11-7 ホブゴブリンをおだてあげて情報を得るw

「それにしても、おふた方とも、お忙しいですねえ」


 翌朝、首尾よくホブゴブリン狩猟部隊に配属された俺は、村を出るやいなや、さっそくおべんちゃらを使った。


「おうよ。まったく困ったもんだわ。なあハンプ」

「そうさな、ダンプ。俺達がホブゴブリン精鋭だからだな、魔王様案件に召し抱えられたのは」

「魔王様案件……。それはなんです」

「それよりほれ、最初の罠だ。ウサギがかかってるぞ。俺達が締めるから、奴隷、お前は袋に入れろ」

「はい」


 仕事を放り出してまで問い詰めるわけにはいかない。いくらホブゴブリンの鳥頭でも、怪しまれる恐れがある。


 最初の罠でウサギ一羽、次の罠には三羽もかかっていて、ホブゴブリンは上機嫌になった。チャンスだ。


「ほれな。俺達が仕掛ければこう、獲物なんか穫れ放題だわ」

「だが兄弟、罠はみんな、村の猟師が前から仕掛けていた奴じゃねえか。俺達はそれを回ってるだけで」

「俺達が凄腕だから、ウサギが四つもへえったってことよ」

「ちげえねえ、ダンプ。まあ三羽だがな」


 どうも全体に、同じホブゴブリンでも、ハンプのがまだ頭がまともだな。ダンプはかなりアレだわ。ふたりをリードするのがハンプなのは、理由があったか。


「さすがはハンプ兄貴とダンプ兄貴だ。俺にも勉強させて下さい」

「おう。おめえもいい心がけだな。そのうち、坑道じゃなくて狩猟組に入れるよう、口を利いてやろう」

「なんせふたりっきりで重いイノシシとか運ぶの、面倒だからな。山道はぬかるんで滑るし」

「この間は谷底に落ちて死にかけたしな、俺達」

「ここ、山の上で夏の今でも涼しいのだけは救いだけどな。こんな痩せた土地、早くおさらばしたいぜ」

「全くだ、兄弟」


 はあ。さすが魔族でも底辺だけある。補助すら与えられず奴隷並の労働させられてるじゃん、こいつら。


「兄貴らは漢っすね。それでも我慢して働くなんて、社畜のかがみっすよ」

「シャチークか、聞いたことはえねが、それは魔族でもエリートなんだろうな」

「ええ、そうっす」


 勝手に勘違いしてろ。


「兄貴らは最高の魔族ですわ」

「おう。おめえも見る目あるな」

「がはははっ」


 やりやすいわー。この程度で大喜びとか、前世社畜時代の取引先にいてほしかったわ。


「それで兄貴、さっきの魔王様案件の話ですが、どういうことっすか。魔王様なんて、戦いの前線はおろか、こんな寂れた山村、しかも人間領なんか、まるっきり興味ないはずだ」

「まあなー」


 唸ると、ハンプはウサギいっぱいのずだ袋を背負った。額の汗を拭うと、歩き始める。もう奴隷の俺ひとりじゃ運べない量だからな。山道を、湿気った風が吹き抜けた。


「たしかに、魔王様もこんな辺境などどうでもいいだろうにな」

「例の、人間みてえな野郎と取り引きしたらしいからな、魔王様。そいつがこの地に異様にこだわってるらしい」

「あの気味の悪い男な」

「そうそう」


 はあ、この「人間みてえな野郎」ってのが、「例の野郎」――つまり、もうひとりのボス級か。魔族だと思ってたけど、この言い方だと違うみたいだな。それにしても、魔族に「気味悪い」とか言われてたら世話ないわ。人間なんだろうか……。


「そいつは魔王様を利用するだけ利用して、裏切るつもりじゃないっすかね」


 情報を聞き出すべく、適当にカマをかけてみる。合ってようが違ってようが、話は続くだろ。


「魔王様もそんな奴、喰い殺せばいいんじゃないすか」

「そうもいかん。なんでも、魔王様を倒すべく、異世界の存在がこの地に舞い降りたらしいしな」

「それは初耳だわハンプ」


 ダンプは首を捻った。


「勇者野郎以外にか」

「ああ兄弟。……それで魔王様はやっきになってそいつを探してるが、見つからない。そこに例の野郎が近づいてきた。詳しい情報を教える代わりに、ここで地脈を探る手伝いをしろとな。あいつ、なんでも魔王様と古い知り合い……というか腐れ縁らしい」


 異世界の存在ってのは多分、俺のことだな。ヘクトール襲撃事件のとき、中ボスが「もうひとつの可能性」とか漏らしてたし。だけど俺、魔王を倒すためにここに来たわけじゃない。死んで嫌も応もなく転生しただけで、なんの使命も帯びていない。そのへん、誤解が解けてないわ。


「その腐れ縁の野郎なんか、捕まえて拷問して吐かせればいいだろ、いつものように。吐いたら食っちまえばいいし。魔王様ともあろうお方が、なんでへこへこ言うことを聞いてるんだよ」


