5 リゾートカジノの裏賞品
5-1 ランとマルグレーテ、着飾る
翌朝。朝食後、居眠りじいさんが居着いているリゾートへの道を、俺達は辿っていた。常夏のリゾート、しかも今は真夏の八月だ。まだ朝九時だというのに、太陽が容赦なく渚のボードウオークを熱している。照り返しで汗が噴き出るくらいよ。
「ふわあ……」
マルグレーテが大あくびをした。手こそ当てて隠したものの、貴族令嬢にしてははしたなく、大口を開けて。それだけ俺に心を許している証拠とも言える。透き通った瞳の端に、涙の粒が浮いた。
「眠いのか、マルグレーテ」
「寝不足なのよ」
ほっと息を吐いた。
「ねえ、ランちゃん」
「そうだよねー」
ランも頷いている。
「わかってるでしょ。昨日の夜、モーブがわたくしとランちゃんを代わる代わる……。朝起きてからもしたじゃない。それにわたくしだけ、あんな恥ずかしい格好を……」
言いかけて黙った。見る見る頬が染まる。
「と、とにかくもう、あくびはしないから」
顔を見られたくないのか足早になって、俺の手をぐいぐい引く。
そう言えば昨日も、夜遅くまでふたりに襲いかかったか……。
リゾートに入って早々、ようやくふたりと結ばれたからな。あれから毎晩、寝台で濃密な時を過ごしている。長い時間を掛けてR18フラグを立てたんだ、我慢なんかできっこない。……それにあれよ、日焼け跡はヤバすぎっしょ。あの魅力に逆らえる男なんて、いないわ。
R18フラグが開放されて、マジ良かった。フラグが立ち塞がったまま毎日あの日焼け跡見せつけられたら俺、欲求不満で死んだと思う。運営も、アドミニストレータの中ボス戦略なんか取らないで、俺の恋愛フラグをガチガチに固めとけばいいのにな。そのほうがよっぽど俺は大ダメージ食らうわ、絶対。
「おまけにモーブが首を強く吸うから……」
俺の手を引きながら、マルグレーテが愚痴る。
「俺、なんかやらかしたか?」
「だって……」
立ち止まると、振り返った。
「ほら、跡が……」
首の左側を撫でてみせた。マルグレーテの首には、エルフの治療布が意味深に貼り付けてある。三センチ四方ほどのサイズだから、他人が見ても傷の治療に思えるか微妙だ。
「こんなマーキングを人に見られたら、恥ずかしくてわたくし、死んじゃうわ」
そういや着替えるとき、鏡を見ながらなにかしてると思ったが、キスマークを隠してたんか。
「ごめんな、マルグレーテ」
頭を抱き寄せると、耳元に囁いてやる。
「今晩跡つけるのは、胸だけにするよ。ちゃんと水着で隠れるところだけな」
マルグレーテは、俺の目を見た。それから瞳を落とす。
「それ……なら、いい」
ぼそっと呟くと、耳まで真っ赤になった。俺の袖を指で摘んで下を向いたまま、続ける
「モーブに着けられた跡を鏡で見ると……なんだか幸せ……だし。愛されているんだって……誇らしくなって。胸なら、他人に見られなくて済む。モーブがせっかく着けてくれた印を」
なんだ、恥ずかしいだけじゃなく、嬉しかったのか。女心は複雑だわ。
「ちょっと歩きにくいねー、この服。脚にスカートがまとわりついて」
ランが首を傾げた。
「すぐ……慣れるわよ、ランちゃんも」
染まった頬を扇子で仰ぎながら、マルグレーテはまた歩き始めた。
マルグレーテもランも、今日はリゾートチュニックではなく、肩の出るドレスを着ている。黒のシックなデザインで、もう見るからに淑女といった感じ。山育ちのランですら、どこかの貴族令嬢に見えるからな。同じデザインの服だけどふたりの容姿は髪の色からなにからまるで違うから、エキゾチックな国の、腹違いの王女姉妹のようだ。
ドレスは昨日マルグレーテが選んでくれたもの。俺も、びしっとしたスーツを着させられている。正直、暑くて辛い。こういう服は、魔導冷房の利いた、特別な室内向けだろう。
そもそもビーチリゾートだし服なんてリラックスウエアでいいだろうと思ったが、マルグレーテに言わせると、それはとんでもない勘違いらしい。カジノとか社交場では、着飾ってこそ正しく扱われるとか。まあこのあたりは貴族令嬢の判断に間違いはないだろうってんで、マルグレーテに任せたわけよ。
「でもカジノって、どんなところなんだろ」
ドレス姿のランが首を傾げた。
「なんだか私、楽しみだよ。村にはそんな設備無かったし」
そりゃそうだ。遊びといえば、川の淵で泳いで🐸からかうだけだったからな。ゲームの「始まりの村」イントロでは。ど田舎だし。
「まあ正直、俺も楽しみかな」
昨日、別れ際に居眠りじいさんに言われたんだよ。どうせこの街に長居することになるんだから、このリゾートのカジノでも覗いてみろと。
「このリゾートの、奥だよね」
