12-3 ボス部屋の扉が開く。俺を誘うように

「妙に静かだな……」


 地下の坑道を最深部に向け進んでいる。リーナさんのトーチ魔法で、足元は明るい。だが、凸凹の岩壁からも地面からも、深夜の気配が漂っている。


「それに奇妙だわ」


 ひそひそと、マルグレーテが呟く。


「順調すぎる」


 たしかに。


 魔族宿舎が襲われたのはわかったはずなのに、なんの罠もない。リーナさんと居眠りじいさん幽体が罠をサーチしてくれているが、なにも引っかかってこない。奇妙な話だった。


「ボスも寝てるんっしょ」


 能天気に、レミリアが言い放つ。


「魔王だって寝るに違いないもん。そのアドミニストレータとかいうボスだって、人型モンスターなんだから、基本は変わらないはずだよ。ウィルオーウィスプとかの精霊系モンスターってわけじゃないからね」

「でも、魔導通信で一報が入ってるからね。……モーブくん、そこ気をつけてね。地面から岩が出っ張ってる」


 リーナさんが、俺の袖を引いてくれた。


「ありがとうございます」

「きっと、戦闘の準備してるんだよ。油断したら危ないよ、モーブ」

「ランの言う通りじゃろう」


 じいさんの声が響いた。幽体なので、もちろん姿はない。


「魔王の影であるから中ボスとはいえ、相手はラスボス級と思っておったほうがいいぞい」

「わかってます」


 一歩一歩、念のため罠を確かめながら進む。だからどえらく時間が掛かった。神経も張っているから、坑道最深部に着いた頃にはメンバーは皆、疲弊していた。


「とうとうここまで来たか……」


 すぐ先に、ボス部屋の入り口が見えている。扉を堅く閉ざして。


「どうするモーブくん。私のスキルで無理やり解錠しようか」


 リーナさんが俺を振り返った。


 敵はもうこちらの襲撃に気がついている。だからホブゴブリンを使っての騙しは無意味。むしろ道中から罠との激しい戦闘になると思っていたから、このパターンは考えていなかった。


「敵は籠城するつもりなのかな」


 ランが俺を見上げた。相手が籠城戦の構えだと、なにかと面倒そうだ。


「やっぱ寝てるんじゃん。夜中だし、あたしも眠いよ。……ふわーあ」


 大口開けてあくびすると、またのどちんこ見えるぞ、レミリア。


「ゼニス先生、扉に罠を感じますか」

「いや、まっさらじゃ。だが、こじ開けられるかのう」

「わたくしが、対地魔法でやってみましょうか」

「そうだなマルグレーテ。リーナさんの解錠が利かなかったら頼むよ――って!」


 驚いた。扉が開いたからだ。音もなく。


 まばゆいばかりの輝きが漏れている。広い部屋が見えてはいるが、見える範囲に人影はない。やはりというか、穴蔵の岩壁ではなく、きちんと水平垂直の取られた部屋だ。床はつるつる、壁は彫刻のように模様が刻まれ、見事な造作だ。


「ふむ。入ってこいということじゃな。こっちを舐め切っておるわい」

「やっぱそうですかね」

「おうよ。坑道途中に罠を張れば、恐ろしさにわしらが逃げ出すやもと思ったのであろう。それでは後日に問題が残る。生き残ればまた来れるからな。ならむしろここに誘い込んで一挙に殺せば後顧の憂いなし――ということじゃろう」

「なるほど」


 理にかなってる。エロじじいとはいえ、さすが大戦の英雄だけある。推理が冴えてるわ。


「で、どうする、モーブ」

「はい、ゼニス先生。どうせもう戦端は開けた。おまけにボスには襲撃がバレている。進みます」

「それがええわい。皆の者、敵の出方は不明じゃ。念のため、戦闘を脳内でシミュレートしておけ」

「先生それ、俺の台詞」

「おお、すまんかった。ほっほっ」

「よし行くぞ。俺に続け」


 冥王の剣を抜剣すると、室内に踏み込んだ。


 眩しさに一瞬だけ目が眩んだが、すぐに馴染んだ。


「これはこれは……」


 ボス二体は、部屋の奥に立っていた。身構えてはいない。力を抜いて、「佇む」という単語そのままといった風。どちらも俺と同じくらいの背格好だ。


 どっちがどちらかは、すぐわかった。


 眩しい灯りにも姿が妙に黒く抜け、輪郭が煙のように揺らいでいる奴が、「魔王の影」だろう。いかにも「影」って感じだし。顔も黒い闇に抜け、瞳だけが熔岩のように真紅に、ぎらぎらと輝いて見えている。


 もう一体は、見た感じ普通の人間。白衣姿のくたびれたおっさん。人間だったら、四十になったかどうかくらい。すでに頭髪が薄くなっており、白髪が多少混じっている。メガネの奥に、細い瞳が見えた。こいつが「今回の」アドミニストレータだろう。


「大方村人が食い詰めた流れ者でも雇ったのだと思っていたが、まさかの『イレギュラー』か。……わざわざ自分から殺されにくるとは、ご苦労なことだ……」


 メガネをくいっと直した。


「モーブよ、私がこの姿で助かったと思っているのだろう。たしかにこれは作業用の素体であって、イレギュラー排除用の中ボス素体ではない。まさかお前が飛び込んでくるなんて、思ってもみなかったからな」


 両手を広げてみせた。


「だが、こちらには魔王の影がいる。お前も羽持ちも、ついでにその大笑いなコント集団も、全員地獄に送ってやろう」



●モーブの前に現れたボス二体。ダブルボス戦を前に、モーブはボス間離反を狙い、仕掛けを施す……。

次話「アドミニストレータと魔王の影」、おたのしみにー。


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