11-11 決戦前夜

「さて……」


 深夜の寝台。闇に溶ける天井を、俺は睨んでいた。脇ではランとマルグレーテが、いつもどおりすうすう寝息を立てている。ランの向こう側で、レミリアはむにゃむにゃ寝言を言っている。どうせなんか食ってる夢だろう。


 敵に支配された村だし、さすがにみんな裸ではない。いつでも寝床を飛び出して戦えるよう、着衣のまま。防具や装備も、手近な場所に隠してある。


 この家は、もともと村外れの空き屋だ。寝台といっても藁をまとめて粗末なシーツを被せただけ。寝心地がいいとはとても言えないが、草の香りだけは気持ちいい。


「どうするかなー」


 頭の中で、俺は何度もボス戦の戦闘シミュレーションをしていた。魔王とアドミニストレーターを相手にするなど、かなり厳しい。


 魔王は耐久力、物理攻撃力とも高い。もちろんHPも。原作ゲームではラスボスであって、魔王だけしか使わない魔法……というよりハメ技に近い――を連発してくる。装備補正も含め、俺達はかなり強くなったとは思う。だがラスボス戦となると、まだまだ荷が重い。おまけにそこに、アドミニストレータまで加わってやがる。


「といっても、魔王は魔王でも、『魔王の影』って奴らしいからな。そこは救いだ」


 居眠りじいさんこと大賢者ゼニスは、幽体離脱の魂となって、この村を探ってくれていた。その話では、魔王といっても、分身した「影」だという。


 そのため、魔王本来の力はないらしい。もちろん普通の中ボス級以上なのは確定というから、安心できる状況ではない。


 救いなのは、ボス戦に雑魚が関与しないことだ。


「モーブぅ……」


 レミリアがむにゃむにゃ言う。


「ご飯……ちょうだい」


 呆れたわ。こいつやっぱ食い物の夢見てやがる。


「ほれ。ステーキをやろう。たくさん食え」

「わーい……むにゃ」


 寝言で返事してて笑うわ。


「えーと……なんだっけ」


 そうそう。ボス戦に雑魚が関与しないことだ。ここは辺境で人間の兵が来ないのは見えている。よって村人監視程度の勢力しか、敵は投入していない。その雑魚は、ボス戦前に殲滅する。邪魔が入らないから、対ボスだけに全力を使える。


 中ボス戦なら、中ボス戦フィールドが立ち上がるだろう。立ち上がればもうどちらかが倒れるまで戦うしかない。途中での敗走は許されない。おまけに、中ボス戦にあったバグ技は、すでにアドミニストレータ――つまり運営によって潰されている。素の実力で戦うしかない。


 アドミニストレータと魔王の影、ヤバい奴のダブルボス戦だ。実力で突っ込む以外に、なにかひとつだけでいいから突破口が欲しいところだ。


「モーブ……キスして……」


 俺を抱くマルグレーテの手に、ぎゅっと力が入った。瞳を閉じたまま、まだすうすう言っているから、寝ぼけてるのだろう。


「ほら……」


 柔らかな唇にキスを与える。


「うん……」


 唇が開いたので、中に入ってみた。眠っているからか、マルグレーテは熱い。


「好き……」


 わずかに俺の舌を吸ってくれたから、夢と覚醒の境目くらいにいるのだろう。


「ぐっすり寝ろ。いいことは、戦いの後だ」


 マルグレーテに……というより、自分に言い聞かせたも同然だが。


「さて……」


 マルグレーテとランを抱き寄せると、俺はまた闇を睨んだ。


「このボス戦に突破口があるとしたら、どこだろうか……」


 普通のボス戦であれば、ボスの弱点を考える。魔道士系なら物理で攻めるとか。ダブルボス戦なら、回復系のボスから先に攻めるとか。今回のボスのウイークポイントはどこだろう……。


「それは、ボス同士の関係だな」


 なにしろ、魔族のダブルボスってわけじゃない。アドミニストレータと魔王だ。アドミニストレータがここで穴掘りを強要したのは、地脈からなにかを探るため。


 なにを探っているのか、さっぱりわからなかった。だが野郎がアドミニストレータと判明したからには、なんとなく透ける。いやつまり、地脈から大賢者アルネ・サクヌッセンムの情報を探る気だろう。アドミニストレータと対立しているのは、考えてみればアルネだけだ。勇者だの魔王だのは、アドミニストレータにとってはただの駒。対立軸にある存在じゃあない。


 アドミニストレータは、なんとしてもアルネを倒したい。そのために魔王を担ぎ出して、無理矢理に協力させたわけだ。魔王を倒す「異世界の存在」――つまり俺――の情報を与えると言い寄って。おまけに、ヴェーヌスだかカーミラだかという魔王の側近まで消すと脅してるからな。よりにもよって魔王のような頂点を飴と鞭で懐柔するとか運営、えげつないじゃないか。


「いずれにしろ、この歪みを利用したい」


 通常のボス戦と異なり、ボス二体が別々の動機で動いている。しかも表向き協力しながらも反発して。これを利用して、敵の足並みを乱れさせるってのはどうだ。


「うん、いい考えだ」


 その線に沿って、俺は脳内でボス模擬戦を組み立ててみた。部屋に入る。ボスが二体いる。俺達はどう動く。ボスはどう。アドミニストレータが今回「何系モンスター」に擬態しているのかは、まだわからない。その中でどう戦うべきか。それにホブゴブリンを「どう使う」か――。


「モーブ……」


 今度はランにぎゅっと抱かれた。


「もう寝なきゃダメ。明日、決戦だよ」

「起こしちゃったか、ごめんな」

「ほら、おいで」


 腕を広げてくれたので、ランの柔らかな胸に顔を埋めた。


「よしよし……。いい子にして寝るんだよ」


 頭を優しく撫でてくれる。ラン、ときどきこう……なんて言うか、母性発揮するよな。姉のように俺をあやしてくれるリーナさんとはまた違う包容力というか。こんなにかわいい子から次々胸に抱かれるとか、前世の俺からしたら奇跡だろ。


 明日は危険なボス戦に挑むわけだが、なんなら俺、今死んでも幸せだわ。


 ……でも、死ぬわけにはいかんな。ランとマルグレーテを、一生幸せにしないと。それにリーナさんやレミリアも。それがリーダーの役目だからな。




●次話から新章「第12章 神々の戦い」開始! これまでどおり隔日公開です。

第三部「ポルト・プレイザー編」もいよいよクライマックス。ボス戦に挑むモーブとラン、マルグレーテや仲間たちにご期待下さい!


●ついてはこれまでどおり、推敲中の第12章各話を、限定公開近況ノート欄にて、先行公開します。12章は全話完走まで書けていないため、ここまでに書いた9話分を一挙公開。結構、あっと驚く展開かもです。

続きは書け次第、適宜近況ノート欄にて公開します。

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