12-5 裏ボス最後のレアドロップ「死中活の指輪」

「そもそもモーブ、お前はアドミニストレータの居場所を知っておるのか」


 最大のポイントに、魔王が踏み込んできた。


「魔王。俺が聞いているのは、アルネ・サクヌッセンム同様、次元の狭間に隠れているということだ。アルネが言うには、アーティファクトさえ集めれば、アドミニストレータの本拠地に踏み込めると」

「そうだ。だがアルネ・サクヌッセンムと大きく異なる点がある。アルネ・サクヌッセンムは自らの存在を隠蔽するため、この世界との通路をたったひとつに絞り、なおかつその入り口を転々とさせている」


 それは知っている。巫女カエデに聞いていたしな。その入り口が今は「不死の山」にあると教えてもらったし。


「そうしないと、アドミニストレータに攻め込まれて存在を抹消されるリスクがあるからだ。それに対し……」


 つまらなそうな顔のまま、足を組み替えた。


「それに対しアドミニストレータの隠棲場所には、この世界のどこからでもアクセスできる。なぜならあいつは、世界のあらゆる場所を管理する必要があるからだ。ちょこちょこ出てくるためにな」

「なるほど」


 実際、あちこちに顔を出すあのクソ野郎に、俺も何度も襲われてるしなー。


「だから、アクセスするためのキーさえ入手できれば、侵入は容易だ」


 俺をじっと見つめた。


「モーブ、お前と仲間はすでに六つの品を装備しておるな。……特別なアーティファクトを」

「はあ、まあ……」


 六つ……ってことは、裏ボス七種のレアドロップのことだな。俺の手元にもう六種揃っている。


「私があとひとつ、アーティファクトを提供しよう。お前をアドミニストレータの元に導く、七つめの品。そう『最後の鍵』を……」


 玉座の前の空間が歪んだ。陽炎かげろうのように。……と、なにかが輝く物体が現れた。小さな……指輪が。


「ヴェーヌス。お前がしておる指輪、モーブからの贈答物だな」

「はい父上、『アイギスの盾』です」

「ふん……」


 指を見せてきた娘を、じっと見ている。


「大事にせよ」

「はい」

「父からはこれを贈る」


 浮かんだ指輪がすうっと移動すると、ヴェーヌスの手のひらに落ちた。


「これは……」

「『死中活の指輪』。危険だがその分、効果の大きなアーティファクトだ」

「危険とは」

「それを装備して戦いダメージを受けると、同じだけのダメージが敵に与えられる。言ってみれば鏡のようなもの」

「恐ろしいアーティファクトですね、父上」

「この指輪による攻撃反射の恐ろしいところは、防御不能という点だ。相手のVITやDEF、防具や魔法による防御効果などを無視して、与えられたダメージと正確に同じ量を、相手に与え返す」


 そりゃヤバいわ。いや俺もこのアイテムの情報は知っていた。裏ボス七種のレアドロップだからな。攻略ウィキを見ては、入手したいものだと憧れていたわけで。もちろん入手など夢のまた夢だけどな。ひいひい言いながら裏ボスを倒した上で、ドロップ率は七種合計で一パーセント。つまりひとつにつき、わずか〇・一四パーセントとかだからな、なにしろ。


「そしてこれは、装備者にとっても恐ろしい。……なにしろ、自分がダメージを受けなくては、相手に反射できない」

「だけど魔王、そいつを装備していようがいまいが、ダメージは受ける。敵に反射できるだけ、得する装備じゃないか」

「ふん……。この程度の洞察力しかない男が、私の孫の父親になるとは……」


 これ見よがしに溜息をついてやがる。


「モーブ。自分が受けたダメージを、相手に返せるのよ。硬い敵を相手にしたときとか、わざと自分からダメージをもらいにいくっていう戦略が考えられるじゃない」


 マルグレーテが口を挟んできた。


「あえて防具を外したり、わざと急所を敵に晒したり……。文字通り、自分の苦痛と命を戦いの神に捧げるという」

「そういやそうか……」


 だから「死中に活あり」の指輪ってことか。邪悪なアーティファクトだわ。


「魔王あんた、こんな危険なアーティファクトを娘に渡して平気なのか。親だろ」

「ふん……」


 俺を睨んだ。


「ならばお前が装備せよ、モーブ。私はそれでも構わんぞ」

「ああ、そうする。よこせ、ヴェーヌス」

「いや……これはあたしが使う」


 拒まれた。


「父上からの贈り物だし。それに原理的にも、お前より向いている。あたしのほうが、お前よりHPが高いしのう……」


 きゅっと手を握ってきた。


「だがありがとう。あたしの身を思ってくれたんだな」

「みんなを守ると、俺は決めている」

「モーブ……」


 俺を見つめる赤い瞳が、潤んだ。


「止めよ。父の前で乳繰り合うなど」


 魔王は立ち上がった。


「まあ……今の言葉で、娘を託してもいいかと諦めがついた」


 窓際に立つ。


「出て行け。私の気が変わり、お前ら全員を地獄に叩き落す前に」

「父上、ありがとうございます」


 魔王の背中に、ヴェーヌスは深々と頭を下げた。


「なあ魔王、七種のアイテムが揃ったことで、アドミニストレータの居場所がわかるんだな」

「そうだ。奴が管理する次元の狭間は、ここ魔王城の近くにもある。城を出ればすぐ、その意味がわかるであろう」

「魔王。あと、もうひとつ教えてくれ」

「なんだ。娘を奪われ、お前を殺したいほど憎んでいる。聞きたいことがあるなら、とっとと済ませろ」


 いらいらした声。単刀直入に、俺は斬り込んだ。


「秘名を教えられたことで、俺とヴェーヌスには殺し合いの宿命が生まれた。その解除のためには魔王、お前と会うことが必要だと、ヴェーヌスは教えてくれた」


 魔王は振り返った。冷たい瞳で、俺を睨んでくる。


「宿命は解除されたんだな」

「そこまで私に言わせるのか、娘を寝取られた父親に……」


 不満げに眉を寄せると、溜息をついた。


「我が娘をお前が娶り、正式に魔王の後継者となったからだ。魔族を統べる統括に。……婿に秘名を与えかしづくのは、嫁なら当然。私に後継者として承認されたのだ。殺し合いもくそもない。魔王が婚姻する度に連れ合いと殺し合うわけがないではないか」

「ちょっ待てよ」


 思わず声が出た。


「魔王になる気なんかない。俺はただの遊び人、流れ者として、嫁と一緒に楽しくやりたいだけだっての。底辺社畜だぞ。できの悪い部下を何百人何千人と抱えて社長に担ぎ上げられるなんて、やなこった。俺はなあ……自分の度量で、納得できる仕事に没頭したいだけだわ」

「なにを言っておるかわからんな」


 鼻で笑われた。


「それに嫌なら、お前に後継など頼まん。そもそも私の寿命は永遠に近いし、双方が納得するなら代替わりの時期など自在だ」

「良かった……」


 思わず本音が漏れた。人間の王だろうと魔王だろうと、そんな肩書を背負うなんて、ご免こうむる。


「だがヴェーヌスが孕んでおる私の孫には、後継させる。四分の一とはいえ、私の血を引いておるし。そこに反対はさせん」

「なんでだよ。自分の子供の育て方は、俺が決めるさ」

「気の毒だが、それができるとは思えんな」


 複雑な笑みを浮かべた。嬉しいような、哀しいような。


「なぜできないと思う」

「お前が人間だからだ。……いずれわかる」


 それきり、もうなにも言ってくれなかった。俺がどう尋ねても。




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