12 神々の争い

12-1 魔族宿舎夜襲!

「では行くぞ」


 村外れ。闇の中で、小声で呟いた。俺達は今、魔族が宿舎にしている建物の入り口に立っている。


「新月で良かったね、モーブ」


 ランは、俺の手を握ってきた。


「真っ暗だから、見つかりにくいよ」

「そうだな、ラン」


 暗闇に、かろうじて仲間の姿が見えている。マルグレーテにレミリア、リーナ先生。全員、戦闘用のガチ装備だ。じいさんの姿は見えないが、「声だけ参加」なので当然だ。


「いいかみんな。相手が眠りから醒める前に、迅速に倒したい。そのためには、仲間の息がどれだけ合っているかが勝負だ。段取りを間違えるな」

「わかってるよモーブ。扉が軋まないよう、ランが蝶番ちょうつがいに油を差す。扉を開くのはモーブでしょ」

「そうだ、レミリア」

「一階にはホブゴブリン二体にトロール二体。どちらも扉のすぐ内側の床に雑魚寝しているのよね」


 リーナさんはひそひそ声だ。


「扉が開いたら、私が連中に睡眠ポーションを掛ける。魔法は使わない。上階の魔道士にバレないように」

「眠った瞬間、あたしがトロールを弓矢で倒す。大丈夫、断末魔の声すら上げさせないから」

「万一に備え、俺はレミリアの背後で抜剣しておく」

「ホブゴブリンはボス誘引に使うから眠らせたまま放置。次に二階に上るんだよね」

「ああラン。二階はオーク二体だ」


 こいつらも眠らせて倒す。最上階は魔道士ふたり。ここだけ少し厄介ではある。


「ゼニス先生は見守っていてください。なにかアドバイスがあれば随時」

「わかっておる」


 声だけ聞こえた。


「とっとと雑魚戦を消化して、地下のボス戦に進めばよい」

「よし。……ラン、油を頼む」

「今出すね」


 懐から瓶を出すと、蝶番にとろりと掛ける。種子オイルの甘い香りが周囲に広がった。


「いいよ」

「リーナさんとレミリア、準備はいいな」

「任せて」


 レミリアはもう、矢をつがえ、弓を引き絞っている。


「いつでも」

「よし」


 取っ手に手を添え、少し動かしてみた。軋まない。これなら問題ないだろう。


「俺の三カウントで開けるぞ。一、二……、三」


 扉を開けると、脇からリーナさんが大量のポーションを振り撒いた。その肩越しに、レミリアの矢が風切り音を立てる。二秒かそこらで四射。凄い連射技術だ。ぷすぷすと、藁に刺さるような音がした。


「トロール制圧。動きはない」

「よし」


 一歩踏み出す。魔族が占拠しているだけに、中はどえらく臭い。ぐったりしたハンプとダンプ――つまりホブゴブリン――の奥で、虹色の煙が立っている。トロールが消滅した証拠だ。室内も当然、真っ暗。かろうじてホブゴブリンの輪郭がわかる程度の明るさしかない。


「レミリア」

「階段はこっち」


 レミリアが先頭に立った。エルフは夜目が利く。それに一度忍び込んで間取りを把握しているしな。


「連中、なんでもかんでも床に投げるからね。ゴミ踏んで音を立てないよう、すり足で歩いて」


 ゆっくり進む。軋まないようゆっくり体重移動させて階段を上ると、二階の床が見えてきた。


「うん。こないだと同じ位置でオークが雑魚寝してる。リーナ来て。あたしが方向を指示する」


 レミリアとリーナさんは、並んでなにか囁き合っていた。


「始めていい? モーブくん」

「頼みます、リーナさん。ランとマルグレーテは、万一に備え、詠唱だけしといてくれ」

「うん」

「わかった」


 ポーション、そして矢の連射。ここもあっという間に制圧すると、三階へと進んだ。魔道士だけはきちんと、部屋の寝台で寝ている。その扉の前まで到達した。


「ここも段取りどおりだ。マルグレーテ、お前の見せ場だぞ」

「任せて。敵が詠唱しにくいよう、窒息魔法を掛けるわ。あれならこちらの詠唱時間も短いし。従属のカラーしてるから、二発連発。まず問題ない」

「マルグレーテが叩き込んだら、あたしが矢で二次攻撃するよ。詠唱できなくても突っかかってくるリスクがあるし」

「頼む。……ゼニス先生、なにかありますか」

「うむ……」


 声がしばらく途絶えた。


「扉に警報魔法が仕掛けられておる」

「それは事前にわかっています。レミリアのスニークミッショ――」

「魔道士が起きるだけではない。地下まで伝わるやも」

「マジすか」

「断言はできん。もし伝われば、地下のボスは攻撃の準備を整えるじゃろう。……どうする、モーブ」


 一瞬だけ、俺は考えた。


「やります。もう敵を六体も処理した。今さら中止しても、朝にはバレる。リスクがあってもやるしかない」

「よし。心してかかるのじゃ、モーブ」

「はい」


 今一度全員でオペレーションを確認してから、扉に取り掛かった。罠でどうせバレるが、念のため油を差す。俺のカウントで注意深くドアを開けた瞬間、室内にフラッシュのような輝きが炸裂した。


