14-3 世界管理統制業務室

 気がつくと、俺達は大きな部屋に立っていた。視聴覚教室のようなサイズ。床も天井も、壁も真っ白。リノリウムのような、無機質な素材だ。


 壁一面だけは、全面が巨大モニター。画面は細かく分割されており、様々な光景が動画で流れていた。見たことのある場所もあったので、おそらく世界各地の映像だろう。魔族の土地もあったし。


「……」


 脇に立ったランが、俺の手を握ってきた。


 ――わかってるよ、ラン。


 壁の前には古臭い灰色のビジネスデスクがひとつだけあり、男がひとりこれまたボロいビジネスチェアに背を預けて壁に向かっている。


 机上には何も無い。なのにパソコンのキーボードでもあるかのように、男は指を動かした。するとひとつの画面だけが五倍程度にズームされた。見るとヘクトールのようだ。懐かしいアイヴァン学園長が、旧寮厩舎の前で、ひとりの教師と会話を交わしているところだ。小さく音声も聞こえている。どうやら、居眠りじいさんの動向を話し合っているようだ。


 男がまた指を動かすと、ヘクトール画像は元の位置に戻った。


「モーブか……」


 背を向けたまま、男が呟く。


「ここまで辿り着けるとは思わなかったが、やはり特別な男なんだな。私にはよくわからないが、大賢者アルネ・サクヌッセンムが言うからには、なにか理由があるのだろう」

「俺はな、このゲームのプレイ中に死んだんだ。だからゲーム世界との精神的な固着が極端に強いんだってよ。アルネが言ってた」

「なるほど。その謎が解けなくて、もやもやしていたんだ。礼を言うぞ、モーブ」

「今日は別れの挨拶に来た」

「はて……。ゲームからログアウトでもするのか、モーブ」

「ログアウトするのはてめえだ、アドミニストレータ。永遠にな」

「ほう……面白い話だ」


 椅子を回すと、アドミニストレータはこちらを向いた。


「それであれば、ちゃんと聞かないとな」

「モーブ……」


 またランが手を握ってきた。


「……」


 俺もまあ驚いたよ。


 その男は、ビジネススーツ姿だった。だが服を着ているわけではない。泥人形とか粘土人形のように、なにかを適当に丸め、大雑把に人間の形とした存在だ。体表面には、シャツにネクタイ、スーツの模様が浮き出ている。つまり着衣姿ではなく、絵の具で塗ったも同然だ。


 なにより不気味なのは、アドミニストレータに頭が四つ生えていることだ。


 それもきれいに並んでいるのではなく、窮屈そうだ。両肩の間に三つが乱雑に押し合いし、四つめの頭はそこにすら並べていない。胸まではみ出し、シャツとスーツ襟の間に突き出している。悲惨な歯並びのような感じさ。


 体同様、どの頭もただののっぺりした泥人形で、顔のパーツはただの模様。粗いポリゴンにテクスチャーを貼り付けてごまかす、大昔のゲームを思い出したよ。


「私を強制ログアウトさせるというのか、この世界から」


 胸から斜めに生えている頭が言った。その頭が話すと、絵同然の口まで動くから気味が悪い。もちろん口の中が開いているわけではない。口の形の画像が表面で動くだけだ。


「貴様、納期はどうなっている」

「余計なコストなんか払えるか。下請けを脅せ」

「そんなだからお前はダメなんだ」


 残り三つの頭が、それぞれ勝手なことをわめく。


「ああそうさ、アドミニストレータ。お前を倒し、この世界を運営支配から解放する」

「管理者の居ない世界など不幸になるだけだぞ、モーブ。お前は世界を混沌に落としたいのか」


「明日までに追加システムの仕様を固めろ」

「予算未達だ。年度末までに売上を立てろ」

「恥ずかしくないのか。お前は我が社のがんだ」


「うるさいわねえ、余計な頭は」


 うんざりしたように、マルグレーテが顔をしかめた。


「あれは多分、アルネ・サクヌッセンムを苦しめていた上層部の象徴だ」


 世界創造時、アルネを抑圧する存在がアルネの無意識から生まれた。アドミニストレータだ。それを倒すことで生前のトラウマを克服すること。そして世界を解放すること。それがアルネの目的となったのだ。


