12-4 アドミニストレータと魔王の離反を狙う

「こちらには魔王の影がいる。お前も羽持ちも、ついでにその大笑いなコント集団も、全員地獄に送ってやろう」

「抜かせ、アドミニストレータ。てめえはいっつも大口叩くだけ。ここでも俺に敗北して、負け犬捨て台詞を遺して涙目逃走確定だ。覚悟しやがれ」

「ふん。威勢だけはいいイレギュラーだ」

「あなたなんかに、わたくしのモーブが負けるわけない。わたくしだって全力で戦うもの」

「私もモーブを支えるよ。お嫁さんだからねっ」

「あたしも同じ。あーでもあたし、お嫁さんじゃないから。そこんとこ誤解しないでよね」

「アドミニストレータ、あなたとは、ヘクトール卒業ダンジョン以来の戦いね。あのときもモーブくんが勝った。今回も同じよ」

「アドミニストレータとやら、こうして会うのは初めてだのう。……まあわしは思念体、幽体じゃが。今日はお主の戦い方をじっくり覚えておこう」

「ふん、にぎやかなことだ。……それに最後、姿が見えないじじいまでいるようだし」


 アドミニストレータの瞳が、メガネの奥で輝いた。


「幽体では戦闘に参加できまいに。どういう理由があるのかわからんが、仲間とモーブが死ぬところを、いくらでも観察していろ。……おい魔王、頼むぞ」

「……」


 魔王……というか魔王の影は、輝く瞳で、俺をじっと見つめた。


「モーブとやら、なぜここに来た」


 とりあえず口調からは怒りや攻撃性は感じない。いやもちろん、そんなんで喜べる相手じゃあないが。なんせ今回「影」とはいえ、本体はラスボスだからな。


「お前の願いはなんだ」

「知れたことよ。てめえら寄生虫を、村から叩き出すことさ」

「ふむ……」


 ゆらゆら揺れる輪郭で、影はしばらく黙っていた。表情もくそもないから、感情は読み取れない。


「アルネ・サクヌッセンムとは無関係なのか」

「そんなおっさん、どうでもいいわ」

「父上」


 隅の謎機械の上に、ぼんやりと映像が立ち上がった。上半身のバストアップで半透明。いつぞや迷いの森古代の祈祷処で見た、例の女だ。


「こやつです。例の祈祷処を起動させた男です」

「なに!?」


 影は、自分の娘のほうを振り返りもしない。じっと俺を見つめ続ける。


「今また、そちらのアラートが鳴りました。覗いてみれば、案の定です」

「お前がマーカーを撃ち込んだ相手か」

「ええ、父上。……お前、モーブと言うんだな。あのときはわからなかったが、ようやく名前を知れたぞ。これでお前を殺す手立てが増えた」


 映像の女が、残忍な笑顔を浮かべた。俺を殺したくて仕方ないらしい。……と、急に頭が痛くなってきた。額がかっかするし、気分が悪い。多分俺、高熱を発している。


 この間、ちょうどここ坑道最深部で出た症状と、全く同じ。あのときもヴェーヌスの幻影がここに現れていた。……てことは、それと関係があるはず。


 最初に迷いの森でヴェーヌスに会ったときは、こんなことはなかった。魔王の話を信じるなら、こいつはあのとき俺に追跡マーカーだかなんだかを撃ったらしい。どうやらそのマーカーが俺の体調に悪さをしているのに違いない。おそらく一種、呪いの類だろうし。


「そう尖るな、ヴェーヌス」


 こちらの状態を悟られないよう、俺は平静を装った。これから中ボス戦だ。敵に弱みを見せるわけにはいかない。自分に言い聞かせた。戦いが終わったら、ランとリーナさんに癒やしてもらえばいい。それまでは死んでも戦えと。


「前も言ったと思うが、俺はお前の敵じゃない。戦う気なんか、さらさらない。俺達に構うな」

「ヴェーヌスだと……」


 魔王の瞳が、すっと細くなった。


「ヴェーヌス、そちらの名前をこいつらに与えたのか」

「は、はい父上。その……」


 気のせいか、ヴェーヌスの表情に焦りが見えた。


「どうせこいつは私が殺す身。ならばそれでいいかと。それに……ちゃんとカーミラのほうも与えてあります」

「軽率なことを……。ヴェーヌスはお前の秘名ではないか。これでもう、お前とこの男は、運命の流れが絡んだぞ」

「殺してカルマを解きます。いずれにしろ……申し訳ありません」

「魔王よ。前に教えただろ」


 アドミニストレータは、首を傾げてみせた。


「このモーブこそが、魔王を倒す『もうひとつの可能性』だ。心せよ」

「なにっ!」


 急に、魔王の声が鋭くなった。


「異世界から来たとかいう、謎の男なのか」

「ああそうだ」

「ならば倒さねばならんのう。……ヴェーヌスの名前も知られたし、ここで殺すしかないか」

「父上」


 ヴェーヌスは映像の体を乗り出した。


「そやつはあたしの獲物です。どうかこの場での処刑だけは――」

「黙れヴェーヌス」


 初めて、魔王の影はヴェーヌスを振り返った。


「いつからこの父に意見できる女になった」

「それは……」


 父親に叱責され、ヴェーヌスが黙りこくる。魔王の影は、ゆっくり俺に視線を戻した。


「さて……」


 魔王の体から、闇色のオーラが立ち上る。凄い圧力を感じる。


「待てよ魔王。話を聞いてくれ」


 剣を鞘に収めると、俺は手を突き出した。こいつは影とは言え、本物の魔王が背後にいる。闇を統べる存在だけに分別もあるし、度量もあるはず。それに力は圧倒的。わざわざ奇襲を掛けなくとも勝てると判断しているだろうから、話は聞いてくれるはず。――俺は、その可能性に懸けていた。


「もうひとつの可能性なんて、アドミニストレータの嘘八百だ」


 俺は例の作戦に出た。昨日の夜中、中ボス戦略を寝台で検討していたときの。


「俺は魔王なんかどうでもいい。あんたを倒そうと動いてるのは、人間の兵と、勇者パーティーだけだ。俺は戦いは好かん。ただ単に、仲間と遊んでいたいだけよ」


 アドミニストレータに邪魔されないよう、早口で続ける。


「もっと言えば、俺はアドミニストレータだってどうでもいい。俺の存在をほっておいてほしいだけだ。なのにそこのアドミン野郎がよ、なにかにつけ俺にちょっかいを出してくる。なら戦うしかないだろ。戦う相手はあんたじゃない。身を引け、魔王」

「どういうことだ、アドミニストレータ」


 魔王が、アドミニストレータを横目で睨んだ。


「話が違うじゃないか」

「モーブのはったりだ」


 アドミニストレータは、またメガネの位置を直してみせた。


「どうしたモーブ。苦しそうだな」


 じっと、見透かすように俺を見つめる。


「てめえがキモいからだわ、カス」


 わざと荒々しく煽ってごまかす。ここに立つ俺が、熱と頭痛でふらふらだとは悟られたくない。なんせこれからボス戦だ。


「ふん、下品な奴だ」


 鼻を鳴らすと、アドミニストレータは続けた。


「なあ魔王。そもそも、モーブがここに来たのはなんのためだ。自分でも言っていただろ。村に巣食う魔物を叩き潰すためと。……つまりあんたを倒すために現れた。それが何よりの証拠じゃないか。騙されるな」




●魔王の影を説得するアドミニストレータ。一方モーブは世界の謎についての考察を、アドミニストレータに叩きつける。アドミニストレータの反応から、真実を掴むために……。

次話「世界の謎」、明後日公開!

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