12-6 遙かなるアドミニストレータ

 俺達は玉座の間を後にした。


 捕虜のはずの俺達が縛られもせず魔王の娘と自由に歩いているのに、行き交う魔族は気にもしていないようだ。行きとは違って、女をじろじろ見てくることもない。どういう仕組みなのかはわからないが、魔王から瞬時に命令が伝わったんじゃないかと思うわ。


「なあヴェーヌス」

「なんだモーブ」


 擦れ違う魔族に恥じることもなくヴェーヌスは、胸を張って歩いている。


「その……お前……妊娠したのか」


 つい小声になる。


「ああ。間違いない」

「でも、お前としたのは昨日だけだぞ。なのに翌朝にはわかるってのか」

「ふふっ」


 思わず――といった様子で笑うと、ヴェーヌスは立ち止まった。


「わかるわい。あたしは魔王の娘だぞ」


 俺を見つめる。向き合った俺達を、仲間が見ている。


「えーと……」


 なんというか父親になる心構えが、まだできていない。ランやマルグレーテとは数え切れないほど関係を持ったので、いずれ俺の子を産むとはわかっていた。リーナ先生や獣人アヴァロンも。それは「誰が早いか」確率の問題であって、なんとなく遠い未来のことという感覚があった。


 なのに、よりにもよって最後に嫁にしたヴェーヌスとのハネムーンベイビーか……。


「その……いつ産まれるんだ」


 人間なら妊娠期間は十月十日。だがヴェーヌスは魔族だ。


「気になるのか」

「そりゃあな。俺の子だぞ」

「がっかりさせて悪いが、この子を……」


 ヴェーヌスは、腹を撫でてみせた。


「この子を、お前の生きているうちに見せてやることはできん」

「どうしてだよ」

「生まれてくるのは、お前が老衰で死んだ後だ。……あたしは魔族だからな」

「そうか……」


 妊娠期間が長いんだな。


「でも俺やラン、マルグレーテは、長寿草を食べて延命を受けている。普通の人間よりは長生きだぞ」

「どのくらい寿命が延びた。十倍あるか」

「それは……わからん」


 感覚的には最低でも倍になったと思うが。それくらい、体の動きは良くなったから。でもまあ……十倍はどうかなあ……。ない気はする。そう言ったってことは、十倍程度の長寿じゃないと子供の顔を拝めないってことだろうし。


「ならまあ、せいぜいお前の長寿を願っておこう」


 ヴェーヌスは優しい瞳になった。


「子供の育て方を俺は決められないって魔王が言ったのは、では、生まれたときには俺がこの世にいないからか」

「そういうことだ」


 慰めるかのように、そっと俺の手を取った。


「子供のことはあまり気にするな、婿殿。考えても、どうしようもない。お前が腕に抱ける赤子は、ランやマルグレーテが産むであろう。そちらを存分に愛してやればよい。だから……その……」


 ぎゅっと、強く握ってくる。寝台での最後のときのように。


「その……あたしの子のことは気にせず、寝台でかわいがってくれ。……娘が腹の中で嫉妬するほどに」

「娘……って」


 性別までわかるのかと尋ねると、当たり前であろうと笑われた。


「もう話は終わったの。そろそろ行きましょう」


 呆れたように、マルグレーテが俺を見上げた。


「やっぱり魔王城はなんだか怖いし。早く出たいわ」

「おめでとう、ヴェーヌスちゃん」


 ランは楽しそうだ。


「先越されちゃったねー、マルグレーテちゃん」

「まあいいわ」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「先に産むのはわたくしかランちゃんだし」

「あら、私かもしれませんよ」


 巫女服の袖で口を隠すと、アヴァロンはくすくすと笑っている。


「そのあたりはまあ……運だわね」


 リーナ先生の瞳は、しっとりと濡れている。


「楽しみだわ」

「もう……。みんな、いちゃつきすぎだよ」


 これ見よがしに、レミリアが溜息をついてみせた。


「馬車の中でランチ休憩にしよ。お腹減ったよ」


 いやあの魔王のオーラを受けて曲がりなりにも戦いまで進んだのに、よく腹なんか減るな。エルフ謹製「鉄の胃袋」、感心するわ。


「わかったわかった。さあ行くぞ、みんな」


 足早に入り口のホールまで戻る。ヴェーヌスの姿を認めると、門番の魔族が頭を下げる。悲鳴のような軋り音を響かせて、扉が開く。俺達が外に出ると――。


「モーブ、あれ……」


 ランが俺の袖を引いた。


「ああ……」


 魔王城は、山の上に建つ。山を下るくねくね道のはるか先に、ひと筋の輝きが見えている。ちょうどレーザー照射のように、真っ赤な光が地面から天空まで、まっすぐに伸びている。天から伸びているのか、逆に地面から立ち上っているのかはわからない。もちろん、往きには無かったものだ。


「あれって……」

「アドミニストレータの居場所を示す、マーカーライトだろう」

「……」


 黙ったまま、俺達は光を見つめていた。俺たちの旅、その最終目的地を。



●次話から新章「13」(仮題)に入ります。

いよいよ最終目的地へと近づいたモーブ一行。だがアドミニストレータは、モーブの前にさらなる罠を用意していた。誰もが想像だにできない、悪逆な罠を……。

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