 ならばこそ、アルネの天敵がアドミニストレータに結晶化していても不思議ではない。だからこそ、本来の頭の上にのしかかるように生えているのだろう。メンタルを圧迫するかのように。


「部外者には黙っていてもらわねばのう……」


 ヴェーヌスが手を上げると、闇色の雲が飛ぶと、頭三つを包んだ。


「寝ずに働け、カス。そもそもお前は――」

「この請求書はなん――」

「よせっ! もごも――」


 包まれた頭は沈黙した。雲が消えてからも静かなまま。口をぱくぱくさせ目も動いてはいるが、声は聞こえない。


「これでちゃんと話せるね」


 レミリアもほっとした様子。やかましい外野に、げんなりしていたのだろう。


「ヘクトールの学園長が素晴らしい人で良かったわ」


 リーナ先生は溜息を漏らしている。


「あんな上司だったら、病んじゃうもの」

「管理者の居ない世界など不幸になるだけだぞ、モーブ。お前は世界を混沌に落としたいのか」


 アドミニストレータは、もう一度繰り返した。


「それはいい管理者だけの話だな、アドミニストレータ。お前はただの抑圧者だ。それに、この世界の住人をもっと信頼しろ。みんな自律的に秩序を生み出して生活できるさ」

「そんなはずはない」

「なら、お前に操られた世界はどうだ。ブレイズの悲劇を見ろ。お前の敷いたシナリオから抜け出せず、自我が崩壊して自滅したじゃないか。よりにもよって主人公が、だぞ」


 俺は声を張り上げた。


「ブレイズは哀れな社畜だよ。俺は前世で、メンタル崩壊して自滅していく仲間をたくさん見送った。アドミニストレータ、お前だって社畜のメタファーだろ。なら自分の行為が社畜仲間を圧迫して狂わせる茶番だと、気づきそうなもんじゃないか」

「私は管理者だ。社畜ではない」

「管理職だって社畜だろ。落下傘のオーナー企業でもない限り。どうなんだアドミニストレータ、主役自滅という反例が目の前にあるというのに、お前の戯言ざれごとを信じろというのか」

「ふん。モーブ、お前こそアルネの操り人形ではないか。人形のくせに管理者に反逆するなど、言語道断」

「どうやら、永遠にわかりあえないようだな」


 俺は、ほっと息を吐いた。


「アドミニストレータ、お前は社畜の風上にも置けないカスだ。俺の昔の同僚やアルネ他、業務に潰され死んでいった社畜仲間全てを代表して、俺がお前に譴責けんせき処分を下してやるよ。今日を限りに懲戒解雇だ」

「ふん」


 アドミニストレータはせせら笑った。声こそ聞こえないが、残りみっつの頭も大きく口を開け、哄笑しているようだ。


「ここは私が管理するワールドマネジメントルーム、世界管理統制業務室だ。魔法だろうが物理攻撃だろうが、通じるわけがないではないか。モーブお前、それでもここ最終地点まで到着した突破者か。想像力に欠けるぞ」

「それはどうかな……」


 俺が手を振ると、レミリアの毒矢が飛んだ。マルグレーテの攻撃魔法も。だが魔法も毒矢も、野郎の体の寸前で、掻き消えるようにして消失した。後に小さな十二芒星の魔法陣が生じ、すぐに消える。


「ほらな」


 アドミニストレータは肩をすくめてみせた。


「無駄なことよ。……では、こちらの番だな」


 手を後ろに回すと、机上の空間を、エンターキーを叩くかのように操作する。――と、アドミニストレータのすぐ前に、垂直に立ち上がる幻の壁が浮かんだ。床から天井まで届くほどの。透明で赤く輝き、表面に例の魔法陣が回転している。


「今度こそ、厄介なバグは潰す。消えてもらおうか、モーブよ」


 もう一度キー操作すると、その壁はゆっくり進み出した。俺達に向かい。

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