12-2 世界線分岐と運命の神

「おい、起きろ」


 頭を何度か蹴っ飛ばすと、ホブゴブリン、ハンプとダンプはようやく目を開いた。魔族宿舎一階に戻り、リーナ先生にトーチ魔法で部屋を照らしてもらったところだ。


「なんだ奴隷。もう飯の時間か」

「てか外はまだ真っ暗じゃねえか。夜食の差し入れでもあるんか」


 床から体を起こすと、ダンプが見回した。


「あれ、トロールがいねえ。……小便かな」

「てかお前ら、その格好はなんだ。戦装束いくさしょうぞくじゃねえか」


 さすがにハンプのが多少は頭がいいな。


「仲間は全員倒した。残ったのはお前らだけだ」

「はあ? なんの寝言だ」


 鼻で笑ってやがる。


「わたくしが、地獄にお送り差し上げましょう」


 マルグレーテが手のひらを上に向けると、ぽっと炎が灯った。


「ファイアボール、レベル十でいかが」

「おいおいおいおい」


 ハンプが手を振った。


「物騒なこと言うな」

「話が聞きたい」

「な、なんだ。……なんでも教えてやる」

「そ、そうだ。村の娘でいちばんかわいいのは――」

「そんなことどうでもいい。地下のボスについて教えろ」

「ボス? ……まさかお前ら」

「お前らのボスは魔王の影。一緒にいる野郎は、アドミニストレータ。他には地下に誰もいない。……間違いないな」

「ど、どうしてボスの名を」

「ま、魔道士から聞き出したのか」

「ああ、ぺらぺらしゃべったぜ。拷問されてな」

「早く殺してくれって泣いてすがってたよね、モーブ」

「ひいーっ」


 がくがく震えてやがる。レミリア、ナイスフォローだ。


「もう魔道士が吐いた。今さら隠す必要はない。話せ」


 この程度の嘘でも、こいつらの頭なら通じるわ。本当に聞き出してたんならこいつらに尋ねる必要はないんだが、そこすら思いつかないからな。


「ボスは影様だ。間違いない」

「それにあのいけすかない野郎はたしかに、アドミなんとかとか、ボスが言ってた」

「よし。ボス部屋について教えろ」

「な、なにを」

「広さとか罠とか、特殊効果があるかとか、そんなんだ」

「扉に鍵があるかとかもね」

「わ、わかった」


 先を争うようにして、ふたりは話し始めた。なんせ頭が悪いのでところどころ要領を得なかったがな。


 なんとかまとめると、話はこうだった。


 ボス部屋は広く、知る限り罠はない。魔力で作り出された美しい調度品が並び、魔王王宮の貴賓客室のよう。唯一無骨なのは外部と通信するための魔導装置だという。


「そこであの娘と連絡を取り合っていたのね」

「そういうことだな、マルグレーテ」


 魔王の影は、一体。やはり魔王の分身だが、さらに分裂するなどはできない。影自体には意志などなく、魔王に遠隔で操作されている。


 影は魔王ならではの煉獄系魔法を駆使して戦うが、威力自体は魔王本体に遥かに劣る。倒しても魔王本体にはなんのダメージもない。影自体、使い捨てのようなものなので、魔王は平気で捨て身の攻撃をさせてくる。別に影などいくら死んでも構わないから。


