4 大賢者アルネ・サクヌッセンムの影

4-1 リゾート「そぞろ歩き」で注目を集めた

「さて、どんな街かしらね」

「楽しみだねー。私、リゾートって初めて来たし」


 翌朝、朝飯を済ませて宿を出た。今日は一日、ポルト・プレイザーを探索すると決めている。


「俺もランも、田舎の山育ちだからな」

「そうそう」


 ランの幼なじみ、「モーブ」はな。中身の俺社畜はそりゃ、海くらい行ったことはあるけどさ。でも高級リゾートに長期ステイなんて、底辺社畜ができるはずもない。夏の記憶たって、鬼残業しか思い出せないくらいだからな。だから「リゾート初めて」なのは、ランや「モーブ」と同じだわ。


「楽しみだねー。しばらくこの街に滞在するんでしょ」

「なんなら一年だっていいぞ」

「素敵……」


 こっちこそだ。


 毎日、昨日のように海でいちゃついて気持ちを高めておき、リゾートでうま晩飯と酒を楽しんだ後、寝台でふたり相手にあれやこれやできるんだぞ。もうR18フラグの縛りはない。俺が求めればランもマルグレーテも、なんでもさせてくれる。こんな天国ある?


「夏だしここ南だから暑いんだけど、からっとしてるから気持ちいいねー」


 俺の左腕を、ランが胸に抱いた。


「べたつかないから、モーブとくっつき放題だよ」

「湿度が低いからね。さすが、古くから高級リゾートとして人気を博しただけはあるわ」


 右腕はいつものように、マルグレーテのものだ。胸に抱いたまま肩に頬を寄せてくる。


 ふたりとも、薄手のワンピース――いや、ランに言わせるとチュニックか――を身にまとっている。いかにもリゾートウエアっぽい、軽そうな生地。丈の短いチュニックから生脚がすらっと伸びていて、行き交う男どもの視線を集めている。明るいパステルカラーが、南国の強い陽射しに輝くようだ。


 今朝はマルグレーテ、念入りに日焼け止めを塗ってたけれど、念には念をってことなのか、つばの広い「お嬢様帽子」まで被ってるからな。ひと目で育ちがいいとわかる、優雅な身のこなしだし。


 野育ちのランは、もちろんそういうのは、なにも対策していない。南国の陽射しに強く焼けても皺やシミになったりせず、つやつやとみずみずしい肌のままなんだから、たいしたもんだわ。さすがメインヒロインだけある。美しさは誰にも負けない。


 あーもちろん、俺だけは無粋な格好だ。なんたって背中に大荷物を背負っているからな。街中探索のついでにギルドか故買屋を見つけ、道中貯めたドロップアイテムを現金化するためだ。詰め込んでも破れないよう頑丈で重い生地の、無骨なリュック。だからステイを続けるリゾーターというより、道に迷って紛れ込んだ行商人といったところ。ふうふう汗をかきながら歩いている。


 なんたって、道を歩く金持ちイケメン連中が、驚いて二度見するからな。これ以上ないほどの美少女ふたりは輝くばかりのリゾートお嬢様なのに、抱き着かれてる俺は、彷徨う山猿みたいな姿なんだから。


「ふふっ。みんなモーブを見てくね」


 ランが微笑んだ。


「かっこいいもんね。きっと私やマルグレーテちゃんが、うらやましいんだよ」

「そうだといいな」


 とりあえずそれしか言えんわ。普通に真逆だろ。ラン、どんだけ俺のことが好きなんだよ。「恋は盲目」って奴を、もうはるか百光年の彼方に置き去りにしてるだろ。


 連中がランとマルグレーテに目を奪われているのは、歴然としている。羨望の的になっているそのふたりを裸に剥いて俺、昨日の夜は三回もしたんだからな。俺に抱かれてふたりともうれし涙を浮かべ、かわいい声で喘いでいたし。


 夢だろ、これ。こんなことが、底辺社畜だったこの俺の身の上に起こるなんてな……。今でも信じられないわ。


         ●


「おいしいわね、ここのサンドイッチ」


 サンドイッチの端をフォークとナイフで小さく切り分けると、マルグレーテが口に運んだ。それから、赤いハーブ茶を飲む。こちらは氷で冷やされていて、俺のところまで香りが漂ってくる。


「本当だねー。人気のご飯、聞いてよかったあ」


 ランはもちろん、豪快にサンドまるかじりだ。


「たしかにうまいな」


 このカフェの名物とかいう、燻製肉と野菜のサンドイッチだ。香木で燻された複雑な味わいの肉に、フレッシュでぱりぱりの野菜が、よく合っている。


 街を探索して腹が減ったんで、ビーチ沿いのカフェでランチにしているところさ。


「それにしてもアイテム、思ったより、ずっと高く売れたねー」

「ああ」


 ギルドはすぐに見つかった。俺達が持ち込んだ大量のアイテムを見て、受付嬢は目を丸くしてたよ。ここは高級な街だから、買い取り価格は高めだという。だから近在の冒険者がよくドロップアイテムを持ち込むらしい。


