12-5 世界の謎、大いに動く

「そもそも、モーブがここに来たのはなんのためだ」


 アドミニストレータが魔王に問いかけた。


「自分でも言っていただろ。村に巣食う魔物を叩き潰すためと。……つまりあんたを倒すために現れた。それが何よりの証拠じゃないか。騙されるな」

「それは……たしかに」

「待て魔王」


 頭を振って、頭痛を飛ばした。歯を食いしばって続ける。


「あんたはただ、村から消えてくれればいいんだ。そもそもこの村に用があるのはアドミニストレータだけのはず。地脈を探って、アルネ・サクヌッセンムの痕跡から情報を抜くかなんか、そういう話なんだろ」

「ふん。どうしてそう思う、モーブ」


 アドミニストレータに睨まれた。


「俺だって馬鹿じゃない。いろいろ聞こえてくるからな」


 魔族から聞いた話、じいさんの話、それにリーナさんの話やなんやかやな。そこから導き出した推理を、ぶつけることにした。うまくいけば、野郎の反応がわかるからな。それで推理の妥当性が判断できる。


 この際、熱がどうとかとか頭がとか、どうでもいい。体調最悪だが我慢して、可能な限り情報を引き出したい。ボス戦時はこの体調が問題になるだろうが、それはそのとき悩むわ。


「アドミン、俺がこの世界に登場して、あんたは焦ったんだ。これまでのイレギュラーと、なにからなにまで違っていたから。これまでのイレギュラーは、ゲームが始まる以前の、『過去』にしか登場してこなかった」

「ゲームって……」


 ランの呟きが聞こえたが、無視した。説明は後だ。今はせっかく、戦闘力に欠けるアドミニストレータを前にしている。情報をぶつける最大のチャンスだから。


「俺だけが違っていた。俺だけは、ゲーム開始時点に転生したからな。言い換えれば、俺が登場したことでゲームは動き出したんだ」


 リーナさんがもたらした情報では、過去にイレギュラーや羽持ちが何人もいた。だがなぜか彼らは、「ゲームプレイの前」にしか転生しなかった。言ってみれば前日譚。俺はそれが不思議だった。そこから導き出した推理だ。


「俺だけがゲームを開始できたのは、俺がアルネ・サクヌッセンムと表裏一体をなす、特別な存在だったからだ」


 意味はわからん。ただじいさんが過去にアルネに会ったとき、「いずれそういう存在がこの世界に現れる」と予言されたそうだ。じいさんは、それが俺だと思っている。とにかくこれは、そこから俺が導き出した仮説だ。


「フィクションとしては面白い」


 アドミニストレータは、微かに笑った。


「本来勇者パーティーに入るはずのマルグレーテやランを仲間に加え、俺はブレイズ主役の物語を逸脱させた。そんな俺をあんたは最大のバグと認識、その排除を始めた。ここはバグゲー世界。あんたは原作ゲームでも、バグ潰しにやっきになっていただろ」

「まあいい推理だとだけ言っておこう。大事なところを勘違いしているようだが」

「バグってなにさ。沼地の毒虫モンスターのこと?」


 レミリアも戸惑っているが、先に進める。


「ヘクトール卒業試験用に新たなダンジョンを作り、俺を罠に嵌めたが負けた。次にあんたは、マルグレーテの弱体化や俺との別離を狙い、過去の改変に取り掛かった。俺が登場した時空よりはるか昔、マルグレーテが生まれる前の時空に手を加え、エリク家没落を仕掛けた」


 ここ、不思議だったんだよな。俺が転生した後から対策を始めたはずなのに、なぜ何十年も過去をいじることができたのか。だが「運営は過去も改変可能」と仮定すれば、パズル全てのピースがぴったり嵌る。


「ほう。だがモーブ、私が過去に手を加えられるなら、なぜいの一番にお前を殺さない。お前が『はじまりの村』に転生した瞬間、右も左もわからないお前に、後ろから襲いかかればいい」

「運営とはいえ、ゲーム時空を全てコントロールできるわけではないからだ。好き勝手にイベントを作れるなら、それこそ俺の歩く道の一歩先に死の落とし穴でも設置すれば済む。マルグレーテやランだって直接殺せばいい。それをしないのは、不可能だから。運営といえども、ゲームを隅から隅まで自由にできるわけではない」