「要するに操り人形ね」

「自分の防御を無視して攻撃してくる可能性があるね。それは厄介かも」

「そうだなラン」


 こっちはそういうわけにはいかないからな。まして相手は中ボスクラスだし。


「アドミニストレータについて教えろ」

「よ、よく知らねえ。何度か見ただけだし。俺達魔族を下に見て顎で使ってくる」

「嫌な野郎だ。ただのひょろい人間みたいな奴なのに」


 これ以上、なにも出なかった。脅そうがなにしようが無駄。どうやら、知っていることはこれで全部のようだ。


「お、俺達が知っているのはこれだけだ」

「もう勘弁してくれ。……てかお前、ただの奴隷野郎だと思ってたのに、ガチ冒険者じゃねえか。……オーラも凄いし」


 俺をじっと見つめた。


「ああ。俺達と獣の罠を見回っていた小僧と同一人物とは思えん」


 まあ、俺は十七歳だが、中身は転生社畜だからな。そりゃ前世で修羅場は潜ってるわ。ビジネス上のだが……。


「モーブ……」


 マルグレーテが、俺の手を握ってきた。もの問いたげに見つめてくる。ああ、わかってるさ、こいつらの始末だろ。


「ハラハーミッタハラヘッタ」


 俺は大声を上げた。


「ひいーっ」


 ホブゴブリンが飛び上がる。てか仲間も全員、唖然としてるけどな。


「今、お前らに呪いを掛けた。隷属の呪いだ」


 もちろんただのハッタリだ。俺にそんな力――どころか魔法なんか一切――ないからな。


「れ、れいぞく……」


 ダンプが首を捻った。


「それってどういう意味だ? 腹が減るってことか? ……たしかに腹が減ってきた」


 いやそれ、素で腹減っただけだろ。レミリア並だな、こいつら。


「逆らえなくなるってことだよダンプ。ねえそうですよね、モーブの旦那」


 もうすっかり大人しくなったな、ハンプの奴。


「ああそうだ。お前らはここの村人にはもう逆らえない。裏切れば死ぬ。……だから今後、村人と共生しろ」

「き、きょうせい……」


 ダンプが唸った。


「それってなんだ。腹が減るって意味か」

「一緒に暮らすってことだ、ダンプ」


 ハンプ、解説ご苦労。


「猟師にでもなれ。お前ら、その素質がある」

「こ、殺されないんですか」

「ああ。命だけは助けてやる」

「へ、へい。そうしやす」

「ありがてえ、モーブの旦那。あんた魔王様並に優しい」


 まあ普通は「神だ」ってとこなんだろうが、連中は魔族だからな。


「わかったら朝まで眠ってろ」

「へ、へい」


 ふたり、がばっと横になった。


「ラン、頼む」

「カティーノ」

「ぐぅ」

「ぐぅ」


 ランの睡眠魔法宣言と共に、ふたりはあっさりいびきをかき始めた。さすがINTの低いモンスターだけあって、魔法抵抗力は無いも同然だな。


「でもいいの、モーブくん」


 リーナさんが、遠慮がちに口にする。


「この子たち、魔族だよ」

「大丈夫ですよ、リーナ先生」


 微笑んで安心させた。


「俺、こいつらとは山の中で一緒だった。あんまり頭が良くない分、疑問にも思わず働くでしょう」

「まあ実際、魔族だけに頑丈だもんね」


 レミリアは、ほっと息を吐いた。


「村の発展のため、せっせと働いてくれるとは思うよ。他の魔族に連絡するとかはまったく考えず」

「ホブゴブリンさんも、働けば楽しいって、きっとわかってくれるよ」


 ランが微笑んだ。


「だって楽しいもん。ふるさとの村のみんなも、そうやってお仕事、楽しんでたよねモーブ」

「ああそうだな、ラン」

「私達孤児だって、滝壺でお魚獲ったり、野草やきのこ摘んだりとか、遊び半分で働いてたもんね」


 なんか村の暮らしっていいな。俺社畜前世の地獄残業とは、仕事としての楽しさ苦しさが全然違うみたいだわ。


「うむ……」


 じいさんの声が響いた。


「モーブの判断なら、それでよいじゃろう」


 ほっほっと笑い声が聞こえた。


「全ては運命。数え切れない運命の糸が織りなす布のような世界、それがこのコスモスじゃ。モーブがこのホブゴブリンを殺さず生かしたことで、世界線はまた分岐した」


 じいさんの声が続けた。


「わしも多少未来が読めるが、モーブの未来に関しては複雑すぎて全くわからん。全て、運命に任せるのじゃモーブよ。……最後の最後、己の存在全てを懸けて運命に逆らう瞬間以外は」




●慎重に、地下のボス部屋へと進むモーブ一行。だが警戒していた罠はなく、ボス部屋の扉が静かに開いた。……モーブを誘うかのごとく。

次話「扉、開く……」、お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る