4-5 世界の因果律

「この世界にはもうひとつ、世界を巡る闘争があるのじゃ。世界の中の戦争ではなく、世界の外、この世界の宿命を巡るいくさが」


 居眠りじいさんは、話し始めた。


「それがアドミニストレータとサクヌッセンム様ですのね」

「そうじゃ、マルグレーテ」


 じいさんは認めた。


「お主らが生まれるはるか前、この世界ができたその瞬間から、この闘争は続いておる。アルネ・サクヌッセンムはの、この世界の因果律を変える戦いを挑んでおるのだ」

「因果律……ですか」

「因果律を守ろうとする陣営と、変えようとする陣営、それぞれが先の先まで相手の手を読みながら、チェスのように駒を打っておる」

「その駒のひとつが『羽持ち』ですか」

「いかにも」


 頷いた。


「そしてモーブ、お前自身も駒なのだ。しかも古来この世界に現れた駒のうち、お主はどうやら『特別な存在』らしい」

「俺が……ですか」

「はるか昔、わしの目の前で、アルネ・サクヌッセンムが予言したからのう。いずれは自分と表裏一体の条件を満たす、特別な存在が現れると。この世界に現れるべくして現れる、奇跡のような存在がと」


 遠い目をした。


「表裏一体の条件ってなんすか」

「知らん。おそらく聞いても、わしにはわからんのだろう。だから奴は教えなかった。直接聞け、モーブ。表裏一体と言っておるくらいだ。お前ならおそらく理解できることであろう。まあ……、サクヌッセンムと会うチャンスがあればの話だが」

「そんな無責任な――」

「『さながらに、は定め』――。奴はそう言っておった。はるか未来にこの世界の因果律が変わるであろうという確信じゃ。……まあ、わしの生きておるうちに現れるとは思わなかったがのう」


 ほっと息を吐くと、俺を見た。


「それに同時にふたりも連れ合いをめとった、『大馬鹿枠』の男とは思わなんだが」


 苦笑いしている。


「まさかの事態じゃ。こんな馬鹿に運命がゆだねられておるとは、世界が心配だわい」

「先生、悪いけど俺、そんな争いに巻き込まれたくありません」

「……」

「俺はただ、ランやマルグレーテと楽しく暮らしたいだけです。アドミニストレータもサクヌッセンムの野郎も、勝手に直接戦えばいいじゃないすか」

「お主はわしの話を、全然聞いておらなんだか」


 楽しそうだ。


「モーブ、お前はただランやマルグレーテと命の炎を燃やしておればいいのじゃ。わしのように人生を楽しめ。神々の与えた宿命からこの世界が逃れられるかどうかなど、なるようにしかならんわ」

「先生。あの……『時の』……」


 言いかけたマルグレーテが、俺の目を見た。許可を求める瞳だ。頷いてやると続ける。


「『時の琥珀こはく』って、どこにあるんですの。そこに大賢者様は居るんですよね」

「うーむ……」


 じいさんは唸った。


「よくそれを知っておるのう……。さすがアドミニストレータと二度も戦っただけはあるわい」


 椅子に深く身を沈めた。


「それは場所ではない。次元の狭間じゃ。行こうとして行ける場所ではなく、アルネ・サクヌッセンムと運命が重なった瞬間だけ、お主らの前に現れるであろう」


 ほっと息を吐く。


「運命運命って……まだるっこしい」


 エルフのレミリアも運命論者だった。どうもこの世界で世界を見通すような賢者や長寿の種族は、運命という強い力を信じているようだ。


「自分の力で切り拓く、それが人生でしょう」

「お前とアルネ・サクヌッセンムの接触は、危険なのじゃ」


 難しそうに、眉を寄せた。


「世界に大変動をもたらすリスクが高いからのう。だからその時を待て。今はまだ、運命線が交わらないのじゃろう」

「運命線……ですか」

「リーナとお前ともそうじゃ。運命が交わるなら、いずれリーナとは会える――そう思っておけ。運命の流れに無闇に逆らうでない、モーブ。運命は大河のごとし。流れに逆らって泳いでも、せんないこと。逆らえるのは一瞬のみ」


 俺の目の奥を、じっと見る。さすが大賢者というか、凄い眼力だ。負けて逸らしそうになるのを、必死でこらえた。


「いいかモーブ。その瞬間に、全てを懸けるのだ。お前の存在も、命も、全てを……。逆らって泳ぐのはここ一番、人生でもっとも重要な瞬間のみにしておけ。それでこそ世界は真実の姿を見せてくれることであろう……」

