5-8-2 「羽持ち」の謎

 地面に落ちた俺の頭。血流が止まり貧血状態になって、俺の意識は急速に薄れつつあった。痛みは全くない。痛覚が麻痺しているんだろう。ギロチンで斬首されて脳が働くのは、せいぜい十秒かそこら。残り時間はわずかだ。


「モーブっ!」


 悲鳴を上げたランの体が、太陽のように輝いた。胸のあたり。あれはおそらく、狐のアイテムを入れたポケットか? 炎に似た黄金の輝きが、ランの周囲に巻き起こる。それはまるで翼のように、胴の左右に広がった。


 幻の翼――。


 がっくりと首を垂れたままのランは、空中に舞い上がった。羽ばたいたというより、天から吸い寄せられたかのように。


 首を垂れたままのランから、強い光が放たれた。


 なにが起こっているんだ!?


 意識を失う寸前、信じられないものを見た。轟々と音を立てて、時間が巻き戻ったからだ。動画を逆再生するかのように。俺の頭は宙に浮き、サンドゴーレムロードの剣筋逆回転と共に、胴体にくっついた。そのまま触手のいましめからも外れ、俺はランやマルグレーテと共に後ろ歩きをして……。


          ●


「ここは……」


 ふと気づくと、俺達三人は、曲がり角に立っていた。コルンバが捕まっている洞窟の角、例のダブルボス戦直前の位置に。


「モーブ……」


 ランは呆然としている。


「私……私……」

「一体、何が……」


 マルグレーテは頭を押さえた。


「頭の芯が痛む。……今、一体何が起こったの」

「わからん。……どういうことだ、ラン」

「わからない。モーブが死んじゃうって思ったら、急に胸の奥が熱くなって、そこと狐さんのアイテムが繋がって……」

「時間が戻った。そうだよな」

「そうなのかな……」


 ランは、俺の頬を愛しげに撫でてくれた。


「なにがあったにせよ、モーブは生きてる。今……こうして」


 涙がぽろぽろ、ランの大きな瞳から溢れてきた。


「私……私」


 ぎゅっと抱き着いてくる。


「生きてるよね、モーブ。これ幽霊じゃないよね」

「夢? 悪夢? モーブが死んじゃうなんて……」


 マルグレーテの瞳からも、大粒の涙が落ちた。ぽろぽろと。


「安心しろ」


 ふたりを抱いてやった。


「ふたりを幸せにするまで、俺は絶対に死なないから」

「私はもう幸せだよ。モーブと村を出た、あの日からずっと……」

「わたくしも。モーブ……好き」

「私も大好き」


 ふたりがキスを求めてきたので、応えてやった。長い時間を掛けて。ふたりが落ち着くまで。


「ラン。今、時間が巻き戻ったと思うが、どうだ」

「そう……かな」

「しかも記憶は保ったままだ。……狐の鍵は?」


 制服の胸を探ったランが、頭を起こした。


「無い。……消えちゃった」

「多分、起動したからだ」

「モーブ……」

「しっ」


 ランを黙らせると、曲がり角先の気配を探った。


「お兄様の声が聞こえるわね。この縄をほどけと」

「あのアホが気絶してないってことは、時間が戻ったんだな、やっぱり」

「敵も記憶を持ったままなのかな」

「わからん。だが……」


 俺は思い出そうと努めた。神狐はなんと言っていた。なんと……。


 そうだ。ランのことを「聖なる娘」と呼んでいた。そしてこのアーティファクトは、「聖なる鍵」。狐はわざわざランを指定して持たせてくれた。「鍵」ってことは、なにかを入手するための道具ってことだ。


 アドミニストレータは、ランを「羽持ち」と呼んだ。ランの体から生じた翼は、卒業試験ダンジョンでいかづち丸の体から生えたものに瓜二つ。――つまりこれが「羽持ち」の正体ってことだろう。


 最初に魔道士形態のアドミニストレータと対戦した卒業試験ダンジョンでは、敵はランを「羽持ち」とは認識しなかった。理由はわからない。卒業後のランのレベル向上によって、羽持ち機能が解錠を待つ段階に達したとか、そんな感じなのかもしれない。


 でもあのダンジョンで、最後の宝箱を開けアーティファクトを回収した後、ランは俺の袖を引いた。嫌な予感がするからすぐにこの部屋を出ようと……。


 あのときはラン、変なこと言うなあと思っただけだが、今振り返るとあれ、「羽持ち」の素質から働いた勘だったのかもな。だって実際あの直後、ランの「嫌な予感」が当たったわけで。なんせ部屋の扉が閉鎖されて閉じ込められた挙げ句、モンスター皆無のはずのダンジョンに、中ボス「魔道士形態アドミニストレータ」が湧いて出たし……。


 いずれにしろ狐は「羽持ち」としてのランの能力を看破し、それを解放するための道具を持たせてくれたってことか。


 思い出した。「使うときが来たら、自然と使うであろう」と謎のような台詞を、狐は口にしていた。はるか昔に預かった品で、やっと使える存在と巡り合ったとも……。


 誰から預かった? 狐洞窟の地下で、サンドゴーレムは「羽持ちじゃないか。アルネめ」と毒づいた。あのとき、ランが「羽持ち」と認識したんだろう。そして名前が出た以上、このアイテムは、古代の大賢者アルネ・サクヌッセンムが狐に託したものに違いない。


 ということは、この時間逆転で、敵方の記憶はリセットされている可能性が高い。これまで得た断片的な情報から判断する限り、アルネ・サクヌッセンムはアドミニストレータと敵対しているようだ。となればわざわざ敵方に記憶のギフトを与えるとは思えない。


「いいか……」


 小声で呼びかけた。


「おそらく、敵の記憶はリセットされている。俺達は、敵の特徴や攻撃手法を知った上で戦闘できる。二周目だ。その点は有利だろう」

「わかった。どう戦う?」

「俺の無敵技は使えない。敵の罠だからな。つまり正攻法でやるしかない。ダブルボス戦でなにより厄介なのは、二体の連携だ。だから最初に片方を一気に潰す。個別撃破だ」

「どっち」

「タコ野郎だ。触手に巻き取られたら動けなくなるし。幸い野郎にこっちの攻撃が通じることは、狐洞窟で経験済みだからな」

「ゴーレムはさっき、攻撃を全部受け流してたわよね」

「そういうこと」

「残ったゴーレムとは、どう戦うの、モーブ」

「考えてある。マルグレーテに活躍してもらおう」

「任せて」


 俺はふたりに、戦略を開示した。


「モーブ……今度は死んじゃ嫌よ。モーブが死んだら……わたくしも……」

「言うなマルグレーテ。今は勝つことだけを考えるんだ」


 髪をくしゃっと撫でてやった。


「そうね。……ごめんなさい、戦いの前だというのに」

「なに、今回は俺達が勝つ。楽勝さ」

「モーブって……頼もしい。……好きよ」

「私も好き」


 ふたりはまた抱き着いてきた。


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