「警戒警報!」

「やれっ! マルグレーテ!」


 瞬時に詠唱を終えたマルグレーテが窒息魔法を宣言するのと、飛び起きた敵魔道士の前に半透明のシールドが広がるのが同時だった。


「何奴っ!」


 寝台脇から、大きな杖を掴み取った。


「これはこれは……仰々しい夜襲だわ。お前ら、村の者じゃないな」


 マルグレーテの窒息魔法は、シールドに阻まれ霧散した。


「だめっ。防がれた」

「今度はこちらから行くぞ」


 敵魔道士が詠唱を開始する。寝込みを襲われた敵は不利だ。当然、詠唱時間の短い魔法を連発し、俺達の攻撃をとりあえず止めようとするだろう。その後に、本気でヤバい奴を撃ってくるはず。なんとしてもその前に倒さないとならない。


「B案だ!」


 俺の宣言と同時に、レミリアが矢を射掛けた。敵前面を守るシールドを避けるため、端に飛び、器用に壁をよじ登って上から連射している。


「リーナ先生!」

「わかってる」


 放物線を描くようにシールドを避け、睡眠ポーションと火炎ポーションを投げる。


「ラン、あのシールド消せるか」

「今やってる」


 詠唱を終えたランが宣言を口にした瞬間、シールドが明滅を始めた。


「やった」

「うおーっ!」


 途切れ途切れになったシールドを踏み越え、俺は「冥王の剣」を抜き放ち、斬り込んだ。


 本当は、敵HP吸収効果のある「業物の剣」が良かったが、あれは長剣だ。狭い室内で振り回すには向かないし、下手したら味方を斬る危険性もある。


 冥王の剣は短剣だからそういうことはない。その分間合いは短いが、相手は魔道士、近接戦のリスクは低い。それにこの剣なら、AGIとCRIにボーナスポイントが入るしな。


 いずれにしろ楽勝さ。悲鳴を上げた魔道士ふたりは倒れた。燃やされたところに斬撃が襲ったんだから、DEFもHPも低い魔道士では、ひとたまりもない。俺達は詠唱の隙すら与えなかったし。


「よし!」


 俺は振り返った。


「被害は」

「ないわよ」


 リーナ先生が答えた。


「レミリアちゃんが壁板の逆さ剥けで、棘刺したくらい」

「ラン、治療してやれ」

「わかった」

「おっきなとげー。壁くらいちゃんとかんなかけてほしいよ、全く」


 痛そうに、指を突き出している。


「すぐ治る。マルグレーテ、お前は大丈夫か」

「ええモーブ」


 ほっと息を吐くと、マルグレーテは眉を寄せた。


「……でも、罠の仕掛けが予想よりレベル高かった」

「気にするな。お前の責任じゃない」

「どちらかと言えば、作戦が甘かったモーブのせいじゃのう、ほっほっ」


 声だけの居眠りじいさんは気楽なもんだわ。


「先生、ほんならもっとアドバイス下さいよ」

「なに、これも経験じゃて」

「……まあいいか」


 深呼吸して、アドレナリンが収まるのを待った。


「全員、五分休憩だ。ここで武器や防具を点検する。態勢を立て直し、ホブゴブリンを起こして引っ立て、地下のボス部屋に向かおう」

「わかった」

「ええ」

「おやつのクッキー、食べていい?」

「好きにしろ。みんなにも分けるんだぞ」

「わたくしはいらないわ。食物が入っていると、胃を刺された時体内に出て怪我が重くなる」


 おう。マルグレーテ、真面目だな。


「しかしモーブよ、これを見よ」


 声だけのじいさんが、俺を促した。


「なんすか……って、これマジなんすか」


俺達の背後、開け放って突入した扉に、魔法陣が浮き上がっている。わずかな光として、暗闇に。


「扉の警報はの、中の魔道士を強制覚醒させただけではない。地下のボス部屋にまでアラートを立てたのじゃ」

「くそっ!」


 頭が痛くなった。ホブゴブリンを使い、「魔族仲間の困り事」としてボス部屋を開けさせるつもりだった。


 しかしもうその手は使えない。村人の一部か外部勢力か、いずれにしろ何者かの決起を知ったボス二体は、今頃すっかり警戒しているはず。


 なんなら、地下への道中に罠を仕掛けるくらいの時間は充分にあるし。なんせ相手は魔王とアドミニストレータだ。俺達は、これまでの中ボス戦以上の戦いを覚悟する必要があるだろう。


「くそっ!」


 窓から覗く空は暗闇。新月の真夜中は、風すら止まっている。息を潜め、ものごとを見守るかのように。




●反乱をボスに気づかれたモーブは、戦略の変更を余儀なくされる……。

次話「世界線分岐と運命の神」、明後日公開!

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