「……はい」


 さすがは人の生き死にを数え切れないほど見てきた大賢者だ。説得力はどえらくある。


「わしとアイヴァンも、運命の力により、一度だけ『時の琥珀こはく』に導かれた。そこでサクヌッセンムと会ったのじゃ。そしてその『冥王の剣』を授けられた。因果律を変えるツールのひとつとして」

「因果律ってなんなんです」

「サクヌッセンムは、この世界の自律を望んでおる」

「じりつ?」

「今は他律らしいわ。……わしもよくはわからん。言ってみれば神々の世界の話だからな」


 他律ってことは、「自立」じゃなく「自律」のほうか……。


「もうわしが教えてやることはない。……少なくとも今は」

「先生……」

「深刻な顔をするな、モーブ。ランとマルグレーテが不安がるぞ」

「はい……」


 たしかにそうだ。


「ふるさとを襲ったガーゴイルの群れからランを守りきり、ヘクトールで特待生の身分を勝ち取ってZクラスを遠泳大会優勝に導き、魔物を撃退して卒業した。そしてマルグレーテの実家に行き、こうして世界一のビーチリゾートでふたりを嫁として娶っておる。――それがお主の人生であろう」

「ええ、まあ」


 言われてみると俺、結構よくやってるよな。前世はただの底辺社畜だったのに。


「その間、ずっと戦争してきたわけでもあるまい、モーブ。いつも楽しく遊んできた。違うか」

「その通りです」

「アドミニストレータと言えども、始終お主に罠を仕掛けられるわけではない。世界の法則があるでな。それにサクヌッセンムも、敵の罠を防ぐべく動くはずだし」

「はい」

「お前は人生を楽しみながら切り拓いてきた。今後もそうすればいいだけの話。このリゾートで遊び、ランやマルグレーテを幸せにしてやれ。たしかにアドミニストレータがちょっかいを出してくるかもしれん。……だがそれが半年後か半世紀後かは、誰にもわからん」


 俺を見つめた。


「はっきり言えるのは、ここ数か月はないだろうということだけよ。お前がアドミニストレータと戦ったのは、長い人生でたった二度ではないか」


 まあ「モーブ」の十六年の人生で二度と言われれば、それは確かにそうだ。だが俺社畜が転生して一年半で二度とも言える。じいさんの認識より、事態はもっと切迫しているように思える。だがそれをじいさんに説明するなら、俺が転生者であることを告げなくてはならない……。


「人はみな、いつ死ぬかなどわかりゃせん。わしだって明日おなごと遊んでおって、幸せな腹上死をするやもしれんし」


 いや結構なじいさんなのに、まだそういう行為する気かよ。男って悲しい存在だな。死ぬまで女を求めるなんて。


「いつ来るかもわからん死を恐れるより、今を楽しめ、モーブ」


 でもまあ、言いたいことはわかるわ。


「当面このリゾートで遊びながら、わしと共にリーナの帰りを待つのだ。リーナのもたらす新情報で、お主を待つ危険を、ずっと先に遠ざけられるやもしれんしの」


 それはそうだ。まずリーナさんの話を聞かなくては、先の展望すら見えない。


「わかりました……」


 テーブルの下で、俺はランとマルグレーテの手を取った。ふたりとも、優しく握り返してくれる。


「とりあえず今晩、腹上死しない程度に自制します」

「バ、バカッ!」


 マルグレーテの頬が、見る見る赤くなった。


「モーブったら、もう……」

「ほっほっ」


 大口開けて、居眠りじいさんは笑い出した。


「やはりお前は『大馬鹿枠』じゃのう。いっそ清々しいくらいだわ。……アルネ・サクヌッセンムも、頭が痛いことであろうぞ」




●皆様お忙しいところ一日三話連続公開にお付き合い頂き、ありがとうございました。明日公開の次話からは、新章「第五章 リゾートカジノの裏賞品」に入ります。


リゾートで遊ぶ軍資金稼ぎと、ここにしかない貴重な交換賞品を狙い、カジノを訪れたモーブ一行。新大陸にしか居ないはずの獣人バニー、そしてきらびやかなゲームコーナーの数々。選ばれた客しか入れないという地下のコーナーには、百年以上誰も手にできなかった、貴重な賞品が眠っていた……。


カジノ攻略に挑むモーブとラン、マルグレーテの大活躍にご期待下さい。


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