 知らんが、それしか推理しようがない。おそらく正しいと、俺は信じていた。アルネとアドミンは、ゲームの登場人物を操り、世界の運命を巡るチェスをしている。直接殺し合わないのは、この手の制限があるからに決まってる。おまけにこのチェスは難しい。駒は指し手の計算を知らず、自分の意志で動き回るからな。


「ことごとく失敗したあんたは、この地に目をつけた。それがちょうど一年前。エリク家領地で失敗した直後のことだ。時間的にも整合性が取れる」

「なぜ私がここに目をつけたと思う」


 どうやらアドミニストレータは、俺の理解の度合いを確かめたいようだ。ということは、ここまでの推理は、大筋では合っているのに違いない。俺はこの先、あえてアドミンの誘いに乗る。さらなる「答え合わせ」をしたいからな。めったにないチャンスだ。


「それはここが、世界開闢せかいかいびゃくの特別な場所だからだ。この地から、このゲーム時空が生まれた。まだ魔族も人間もモンスターもいないとき、世界の混沌がこの地に集まって魔王が生まれた。世界と同時に」


 このあたり、ホブゴブリンのハンプとダンプをおだて上げて聞き出した話だ。ハンプはヴェーヌスの要塞で働いていた。そのとき知ったって事だったわ。


「アドミニストレータ、あんたが魔王を作り出したんだろ。ゲームメイクのために。だから魔王に貸しがある。おまけに娘を殺すと脅し、あんたに協力させた」

「父上!」


 ヴェーヌスの幻影が、叫び声を上げた。


「それはまことですか。アドミニストレータがあたしの命を盾に、父上に協力させたなどと。それならモーブはあたしの敵でも父上の敵でもなく、むしろ――」

「黙れヴェーヌス」


 魔王の影が一喝した。


「父の判断に異論を挟むでない。お前が一人前になるまでは、それは許さん」

「は、はい……」


 まだなにか言いたげだったが、ヴェーヌスは口を閉じた。映像のまま、こちらの動向から瞳だけは離さない。


「聞けよアドミン。ヘクトール、エリク家と、あんたは俺やラン、マルグレーテに二度も負けた。焦ったあんたは、ここでアルネ・サクヌッセンムの思念と接触し、俺の正体と強さについて、データを吸い出そうとした。あんたは直接アルネに接触できないんだろ。だから魔王を巻き込み、まず魔族に大きく穴を開けさせてから、村人に最後の掘削をさせた。魔族でさえ、『時の琥珀』には手を出せないから」

「ふむ……」


 額に手をやると、瞳を閉じてアドミニストレータは唸った。


「どうやら……私は見くびりすぎていたようだ。モーブ……お前はたしかに、アルネの奴が『最強の駒』扱いするだけのことはある。よくぞ情報を集めた。どうしてゲーム開始時空に転生できたのかは知らんが、そこにもなにか、秘密があるのだろう。この世界のあり方を変えうる可能性という」


 それこそがアルネ・サクヌッセンムの願いだからなと、アドミニストレータは付け加えた。


「だが、そこまでバラされたなら、もう私も遠慮する意味がない。魔王にもいろいろ知られたしな」


 ほっと息を吐いた。


「おい魔王。なにがなんでも協力してもらうぞ。お前にはとてつもない貸しがあるし、娘がかわいいだろ。なにしろお前と人間の――」

「黙れ!」


 初めて、魔王が大声を上げた。凄い迫力。まさにラスボス級。これで「影」だからな。本物と対峙したら、オーラだけで全員殺されてしまいそうだ。


「そう怒鳴るな」


 アドミニストレータは苦笑いを浮かべた。


「モーブを倒せ」


 言い終えた瞬間、ボス部屋の周囲に、ぼっと炎が灯った。壁際全ての地面から、紅蓮ぐれんの炎が。中ボス戦フィールド。これが立ち上がったからには、もう逃げることはできない。俺達か連中か、どちらかが倒れるまで、戦いは続く。


 もう突き進むしかない。頭痛と高熱に責め苛まれているというのに。アドミニストレータとラスボス魔王の影を相手に。


 気を引き締めると、冥王の剣を抜いた。

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