ドアマンが開けてくれた扉を抜ける。例によって暗めの室内。昨日ゴールドカードをくれたマネジャーは、レセプションの奥に立っていた。俺達を見て、わずかに頭を下げる。
手を上げて応えると、カジノがあると思しき方角に、ずんずん進む。なんせ派手な魔導照明がそっちだけ輝いてるからな。絶対あの奥だわ。
金と色ガラスのど派手な扉の左右に、ブラックスーツのドアマンがふたり立っていた。輝くような容姿の令嬢ふたりを引き連れた俺を見て上客と思ったのか、これ以上ないくらいの営業スマイルを浮かべる。
「お帰りなさいませ、お客様」
「本日もお楽しみ下さい」
もちろんここ、俺達は初めてだが、誰にでもそう言うのだろう。贔屓感を出して、金を落とさせるために。
両開きの扉を開けてくれた。
「ありがとう」
「存分にお楽しみを……」
中に案内されると途端に、俺達をカジノの騒音が包んだ。女の嬌声や、興奮した男連中の叫び声、発泡酒の栓を開ける音、それにそこここのカジノマシンが出す、心浮き立つような轟音。ミラーボールでもあるかのようにあちこちから輝くような光が漏れ、香水とアルコールの香りが漂っている。
「わあ、楽しそうだねー」
目が回るばかりの祝祭空間に、ランは無邪気に喜んでいる。いやここ、楽しいっちゃそうなんだけど、客から金抜くための恐怖空間を「厚化粧で隠してる」見方だってある。
「なかなか浮かれているわねえ……」
立ち止まったまま、マルグレーテが周囲を見回した。
「お客様……」
振り返ると、バニースーツ姿の女の子が、銀のトレイを優雅に持っている。ぶわっと広がった大量の茶髪に、ネコミミが動いていた。
「お飲み物をどうぞ」
唇が切れそうなくらいの薄いグラスに、透明の酒が炭酸の泡を立てている。
「あら、素敵なお酒ね。……ここまで香ってくるわ」
グラスをひとつ取ると、マルグレーテが俺に渡してくれた。
「特別な品でして……。これだけを目当てに通われるお客様も居ますのよ」
「わたくしも頂くわ。……ランちゃんはどうしようか」
俺を見る。
「ランはお茶にしてもらおう」
「いいよー、それで」
ランは微笑んだ。
「お酒は夜だけだよねっ」
「悪いな、ラン」
俺の視線に、バニーが微笑んだ。
「今すぐお持ちします」
踊るように反転して、バーカウンターに向かう。後ろ姿凄いわ。ウエストはきゅっと締まっているし、バニースーツの尻には小さな穴が開いていて、そこから虎に似た尻尾が垂れている。ガチ本物だぞ。なんせ歩く度にゆったり揺れているからな。誘うような動きが、思わせぶりだわ。
「獣人ね。……わたくし、生まれて初めて見たわ」
マルグレーテも後ろ姿を見送っている。
「さすが別大陸との貿易港湾都市なだけあるわね。……獣人は基本、別大陸にしか居住しないから」
「きれいな人だったねー」
ランも目を見張っている。
「胸は私より大きいのに、お腹がきゅっとしてて」
「あの胸は、バニースーツで随分持ち上げてるからな。多分、ランのほうが大きいよ」
「そうかなあ……」
「そうさ。俺ならわかるよ。ランもマルグレーテも、この手できちんと覚えてるし」
「モーブったら……」
恥ずかしそうに、マルグレーテは瞳を伏せた。俺の袖を引く。
「今はいいけれど人前に出たら、そういう話はしないでね」
釘を刺された。
「そういうのは……夜だけ、裸の三人だけのときね」
「わかってるって、ごめんな……」
なんだマルグレーテ、まんざらでもないんだな。楽しみにしてくれてるみたいじゃん。小さな口にグラスを持っていくと、すっとひとくち飲んだ。
「おいしいわ……」
ほっと息を吐くと、俺の手に指を絡めてきた。きゅっと、優しく握り締めてくる。
「夜ね、モーブ。わたくしやランちゃんの胸に、印を着けてくれるんでしょう。わたくしたちはモーブただひとりだけのものだという、
熱い瞳で、じっと見上げてきた。唇が濡れ、少し開いている。
マルグレーテも、随分デレるようになったな。父親の黙認を得て、俺と恋人同士――嫁でもいいけどさ――になれたからだろうか。なんだかかわいいわ。
「ほら、お茶が来たぞ、ラン」
先程のバニーが、胸と腰を
「もらったらちょっと、カジノを探検してみよう」
「わあ、楽しみだねー」
●カジノに踏み込んだモーブには、「バグ技で勝ち越せる」という確信があった。カジノの各コーナーを回るモーブ一行は、隠されたような、地下への階段を発見する。その先には、選ばれた客のみに開放された、特別な賭博と賞品が待っていた……。
次話「カジノでバグ確認」、明日公開!
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