ep-2 魔王城
「今度こそ、世界に戻ってきたか……」
俺達は、荒野の真っ只中に立っていた。少し前まで、マーカーライトが輝いていた場所に。アルネ・サクヌッセンムの大書架室を辞した俺達は、CRによって世界に戻されたのだ。
突然、ワープするように出現した俺達を見て、馬車の馬が驚いて目を丸くしている。ただまあ……スレイプニールだけは俺達を見もせずに、足元の草をもしゃもしゃ食べてはいるが……。こいつの名前、レミリア二号に変えてやろうか。
「さて……これからどうする、モーブ」
ランが俺の手を取った。金色の髪を風になびかせている。
「どこに行くのもモーブの自由だよ。みんな……モーブの望みどおり、ついていくから」
「そうだな……」
全員の顔を見回した。皆、おとなしく俺の言葉を待っている。
「ゆかりの地は回りたいな。その間に、これからどうするかゆっくり考えるわ」
「いいわね、モーブ」
マルグレーテも賛成してくれた。
「なら最初はどこに行くの」
「そうですね、リーナ先生……」
俺は、北の方角を指差した。くねくね続く道の先、山上にある真っ黒な城を。
「まずは魔王城かな。いちばん近いし」
それに、考えていることもある。魔王とは早期に話を着けないと……。
●
「そうか……倒したか」
俺の話を聞き終わると、魔王が呟いた。玉座の肘掛けに頬杖をついたまま、窓の外に視線を置く。俺達を前にして、しばらくそのまま黙っていた。
「父上、モーブがやったことです」
ヴェーヌスが一歩前に出た。
「アドミニストレータを倒したモーブの功績、お認め下さい」
黙れとでも言うように、魔王は手を振った。
「うるさいのう……わかっておるわい」
溜息をつくと、俺達に視線を戻す。
「ヴェーヌス、お前……。父の娘であろう。もはやモーブのことしか考えておらんのか」
うんざりした口調だ。
「モーブには感謝しておる。我ら魔族に課せられた鎖を外してもらって。……これでよいか」
「それでこそ、魔王の器です」
「ふん」
俺に視線を移した。
「我が娘はどうやら、もうお前に狂ってしまったようだ」
情けなさそうに首を傾げる。
「任せたぞモーブ、娘を大切にしてくれ」
「もちろんだ。ヴェーヌスは俺の嫁。魔王の娘だろうが孤児だろうが、俺は等しく大事にする」
「なにかあればお前を殺す。もし我が娘を泣か――」
「ちょっとお」
レミリアが遮った。
「夫婦喧嘩には、口を挟んでこないでよね。晩ご飯の献立で言い争ったくらいで殺されてたらモーブの命、いくつあっても足りないじゃん」
「エルフの小娘風情が、献立程度で魔王に意見するのか……」
苦笑いだ。
「私を誰だと思っておる。馬鹿にするのも大概にせい。なんなら今この場で、全員殺してやろうか」
「父上が悪いのです。やたらと殺す殺す仰るから」
ヴェーヌスは、ツンと横を向いた。
「魔族は口が悪いだけだ。お前も知っておるだろう」
そういやヴェーヌスも割と口にするな。俺を殺してやるって。
「まあ……にぎやかな嫁が揃ってご健勝だのう、モーブよ」
嫌味たらたらの口調だ。
「嫁は大事にせよ。我が娘ばかりではなく」
「そうするよ。……ところで、あんたと話がある」
「なんだ」
脚を組み替えた。頬杖を外し体を起こし、姿勢を正してくれる。俺に礼を示してくれるんだな、魔王ともあろう存在が。
「こんな馬鹿とはいえ、一応お前は娘の婿殿だ、話くらいは聞いてやる」
いや馬鹿は余計だろ。ほっとけっての。前言撤回するわ。
「アドミニストレータの呪縛は消え去った。魔族の本能から、人類を滅ぼしたいという欲求は消えたはず」
「うむ……」
認めた。
「あんたはこれからどうする。魔王軍を引いて、人類との講和に進むのか」
「お前はそうしてほしいのか、モーブ」
探るような瞳だ。
「ああ。無駄な悲劇は避けたい。誰かが死ねば、誰かが悲しむ」
「どうであろうのう……それは……」
魔王は瞳を細めた。この野郎……どんな表情してもイケメンだわ。若い……というか若く見えるし。なんかムカつく。ことちら底辺社畜だからな。前世は、なにも武器を持っていなかった。顔も力も金も、なにもかも……。しかも転生してからも、即死モブスタートだったし。
「のうモーブ。世界の現在はな、これまでの歴史や経緯で形作られておる。それこそ人の現在、あるいは嫁と婿の関係もな」
諭すかのような口調になる。
「最前線で命を張っておる戦士に対し、今日からは敵も味方だ。敵と抱き合って酒を飲め――と命じて、混乱が生じないとでも思うか」
「それは……たしかに……」
「つまり講和など土台、無理なことよ。世界は残酷だ。平和などというのは幻。それは単に、勢力の拮抗を意味しておるだけだ」
前、ヴェーヌスもそんなようなことを言っていたな。知能に優れた魔族トップ層の、共通認識なのだろう。
「ならまた人類を滅ぼすべく侵攻するというのか」
「どうしてそうゼロか百かで考えるのだ」
顔をしかめた。
「ヴェーヌス、お前の婿は頭が悪いぞ。
「それはわかっております、父上」
俺、嫁と義父から普通に素でディスられてて草。
「私に確約できるのは、戦線は膠着するであろうということのみよ。魔王軍側から侵攻はしない。……だが、人類側が戦線を越えてくれば侵略軍は排除する」
「人類絶滅への本能は消えた。だから勢力は現状維持で拡大はしないってことか」
「そうだ。やがて……時が経てば、互いの憎悪も薄まる。父や娘を殺された恨みは、歴史の彼方に消える」
ヴェーヌスを呼び寄せると魔王は、娘の腹を撫でた。
「ここにおる私の孫が魔王を継ぐ時代になれば、色々状況も変わるであろう。講和か……あるいは支配地域の統合か……」
ほっと息を吐いた。
「そうなるのが何百年後かは知らん。それに、その前に個人レベルで魔族とヒューマンとの混合冒険者パーティーも増えるはず。それが和解の兆しになるであろう……。実際に、目の前にその先駆者がおるし」
俺とヴェーヌスを交互に見てくる。
「人類と魔族がどうなるのか……。モーブよ、墓の中から歴史を注視しておれ」
乱暴に、ヴェーヌスを俺のほうに押しやった。
「死ぬまではせいぜい、我が娘と楽しめ。人生をな」
その後、魔王の目の前でヴェーヌスに熱烈なキスを与えたら、怒ったおっさんに城の外まで魔法で吹き飛ばされた。いや魔王さんよ、人生を楽しめって言ったの、お前じゃん。
●次話「のぞみの神殿」、明後日公開! 居眠りじいさんも登場します。幽体でなくガチ本人にて。
現在、新作「ガチャで俺に割り当てられたのは、美少女モンスターしか出てこないハズレダンジョンでした」と交互に隔日公開中。本作が奇数日、新作が偶数日公開になっています。明日は新作公開の番です。そちらもよろしくお願いします↓
「ガチャで俺に割り当てられたのは、美少女モンスターしか出てこないハズレダンジョンでした」
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