14-4 さながらに、其は定め

「イレギュラーには死んでもらおう」


 アドミニストレータがキーを操作すると、輝く壁がゆっくり進み始めた。俺達に向かい。


「守れっ!」


 俺の号令で、あらゆる防御魔法が組み立てられた。ここまでの経験で、最高に高まった魔法が。


「ケットシー祖霊の護り……無限」

「敵魔法効果八十パーセントダウン」

「敵魔法効果八十パーセントダウン」

「敵攻撃力八十パーセントダウン」

「物理攻撃ダメージ八十パーセントダウン」

「戦闘中HP百二十パーセント増加」

「HP定期回復っ!」

「敵行動速度五十パーセントダウン」

「行動速度七十パーセントア――」


 そのあたりで、壁が俺達の場所に到達した。一瞬、押し潰されるような感覚こそあったが、俺達を通り抜け、壁は部屋の隅まで突き進む。


「ふん。防御だけは可能か。一割ほどしか削れなかった……」


 胸から生えた無様な頭の顎を、アドミニストレータは手で撫でている。


「ならば十回掛ければいいだけの話。定期回復があるようだから、十五回かな」


 にやりと笑う。


「五分もかからんな。つまらん話だ」

「それは、お前の攻撃だけだった場合の話。俺達にも攻撃ターンが設定されているぞ。これはゲームだからな」

「モーブ……。お前のターンなど、無いも同然だ。この部屋にいる限り、私は全攻撃から守られている。無敵属性だ」


 呆れたような瞳で、俺を眺める。


「なのに、どうやってダメージを与えるというのだ、モーブ」

「こいつがあるからな」


 長剣を、俺は抜き放った。たちまち刀身から、闇色の煙が噴き出す。


「それは……」


 アドミニストレータが目を見開いた。


「てめえがブレイズに持たせた、無銘剣だ。こいつには『あらゆる存在の抹消スキル』がある。俺を完全に世界から消すために作ったんだろ、これ。俺はこの剣を使う。いくら無敵属性のお前とはいえ、抹消スキルが上書き発動するはずだ」

「馬鹿な……」


 口があんぐり開いた。三つの頭は、なにか口汚く俺を罵っているようだ。剣のことか、あるいは例によって予算だ納期だ左遷だと叫んでいるのかもしれない。


「その剣は使用者カウント〇一で、消滅するはず。剣が残ると厄介だから。そう設計したのに……なぜ」


 焦ったのか、早口になっている。


「なぜカウント〇二まで存在している。この特徴を与えるために、主人公不在というシナリオ上の致命的欠陥を導いてまで、ブレイズの属性をプレイヤーキャラから変更したというのに……」

「ブレイズはな、お前のシナリオ呪縛が、最後の最後に解けたんだ。だからこれをのこしてくれた。自分の無念を果たしてほしいと、俺に願って……」

「くそっ」


 首を振っている。


「想定外だ……」

「アドミニストレータ、観念しな」


 俺は剣を構えた。


「でもモーブ様、そのスキルを使うとモーブ様が……」

「致命的な反動があるって」

「もしモーブが死んだら、わたくし……」

「モーブくん、私がソールキンの召還魔法を使うから」

「婿殿。魔族の――」

「あたしのエルフ魔――」

「俺に任せろっ!」


 大声で一喝した。


「致命的な反動がなんだってんだ。俺は底辺社畜。あらゆる逆境とプレッシャーの中、ドブを這い回ってきた男だ。そんな反動、キャンセルしてみせる。運命の流れには逆らうなと、居眠りじいさんも諭してくれた。だがこうも言っていた。ここ一番、誰の人生にも一回ある大勝負の場だけは、運命のストリームにあらがえってな」


 一瞬、仲間を振り返った。嫁は皆、俺の言葉に聞き入っている。続けた。


「アルネの箴言しんげんさながらには定め』ってのはな、運命に流されろって意味じゃない。逆らうことこそが、定めってことさ。俺はそう解釈している。自分の人生は、自分で切り拓くんだとな」


 剣を振りかぶる。無念に消えたブレイズの魂が力を貸してくれるのを感じる。俺はやる。たとえここでたおれ死んでも構わない。人生を懸けて、気まぐれな運命の神って野郎に逆らう。アドミニストレータの野郎を潰し、世界と俺の人生を解放するために。


「……だがモーブ、想定外とはいえ、お前を近寄らさなければいいだけの話。到達前に攻性障壁でお前を潰せばいい」


 四つの頭、八つの目で、俺を睨みつける。


「死ねモーブ。嫁の前で。無様に」


 アドミニストレータが、幻のキーを乱打した。例の「壁」が幾つも出現し、俺達に向かってくる。魔法陣を回転させながら。


「死ぬのはてめえだ、アドミニストレータ。電子の海に還れっ!」


 突進した。仲間が背後から、俺に守護魔法を連発するのが感じられる。俺は最初の壁を突破した。背後からのサポートを感じながら、次々壁を破り抜ける。高速で俺を歴史の彼方に追いやろうとする、「運命のストリーム」って奴に逆らいながら。三つ、五つ、……最後の一枚まで。


「消えろやあーっ!」


 振りかぶった剣で、三つの頭を刎ね飛ばした。勢いのままに剣を振り回すと体重を乗せ、野郎の胸の真ん中に突き立てる。


「ぐっ……おーっ!」


 アドミニストレータが絶叫する。剣は、柄まで深々と突き刺さった。そこから、大量の光が漏れ始める。


「ど、どうして障壁を……」

「虚無がてめえを待ってるぜ、アドミニストレータ」

「モ、モーブ……」


 苦悶するアドミニストレータが、俺の腕を掴んだ。俺の顔を睨みながら、剣を抜こうとする。だが俺にのしかかられて、うまくいかない。アドミニストレータを串刺しにして、剣先はすでに椅子の背までも貫いている。そちら側からも光が漏れ始めた。


「私が消えたら……この世界は……こ……混沌……に」


 俺を掴んでいた腕から力が抜け、がっくりと垂れる。


「秩序なき世界など……地獄も……同……」


 しばらくはまだ口がぱくぱくしていたが、それも止まった。目は見開かれたまま。表情からは、もはや感情を感じ取れない。無表情。操り手が飽きてそこらに放り投げた、人形のようだ。




――管理業務日報〇〇〇〇〇。世界管理業務を引き継ぐ。引継先:転生者モーブ――




 機械合成の音声が、アドミニストレータの体から響いた。口からではない。存在そのものからの。




――引き継ぎ完了。アドミニストレータ〇〇〇存在デリート――




 アドミニストレータの体が、突然白く発光した。目も開けていられないほどの光量で。


 思わず目をつぶった俺がまた瞳を開いたとき……。


 世界は変わっていた。






●よくやった、モーブ!

次話から第4部エピローグに入ります。

全8話の大ボリュームにて、アドミニストレータ無き後の世界各地を、モーブと嫁が回ります。たっぷり楽しんで下さい。

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