4-2 邂逅

 カジノ併設のリゾートは、すぐ見つかった。なんたってビーチ沿いのいちばんいい場所で、ど派手な造りだったからな。


 ここポルト・プレイザーは環境配慮型というか、自然に溶け込む木や植物を生かした自然派リゾートが多いんだけど、このリゾートだけは違うわ。やっぱ都会から遊びに来た金持ちが自然派に飽きたところを、さっとかっさらって金を抜く狙いだからだろう。だから他と違う、都会的で享楽的な造りにしてあるんだわ。


 普通のリゾートは開放的で、レセプションのあるメイン棟も屋根を懸けただけで壁すらない造りばかり。でもここだけは閉鎖的というか、しっかり石造りの壁で囲まれて、扉だって規模からしたら小さいくらい。多分、中の客に外の世界や時間を忘れさせ、カジノに入り浸らせる戦略なんだろう。


「あの……」


 ホールで四方に視線を飛ばしているブラックスーツのスタッフを、俺は捕まえた。見るからにシニアマネジャークラスだし、多分こいつならわかるだろ。


「お客様」


 リゾートウエアのランとマルグレーテを引き連れた俺を値踏みしたのだろう。これ以上ないくらいの営業スマイルを浮かべる。


「このリゾートの、海沿いのカフェってどこですか」

「そこにヘクトールの教師が居るはずなんです」


 ランが付け加える。


「ああ、あのお方ですか」


 ランに微笑みかける。


「かわいいお方ですよ。女性スタッフの間でも評判です」

「よかった」

「多分、本日もおられるかと思います」


 奥の右側を、指差した。


「あちらの扉を抜けると、中庭プールとバーがございます。プール横の小路の先がカフェです。すぐおわかりになりますよ」

「ありがとう」

「ところでご主人様……」


 俺に視線を移す。


「お客様方は、どちらにご滞在ですか」


 泊まっている宿の名を告げると微笑んだ。


「いいリゾートでございますね。こじんまりしていて、趣味もいい。ですが……」


 頭を下げる。


「よろしければ、当リゾートもよろしくお願いします。これは特別なお客様にしかお出ししないのですが……」


 ブラックスーツの内ポケットから、金色のカードを出した。


「こちら、ゴールドカードになります。宿泊は全部屋半額。バーやレストランでのご飲食も同様です。空きがあれば、部屋のアップグレードも無料で対応いたします。さらに……」


 ペンを取り、裏の余白に、なにか書き足す。


「マネジャー権限で、バーとカフェの勘定は全て、無料に致しました」

「わあ、すごいねー」


 ランは無邪気に喜んでいる。


「ご配慮、ありがとうございます」


 無難に礼を口にしてから、マルグレーテが俺に視線を投げた。どうする……という瞳だ。マルグレーテとも付き合いが長いから、ちょっとした表情の意味が、俺にはよくわかる。


「助かります」


 一応礼を言ってから、俺は考えた。


 はあ、こいつもランとマルグレーテを客寄せに使う気か。


 ……まあ気持ちはわかる。ふたりともアイドルとか目じゃないくらい、かわいいしな。リゾートウエアだから、ふたりを見るだけでリゾート気分が盛り上がって、金持ちが無闇に札束切りそうだし。ランやマルグレーテに見えるようにして。


 宿自体は、ここより今のリゾートのほうが気に入っている。ラグジュアリーなここと違って、館内は時間がゆったり流れる感じ。のんびりリラックス気分で寛げる雰囲気だし。でも飯を食うだけなら、こっちのが心浮き立つかも。


 なんならランチはさっきの店で毎日ごちそうになって、晩飯とバーはここで済ませる手はあるな。ここと今の宿は歩いてすぐだし。それで節約すれば、滞在期間を数か月、楽勝で延ばせるかも……。


「助かりますが、対応は後で考えます。今は人と会わないと」

「もちろんでございます」


 自分の感情を一切出さず、見事な営業スマイルを浮かべている。


「お忙しい時間を割いて頂き、ありがとうございました」

「マルグレーテ、もらっておこう」

「ええ。……たしかに受け取りました。ありがとうございます」


 優雅な態度で一礼すると、ゴールドカードを受け取った。


「お嬢様方、それにご主人様。これからもぜひ、当リゾートをご贔屓に……」


 深く頭を下げるマネジャーを後ろに、奥の扉を開けて中庭に出た。時間がわからないようにだろうが、陽射しを防いだホールには、暗めに照明が当たっていた。それだけに中庭で南国の強烈な陽射しを浴びると、暴力的にすら感じる。とにかく眩しい。


「どこかな」

「こっちだよ、モーブ」


 ランに手を引かれ、目を細めたまま道を辿る。まぶしかろうがなんだろうが、ランはびくともしない。山育ちだし、サングラスとか村にそもそも無かったからな。中身前世社畜の俺はダメだわ。サングラスしてくればよかった……。


 カフェはすぐ見つかった。屋根の外、海に向かうバルコニーにも席が並んでいて、人がぱらぱら、彼方に輝く海を見つめている。後ろ姿を見る限り、ぱっと見、リーナさんっぽい人影はない。


「あの……」


 スタッフの女性に声を掛けた。忙しそうに、カクテルの準備をしている。グラスに透明のスピリッツと青いリキュール、それに炭酸鉱水を注ぎ入れ、真紅の、あでやかな南国の花を飾って。


「御用でしょうか、お客様」


 若くてかわいい女性スタッフは、アロハのような軽装に、かなり短めのスカートを合わせている。もう脚の付け根まで見えそうというか……。いかにもリゾートのビーチカフェスタッフといった感じ。


 ふと見ると、店内を忙しそうに行き交うサービススタッフは、全員若くてかわいい女の子ばかり。ドリンクをサーブして前屈みになるとき、男性客の視線は独り占めだな、こりゃ。絶対、中身が見える。多分、見せパンだろうけど。いや、このリゾートなら、もしかして……。


 このリゾート、俺の好みかは別にして、なかなか戦略がしっかりしてるわ。エロいおっさんなんか、瞬殺されて通い詰めるだろ、このカフェに。


「ここに、先生が居るはずなんですが」

「先生……ですか」


 首を傾げている。


「王立冒険者学園ヘクトールで、教師だった人です」

「ああ、春までヘクトールに在籍されていたという、かわいらしいお方」


 微笑んだ。


「そうそう、それです」

「その方でしたら、今日もあちらの、お気に入りの席に……」


 指差した先の席に、アロハに似た派手色リゾートウエア姿の人物が見えた。ハゲ頭が、強い陽射しに輝いている。


「モーブ!」


 こちらを振り返ると、髭面のサングラスを外しもせずに手を上げた。


「ゼ、ゼニス先生……」


 マルグレーテが絶句する。


「遅かったのう、モーブよ。待ちくたびれたぞ」


 なんだよあれ。リーナさんじゃなくて、居眠りじいさんじゃん……。

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