4-4 羽持ちとサクヌッセンム

「モーブよ。リーナの発見、それにわしやアイヴァンの知見を合わせて、『羽持ち』について教えてやろう」


 居眠りじいさんこと大賢者ゼニスは話し始めた。古来、この世界に登場する、スーパーパワーを持つ人間のこと。その周囲に見え隠れする、「羽持ち」と呼ばれる謎の存在のこと。そして「羽持ち」の誕生には、どうやらアルネ・サクヌッセンムが関わっているらしいこと。


「今の話だと、『羽持ち』は、その人を助けるための存在なんですね」

「ああ、そうじゃ」


 ランの問いに、じいさんは頷いた。


「良かった……」


 ランが俺を見る。


「……なんじゃ、泣いておるのか、ラン」

「だって……だって……」


 ランの大きな瞳から、涙がぽろぽろ湧いて出た。


「安心しろ。いかづち丸はの、モーブを助けるため、『羽持ち』にされたのじゃ。迷い子馬として学園に現れたのも、おそらくはアルネ・サクヌッセンムの意図じゃろう」

「うん……うん」


 机の下で、ランは俺の手をぎゅっと握り締めてきた。安心したのだろう。自分の特別な能力が、俺のためにあるとわかって。


「わかるとは思うが、いかづち丸が現れたのはモーブ、お前のためじゃ。お主は入試のときから、摩訶不思議な力を発揮したからのう……」

「先生、アルネ・サクヌッセンムと知り合いでしょ。前、俺に話してくれたじゃないすか。古代の大賢者にして不老不死、今も生きていると」

「生きている……と言った覚えはないのう……」


 空を見上げると、じいさんは遠い目になった。その上を、カツオドリが一羽、海風に乗って通り過ぎていった。


「生きているかどうかは、受け取り方次第だと言ったのじゃ。……どれ、わしが貸した剣を見せてみろ」

「『冥王の剣』ですね」


 鞘ごと腰から取り出すと、テーブルに置いた。短剣で護身用に最適なので、基本的にこれだけは毎日持ち歩いている。


「ほう……」


 目を見開いた。


「随分使ったようだのう。いいことじゃわい。どれ……」


 ようやく手を出すと、ゆっくりと鞘から抜いた。


「うむ……。いい輝きだ」


 真夏の南国。強い陽射しにぬらぬらと輝く刀身を、じっと見つめている。それから、柄の謎模様を、額に当てた。


「サクヌッセンムよ……」


 呟くと、瞳を閉じる。そのまましばらく、微動だにしない。


「せ、先生……」


 もしかして心臓麻痺かなんかで死んだんじゃないかと思った頃、じいさんは目を開けた。


「えいっ」

「きゃっ!」


 なんだよ、また女の子の尻撫でてるじゃん。緊張感のないおっさんだわ。


「今日はなあに。あたし、触られたの二度目だよっ」


 ぷうっと、女の子は頬を膨らませてみせた。


「あんまりオイタが過ぎると、マネージャーに出入り禁止にしてもらうからねっ、ゼーさん」

「すまんすまん。お腹壊しておったのを、治してやったんじゃ。……ここの制服は、体を冷やすからのう……」

「やだ本当に楽になってる」


 不思議そうに、自分のお腹を撫で回した。


「ありがとう……。でも、前もって言ってよね、ゼーさん。それならちゃんと触らせてあげるから……」


 まんざらでもなさそうな顔で、女の子は歩き去った。


「うひょひょ」


 キッチンに戻るまで、短いスカートの尻を目で追っている。


「先生、続き」

「うむ……」


 ごほんと咳払いしてから、真面目な瞳になった。なんか俺、このエロハゲ相手に合いの手入れるタイミング、うまくなってきた気がするわ。


「モーブ、これはまだ持っておれ」


 鞘に収めた剣を、俺の前に押し出した。


「サクヌッセンムも、それを望んでおる」

「先生、サクヌッセンムのことを教えて下さい。俺もラ……『羽持ち』のいかづち丸も、どうやらそいつの手駒にされてるようだ」

「ふむ……」


 俺の目を、じっと覗き込んできた。


「それに、アドミニストレータというモンスターのことも。俺は二度ほど戦った。とても変わった相手で、サクヌッセンムと敵対している気配だった」

「アドミニストレータ……」


 じいさんは眉を寄せた。


「戦ったのか」

「はい」

「どんな姿じゃった」

「その……」


 勢いでつい教えてしまったが、詳細に話すべきか、一瞬迷った。ランのことがある。


「その……巨大魔道士だったり……、サンドゴーレムだったり」

「そうか……」


 椅子の角度を変えると、じいさんは長い間、海を見つめていた。ビーチに寄せては返す波を。今は多分二時くらい。陽に熱せられたビーチの白砂から、湯気のようなもやが立っている。


「いずれお前にもわかる。……もしそれがモーブ、お主の運命なら」


 海を見つめたまま、ぼそっと口にする。


「はっきり教えて下さい。こっちは命が懸かってる。俺やラン、マルグレーテの命が」

「たしかにそうじゃな。お主らが不安に感じる気持ちは、よくわかる。……なら、これだけは教えておこう」


 ようやく、俺を見た。


「この世界で、我ら人間と魔王が勢力争いをしているのは、もちろん知っておろう。お前のふるさとが襲われたようにの」

「もちろんです」

「だがそのいさかいは、この小さな世界、その中の覇権争いでしかない」


 氷が解け、もうすっかりぬるくなってしまった香茶こうちゃを、じいさんは飲んだ。続ける。


「もうひとつ、世界を巡る闘争があるのじゃ。世界の中の戦争ではなく、世界の外、この世界の宿命を巡るいくさが」


 居眠りじいさんは、話し始めた。




●次話「世界の因果律」、お楽しみにー

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