に引き継ぐってな。あの野郎の声色じゃない。なにかもっと……事務的な響きだった」


 嫁を抱いたまま、アルネを見つめた。


「あれ、どういう意味だ」

「それは私の無意識の声だろう。前教えただろ、イドの怪物だと」

「お前の無意識は、俺になにをやらせたいんだ。アドミニストレータの跡継ぎとしてシナリオ管理なんて、やる気はないぞ、俺は」

「それならそれでよい」


 両手を広げてみせた。


「この世界をどう管理するかは、お前次第。だがお前は私と同じく、世界の住人はそれぞれ自由意志で生きるべきと考えている。そうだろ」

「もちろんだ」


 シナリオに縛られたブレイズは、苦しみの末に自滅した。あいつを見てるからな。


「ならそう思っているだけでいい。世界は勝手に動くさ」


 背後のCRを、アルネは振り返った。CRが頷くと、アルネが続けた。


「そういうことだ、モーブ。お前も私も、このゲームの呪縛から解放された。これからは、互いに自由に世界を育てようじゃないか」

「そうか……」


 安心した。俺はこの世界に、わずかなりと貢献した。残りの余生は、好きなように暮らすわ。今度こそ、嫁達と自由に遊び回って。


 ランやマルグレーテ、それに周囲に集まる嫁を抱き寄せた。


「みんなのおかげだな」

「ううん、モーブがわたくしたちを導いてくれたのよ」

「そうだよ。みんなのお婿さんだもん」

「頼りになる教え子よ。……もう私のほうが、モーブくんに教えられるばかりだし」

「モーブ様ぁ……」ちゅっ

「婿殿……」

「あっ……」


 レミリアが、小さく叫んだ。


「……モーブ」


 静かに袖を引く。レミリアが視線で示す先には、アルネ・サクヌッセンム。車椅子の大賢者に屈み込むようにして、CRが唇を与えている。


「……アルネ様」


 CRは、そっと唇を離した。


「大願成就、おめでとうございます」

「ありがとう、CR」


 腕を回し、CRの体を抱いている。


「長かったな……。この虚空に世界が生じてから」

「アルネ様……」


 CRの瞳から、ひと筋なにかがつたった。


「CR、泣いているのか」


 驚いたような声だ。


「ええ……。嬉しくて」

「馬鹿な……。感情が生じているのか、お前にまで」

「感情だけではありません。……愛情も」

「そうか……」

「アルネ様が私に魂を下さったから……」

「お前は魂を得るにふさわしい存在だ」

「アルネ様を脅かす存在は、もう消えた。いつか……アルネ様の萎えた脚も癒え、歩けるようになるでしょう。そうしたら……」


 恥ずかしそうに、瞳を伏せる。


「そのときが来たら、一緒に世界を歩いていただけますか」

「CR……」


 見つめ合っている。


「ねえモーブ」


 背伸びをしたレミリアが、俺の耳に囁く。


「いちゃついてるのはどっちだって話だよね、これ」

「だな」

「まあいいじゃないの、モーブ」


 マルグレーテはくすくす笑っている。


「こっちはこっちで見せつけましょう。ホルモンが刺激されて、きっとアルネの治癒力も高まるわよ」


 またキスしてくる。


「どっちがいちゃつくか、アルネさんと競争だね」


 笑ったランが、俺の唇をマルグレーテから奪った。




●次話「魔王城」、明後日公開!


●業務連絡

新作小説「ガチャで俺に割り当てられたのは、美少女モンスターしか出てこないハズレダンジョンでした」、明朝より公開開始!

面白いので(当社比)、公開後はフォローと星入れでよろしくご支持表明下さい。よろしくお願いしますー ><

https://kakuyomu.jp/works/16817330660500582088

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る