11-8 居眠りじいさんの影

「そんなわけなんだよ」


 その晩、俺はみんなにホブゴブリンから得た情報を開示した。


「どうやら、もうひとりのボスってのは魔族じゃないらしい」

「人間っぽくて、おっさんなんでしょ。……でもそれだけじゃわからないわね、どう戦うべきか」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。


「お手上げね」

「魔王が手を出せないくらい不思議な力を持つんだから、強敵だよね」

「ランの言うとおりじゃん。探る前より今のほうが、よっぽど厳しく思えるよ」


 例によって、くすねた堅パンを、レミリアはもぐもぐやっている。


 もうレミリアが「抜いてくる」のはわかりきってた。だからよくしたもんで、今日は最初からリーナ先生が堅パンの野菜粥を人数分作ってくれたわ。まあ助かる。魔族が監視してるから、朝も晩も、腹いっぱいなんか食えないからな。


「なるだけ戦いたくないな」

「魔王はその男に反発しながらも協力してるんでしょ。共通の敵がいるし、カーミラという側近の命も握られてるし」

「はいリーナさん。ふたりの話では、そんな感じでした」

「なら……」


 リーナさんは、木のカップで水を飲んだ。


「仲違いさせられないかな。私達の目標は、村の解放。ボス級が争って、この地を捨ててくれたらいいんだもの。私達の目標は、別に戦うことじゃないよね」

「たしかにそうっすね」


 ボスを倒すことしか頭に無かったから、そこは盲点だったわ。たしかに、あいつらが全部居なくなればいいだけだしな。やっぱひとりで考えるより、仲間と揉んだほうがいい案が出るわ。


 前世社畜時代を思い出すな。そうやっていい案を捻り出しても、上しか見てないヒラメ上司に握り潰されたりしたし。……思い出しても腹が立つ。


「……でも、実際は難しい気がします」


 俺の発言に、マルグレーテは頷いた。


「モーブの言うとおりよ。やはり敵を倒すしかないと思うわ」

「敵を全部倒したとしても、またこの村が襲われる危険性は残るよね。地下に秘密があるって話だもん」

「そうだなレミリア。だからその『坑道』を、二度と使えないようにしないと」

「っしょー」

 

 我が意を得たりと首を縦に振った。


「それならマルグレーテちゃんの魔法でいけるんじゃない。どう、マルグレーテちゃん」

「そうね、ランちゃん……」


 斜め上を見て、マルグレーテはしばらく黙っていた。それから、パンの野菜粥を優雅に口に運ぶ。


「うん、おいしい。さすがはリーナ先生ね。養護教諭だけに、心と体を癒すハーブをよく知っていらっしゃるわ」

「で、どうなんだよマルグレーテ。できるのか」

「まず、高熱を発する火炎魔法で、内部を焼き熔かすわ。次に重力魔法で天井を突き崩し、穴を埋める。そこまでやれば、多分二度と掘ることはできなくなる」

「それ、今やったらどうなのかな」


 レミリアは、またパンを放り込んだ。


「もぐもぐ……。今やれば、ボスも生き埋めにできる。一石二鳥じゃん」

「無理だと思うわ」


 マルグレーテは眉を寄せた。


「ボス級魔族でしょ。そのくらいのカウンターマジック、ボス部屋に張ってるんじゃないかしら。まずボスを倒してからじゃないと」

「それもそうか……」


 もうひとつ放り込む。


「もぐもぐ……。なんたって魔族だもんねー。あたしも対魔族戦したことあるけど、たいへんだよー。なんせ耐久力の高い脳筋タイプと知性派ハイパワー魔道士とかがパーティーを組んでるからね。おまけに使い魔飛ばしてきたりとか、卑怯な手でもなんでも使ってくるし」


「どうする、モーブくん」


 リーナさんに見つめられた。


「モーブくんがリーダーだよ。決断して」

「……明日の深夜、決行しましょう。いいな、みんな」


 全員、無言で頷いた。


「朝食のとき、リーナさんは村人に伝えてください。今晩、宿舎で戦闘するから、騒がず隠れていろと」

「そうする。何人か、グループを仕切ってる人がいるから、彼らに伝えるわ。坑道でも食堂でも、その日のうちには伝わるはず」

「頼みます」

「わたくしたちはどうするの、モーブ」

「夜だ。いつもどおり、ここに集まろう。ここで各人、戦闘装備に着替える。それから魔族の宿舎に向かう。昨日決めたとおり、ワンフロアずつ制圧する」

「一階に侵入したら、まずホブゴブリンとトロールを眠らせる。リーナ先生の睡眠ポーションで」

「そうだラン。眠らせてから、トロールだけ倒しておく。ホブゴブリンは後で使うからな」

「二階は、オーク四体。これも眠らせて、レミリアの弓矢で息の根を止める」

「腕が鳴るねー」


 レミリアは嬉しそうだ。


「世界中で残酷な侵略を繰り返す魔族だもん。いい気味だわ」

「そして三階。残っているのは魔道士ふたりだ」

「センサーの罠があるのよね。だから寝室の扉を開けた瞬間、マルグレーテちゃんが魔法を叩き込む」

「任せて。詠唱する暇すら与えずに倒してあげるから」

「頼もしいな、マルグレーテ」

「モ、モーブのためだもの……」


 ぽっと、マルグレーテが赤くなった。


「一階に戻り、ホブゴブリンを魔法で起こして脅し、坑道に連れ込む」

「ホブゴブリンにボス部屋を開けさせる」

「で、ボス戦ね。ボス二体」

「あとホブゴブリンもふたりいるよ。案内させたでしょ」

「そうねランちゃん。忘れていたわ」

「ホブゴブリンなんかどうとでもなる。まず謎のおっさんに全力だ。マルグレーテの魔法、それにレミリアの弓矢。それで初手を取る。魔族側のボスは、そいつに嫌々協力してるんだ。俺達がそいつを倒せば、話し合いで引いてくれるかもしれん」

「いいわね、そのアイデア」


 マルグレーテは、なにか考えている様子だ。戦闘をシミュレーションしているのだろう。


「ボス級に効くかはわからないけれど、ランちゃんには睡眠魔法を魔族側ボスに掛けてもらいましょう」

「私もやるわ。こう見えて、回復魔法と補助魔法ならそこそこ使えるからね」

「助かります、リーナさん。……よしみんな、手を出せ」

「うん」

「はい」


 出した手を重ねる。その上に、俺が手を置いた。


「俺達は勝つ。いいな」

「うん」

「勝って村人を解放する」

「ええ」

「そしてポルト・プレイザーに凱旋。遊びに遊びまくる」

「ビーチで発泡蜂蜜酒だね。水着姿で」

「それからリーナさん……」

「はい」

「またパーティーを組みましょう」

「モーブくん……」


 俺を見つめるリーナさんの瞳が、じわっと潤んだ。


「ええ……。ええ。私、モーブくんについていくね」

「よし、みんな頑張るぞ」

「ええ」

「うん」

「はい」

「楽勝っしょ」

「勇ましいのう……」

「えっ!?」


 誰かの声が聞こえた。男の。年取った。聞き覚えのある……。


 この声は……居眠りじいさん。しかし、姿は見えない。


「慌てるでないモーブ。今回の敵は、極めて危険じゃ」




●じいさんがもたらした情報が、モーブ組に波乱を呼ぶ……。

次話「敵の正体」、お楽しみにー

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