5-9-2 三人の婚姻
ふたりに抱き着かれたとき、俺の胸に違和感があった。ジャケット内ポケットのなにかが、俺の胸を押している。
「あっ! そうだった……」
一度キスしてから、ふたりの体をそっと離した。
「どうしたの、モーブ」
「お前を自由にしよう、そのために敵の正体を知らないと……とか気が急いていて、すっかり忘れてたわ」
ポケットから、俺は指輪を出した。例の、マルグレーテの母親に預かった品を。
「マルグレーテはほら、これを使え。魔力を高めるんだろ、この指輪」
「えっ……」
マルグレーテは絶句した。俺の手のひらにある小さな指輪を、まじまじと見つめている。
「これ、どうしたの」
「お前の母親から預かった。必ず俺から手渡してほしいと」
「そう言ったのね」
マルグレーテの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。
「この指輪を、モーブからわたくしに渡せと。お母様は正確に、そう
「ああそうだ。一言一句間違いない」
「そう……」
物言いたげに、マルグレーテは俺の瞳を見つめてきた。
「なにかあるのか」
「エリク家はね、モーブ。代々女系。男児はほとんど生まれないの」
「じゃあコルンバは……」
「そう。六世代ぶりに生まれた男児」
「だからあんなアホでも
稀に生まれた男子だから、無能のコルンバもある程度大事にしていた。そういうことだろう。
「エリク家は代々、入り婿を取る。そしてその指輪はね、結婚式の日に、母親が結婚相手に渡し、エリク家の
「それってつまり……」
「お母様は、わたくしとモーブ、そしてランちゃんとの仲を認めてくれたということよ」
マルグレーテは、俺の手を両手で包んだ。大切そうに。
「わたくしに、モーブやランちゃんと生きなさいと言ってくれているんだわ」
宝石のように大きな涙が、ひと粒だけこぼれた。
「お母様、わたくしの気持ちに気がついていらしたのね……」
「素敵な話だね」
ランは微笑んだ。
「マルグレーテちゃん、私と同じで、モーブが大好きだものね。私達三人で、絶対ぜーったい、幸せになろうね」
「ありがとう、ランちゃん。わたくし、あなたが親友になってくれて良かったわ」
「それだけじゃないよ。ふたりとも、モーブのお嫁さんだからね」
「そうね……」
ランの腕に、優しく触れた。
「ランちゃんは世界一のお嫁さんね。わたくし、あなたと親友になれて良かったわ」
「へへっ。そうかな」
ランは嬉しそうだ。
「それで、この指輪はどうするんだ」
「わたくしの指にはめて、モーブ」
真剣な瞳だ。
「わたくしの愛を、モーブに捧げる
「よし」
左手を取り、薬指にそっと指輪を通した。すっと、無抵抗に指輪が通っていく。
「ちょっと緩いか」
「大丈夫。……見てて」
俺の手で薬指の奥に挿し込まれた指輪が、微かに赤く輝いた。
「あっ……」
指輪がすっと小さくなった。ちょうど、マルグレーテの指に合うサイズまで。
「凄いな……」
「魔法のアーティファクトだもの」
マルグレーテは、うっとりと瞳を閉じた。
「ああ……。
そのまましばらく、なにか口の中で呟いていた。やがて開いた瞳は、輝きを増している。
「凄いよモーブ」
ランが目を見張った。
「マルグレーテちゃんの魔力、三倍くらいになってる。感じるもん」
「それがエリク家の力か」
「ええ」
マルグレーテは頷いた。
「さあ行きましょう、モーブ。わたくし、運命なんかに絶対に負けないわ」
●アドミニストレータ二体のダブルボス戦、その二周目に挑むモーブとラン、マルグレーテ。謀略に長けたアドミニストレータを相手に、モーブの戦略が炸裂する。そのときマルグレーテは、なにを見、そして魔道士としてどう動くのか……。
次話「二周目」、明日公開!
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