 もっともな疑問だわ。


「いやその魔道士は、なにか不思議な力を持ってるんだってよ。魔王様も、おいそれと手を出しにくいらしい」

「んなわけあるかよ」

「マジだって。そいつを殺せるのは、勇者だかなんだか、その手の野郎だけだと」

「魔王様と共通の敵ってことか」

「ああ。だから魔王様もそのおっさんに協力してるんだわ」

「なるほど。……おい、次の罠だ」

「ちっ。空じゃねえか。奴隷、餌の肉だけ取り替えておけ。こいつはもう腐ってる」

「はい」


 しゃがんで作業する俺の後ろで、ふたりは話を続けている。


「だけど協力ったって、地味に穴掘りしてるだけだからな、俺ら」

「掘ってるのは奴隷だろ。俺達は監視だけで」

「そりゃそうだが……。なに探してるかも、俺達は教えられてないし」

「そもそもこの場所、魔王様が生まれた土地らしいぞ」

「生まれた? 魔王様に母親がいるってのか。嘘だろ……」

「いや、世界と同時に生まれたらしい。この場所で」

「へえ……。さすがは魔王様。エリートじゃねえか。俺達とは違うな、兄弟」

「まあなー。はるか古代、まだ魔族も人間もモンスターもいないとき、世界の混沌がこの地に集まって魔王様が生まれたんだと」

「こんとん? なんだそりゃ、ハンプ。うめえのか」

「俺もよくわからん。こんとんって名前のモンスターかなんかだろ」

「モンスターはまだいなかったって、おめえ言ったじゃねえか」

「そだな……」


 ハンプの唸り声が聞こえた。


「……まあ、よくわからんなにかさ。そいつが魔王様を生んだ。そして命じた。人間を滅ぼせとな。その瞬間に、人間やモンスターが一気に生まれたらしいぞ」

「へえ……すげえな」

「そうだろ」

「でも、なんでおめえがそんなん知ってるんだよ、ハンプ。おめえ、学ねえだろ」

「カーミラ様が前、教えてくれた。俺、カーミラ様の要塞で見張りしてたことがあるし」


 カーミラ……。ヴェーヌスのことだな。あいつ残忍な印象だったが、それはそれとしてたしかに、頭は切れそうだった。魔族の中でも知性派で、支配層に属してるのかも知れないな。そんなんあるのか知らんけど、魔族四天王とか。


「カーミラ様なら、魔王様から重要な情報を聞いていても不思議ではないな。なにしろ――」

「それに魔王様があの野郎に協力してるの、カーミラ様も関係してるらしいぞ」

「どういうことよ。共通の敵を倒すためじゃねえのか、ハンプ」

「もちろんそうなんだが、協力しないとカーミラ様の存在を消すって言ってたらしい」

「消す……? 殺すってことか」

「知らんが、そうだろ」

「なんだ。じゃあ魔王様も心から喜んで協力ってわけでもねえのか」

「ああ利害が一致する上に脅されてるんだ。複雑な心境だろう」

「やっぱりそのアホ、喰い殺せばいいわ」

「それができねえんだって。さっき言ったろ。おめえはすぐ忘れるんだからよダンプ。少しは頭使え」

「イテッ」


 ぴしっという音がしたから、ハンプがダンプの頭かなんかひっぱたいたんだろう。


「魔王様は、カーミラ様を奥深くに蟄居させた。俺はその要塞で見張りをしてたからな。それでカーミラ様に聞いたんよ」

「なるほど。魔王様はカーミラ様に魔族の統括をやらせてるらしいな。世界に散った」

「ああ。魔王様は古代、この地に誕生した。そこから世界に魔族が広がる過程で、各地に祈祷処を作ったんだ。離れていても話ができる、遠隔魔法を埋め込んで」

「かていってなんだ。おっかあとおっとうのことか」

「もうおめえは黙れ。……おい奴隷、いつまでもたついてやがる」

「は、はいすみません。今すぐ」


 もったらもったら手を動かしてるフリだけしながら聞いていたが、もう無理っぽいな。


 心の中で溜息をつくと、立ち上がった。


「肉を交換しました。この腐ってた餌はどうします。そこらに放って捨てますか」

「もったいないことを言うな」


 どすどすと近づいてきたダンプに、肉を奪われた。


「俺達が食うのに決まってるじゃねえか。ランチだわ」

「そうすか」


 イノシシも避ける肉食うのか……。


「おめえも食うか」


 突き出した。ウジが蠢いていて、すごい臭いがする。


「もったいないが、おめえはよく働く。食わせてやるぞ、ひとくちなら」

「いえ、兄貴達の食事を邪魔するなんて、とてもじゃないが恐れ多くて。おふたりでどうぞ」

「おう。いい心がけだな。さて、次の罠に行くぞ」


 肉を半分齧り取るとダンプは、残りをハンプに投げた。


「あと五つ罠を確認したら、次は川に下りるぞ。滝壺に仕掛けたあの網籠とかいう罠に、いくらかは魚や海老がかかってるだろ」




●夜、対魔族戦闘の戦略を練るモーブたち。

そこに「謎の声」が聞こえる。

それは、誰もが予想だにしていなかった男の声だった……。

次話「謎の声(仮題)」、おたのしみにー。

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