 だけど俺が広げたのは全部、レアアイテムだからな。二十キロ近い持ち込み品が全部レアドロップとか、初めて見たと舌を巻いていた。想像以上に高く売れたから、投宿している宿だと、飯や酒代まで入れても三か月は優に暮らせるだろう。俺が背負い切れないからまだ宿にはドロップ品が置いてあるし、全部売ったら半年コースだわ。


 持ち込んだ品を広げると、店に居た冒険者が全員集まってきたよ。なんだこれ奇跡かよ……とか、このかわいい小娘が戦ったのか……とか皆、信じられないといった顔つきだった。小柄で愛らしい感じの受付嬢には、「ぜひまたお願いします」と、熱い瞳で懇願されたし。ランとマルグレーテが居なかったら、営業で抱き着いてきそうな勢いだったわ。


「お茶のおかわりはいかがですか」


 しゅっとしたイケメンが、ガラスのポットを持ってきた。どうやらランチを注文すると、おかわりは自由らしい。


「お願いするわ」


 マルグレーテが優雅に微笑むと、客慣れしているはずのイケメンが、思わず恥ずかしそうに目を伏せた。


「なるだけ長居してくださいね。お嬢様方に、ご主人様」

「ありがとう」


 そういや俺達、ビーチ沿いのボードウオークからよく見える、いちばんいい席に通されてるわ。これ多分、客寄せに使われてるな。


 ランとマルグレーテが並んで座ってたら、そりゃもう客筋のいい店にしか見えないもんな。実際さっきから、男ばっかり次々入ってくるし。俺達が席に着いたときはまだがらがらだったのに、もう満席に近い。


「ところで、この街に暮らして長いですか」

「私ですか、ええ」


 俺に営業スマイルを見せた。


「ここなら街の噂はよく入ってきますよね」

「ええまあ。……地元の常連の方も多いですし」

「なら知らないっすかね。この街に、王立冒険者学園ヘクトールの教師が滞在しているはずなんだけど」

「教師の方ですか、いえ存じ上げませんが……」


 眉を寄せて一瞬、遠い海を見つめる。寄せては返す波に驚いた海鳥が、何羽か飛び立った。


「……ああいえ、そう言えば噂を聞いたような」


 茶のポットを一度、後ろの空席に置いた。それから黙って、しばらく海を見つめている。なにか思い出そうとしているかのように。


「そうだ思い出した」


 頷いた。俺を見る。


「街に、カジノと一体化したリゾートがございます。そちらに長期滞在されているお方が、たしかヘクトールの教師という触れ込みで……」

「かわいい人でしょ」


 ランは微笑んだ。足元に餌をねだりに来た白い水鳥に、パンの端を千切って投げてやっている。


「そうですね」


 イケメンも頷いた。


「ある意味かわいいと、あのリゾートのカフェの女性が話しておりました」

「それね」


 マルグレーテの足元にも、白い鳥が集まり始めた。パンを投げてやると、争うように摘み始める。アジサシだかなんだか知らないが、羽こそ長いものの水鳥にしては小さく、つばめくらい。だからかわいい。テーブルに上がり込んで摘んだりしないだけ、行儀のいい鳥だな。


「いつも午後はそのリゾートのカフェで過ごされるようですよ。バルコニーの、ビーチ沿いの席で」

「よし……」


 店先にしつらえてある小さな日時計を、俺は確認した。


「一時だ。今から行けば、絶対会えるな」


 俺は立ち上がった。


「行くぞ、ふたりとも」

「ええ」


 優雅な仕草で、マルグレーテが続く。


「楽しみだねー、モーブ。リーナさんと会うの卒業以来だから、四か月ぶりだよ」


 残り物のパンを小鳥に与えると、ランも席を立つ。


「あの……ご主人様」


 遠慮がちに、イケメンが俺を見た。


「はい」

「お客様方は、この街に長期滞在のご予定でしょうか」

「ええまあ……」

「決めてないけれど、三か月以上は確定よね、モーブ」


 マルグレーテが付け加えてくれた。


「それでしたら、ぜひ当店をご贔屓に」

「また寄らせてもらいますよ」

「特に……ランチタイムは大歓迎です。お客様方でしたら、ランチはいつでも無料で振る舞わせていただきます」

「マジっすか」

「ええ」


 片目をつぶってみせた。


「当店、夜は大繁盛なのですが、昼営業は最近始めたばかりということもあり、ランチタイムが結構厳しい状況でして……」


 はあなるほど。ランとマルグレーテに客寄せパンダになってほしいってわけか。気持ちはよくわかるわ。


「構わなくてよ。良くして頂いているし、リーナさんの情報も教えて頂いた。ご恩には報いないと……。ねえモーブ」

「そうだな、マルグレーテ」


 反対する理由は、俺にはない。ここうまかったし。それにタダ飯にありつけるとか、前世の底辺社畜時代なら、絶対に逃さない機会だ。金、無かったからなー。


「ランチタイムはこの席も毎日、お客様専用としてキープしておきますので。ぜひに……」


 また頭を下げる。


 そりゃ外からよく見える客寄せ席だもんな。奥のトイレ前とかに座らせても、意味はないわ。




●リーナさん滞在の情報を得たモーブは、カジノ併設の豪奢なリゾートへと赴く。輝くばかりのランとマルグレーテを見たリゾートのマネジャーは、モーブに驚くべき提案をする……。


次話「邂逅」、明日公開


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