5-7-2 アドミニストレータの罠

 脳の中で、俺は戦略を組み立てた。


 ここは闘技場フィールドだ。なぜ中ボス戦フィールドでないのかはわからない。神狐の洞窟最深部でサンドゴーレムと戦ったときも、この闘技場フィールドだった。ゴーレムの属性として、戦闘はこのフィールドになるのかもしれない。


 いずれにしろ、戦いの場がこれなら、やることは決まっている。


「ふたりともいいな。この間と同じだ」

「わかった」

「任せて」


 背後でふたりの声がする。わかっているはずだ。捕まらないよう、三人で逃げ回る。幸いここは広い。触手野郎の動きは鈍いから、逃げるのは楽勝のはず。俺は壁タッチをテンカウント。合図と共に飛ばしてくれたランの回復魔法を受け、ボスに突っ込む。無敵状態の俺は、どんな攻撃も受け流せる。絡んできた触手もゴーレムの剣も、俺に触れた途端、瞬時に熔け砕けて消えるはず。


 後はゴーレムとタコの頭をぶった斬るだけ。ポイントは十秒間、誰も捕まらないでいられるかだけ。俺はやってやるさ。


「逃げろっ!」


 俺の大声と共に、三人、駆け出した。散り散りに。逃げながら、マルグレーテとランが敵速度を遅延させ、こちらのAGIを上げる魔法を連発する。あのときと同様に。


 その効果もあってか、やはりタコは動きが鈍い。ゴーレムも図体がでかいこともあり、のっしのっしと歩くだけだ。これなら時間は稼げる。


 壁に手を触れた俺は、ボスと反対側に壁を回り始めた。


 五秒、八秒、十秒、十五秒――。


 念のため長めにカウントしてから、ランに合図を送った。


「癒やしの海っ!」


 ランの中級回復魔法が飛んできた。俺の体が、緑色の心地良い光で包まれる。「壁タッチ十秒以上+回復系魔法」――。これで闘技場バグが発動した。俺に無敵補正がかかり、STRが一定時間二百五十六倍になる。


「死ねやっ!」


 駆け込んだ俺は、間合いの長い「業物の剣」で、タコ野郎の頭に斬りかかった。すでに攻撃力が極端に増大しているので、この剣でも一撃必殺だ。わざわざ間合いの短い「冥王の剣」を使う必要はない。


 だが――。


 ゴムに斬りかかったときのように、俺の剣は跳ね返された。タコの頭には、わずかな切り傷が生じただけだ。


「なにっ!?」


 どういうことだ!


 一瞬、頭が混乱した。なにが起こったのか、わからなかった。


 これもしかして、バグ技が発動してないのか? いや、条件は全て満たした。確実に発動したはずだ。それともまさか……。


「もうひとつの可能性」に、思い到った。


 もしかして闘技場バグ、フィックスされていたのか? 運営のバグ修正が、そこまで及んだのか? ゲーム開始から時間が経ったから。この間のサンドゴーレム戦では、バグ技は生きていた。あれからたいして日数は経ってない。短時間で修正されたってのか。


「くそっ!」


 無敵効果を得てこれで決着と思い込んでいたので、敵触手の位置など、考慮してもいなかった。あっという間に、俺は触手に巻き付かれた。剣を持つ腕ごと巻かれたので、身動きが取れない。


「モーブっ!」


 ランとマルグレーテの悲鳴が聞こえた。


「HP定期回復っ」

「魔力増大」

「戦闘中HP二十パーセント増加」

「詠唱速度向上」


 予想外の事態に、ランは焦り気味だ。それでも俺とマルグレーテに、次々魔法を飛ばしてくる。


「……くそっ」


 締め付けられた胴が苦しい。


 ふと思いついた。これも罠か……。わざとバグを残したまま、神狐の洞窟で、俺にサンドゴーレムを倒させる。バグ技有効を再確認した俺は、この戦闘でも使おうとする。そこに隙が生まれる。なぜなら運営は、先回りしてバグを潰していたから……。


 そもそも、中ボス戦で中ボスフィールドにならなかった時点でおかしいと気づくべきだった。くそっ!


「風の刃、レベル三っ!」


 マルグレーテの放った斬撃魔法が、俺を捕らえた触手を半ば斬った。だがまだ解放はされない。動きが鈍くなった触手に加え、もう一本が俺を巻き始めた。


「敵行動速度二十パーセントダウンっ」


 ランの魔法も、ボス二体を襲う。


「最後はいつもあっさりだな。卒業試験ではこちらも舐めていたからやられたが……」


 ゆっくり近づいてきたサンドゴーレムロードが、悲しげな表情を作った。


「所詮、素人をめることなど簡単よ。モーブ、お前は頭がいい。これまでのイレギュラーでは一番だろう。……いや、今後のイレギュラーを含めてトップかも」

「能書きはいいから、俺を放せっ! てめえの首を叩き落としてやる」

「氷の槍、レベル四っ!」


 マルグレーテの魔法がゴーレムの体を貫いたが、ダメージは与えられない。大きな穴が開いた体は、またすぐさらさらと砂で塞がったから。ふたりの魔法を受けても、ゴーレムはマルグレーテやランなど一顧だにしない。まっすぐ俺を見つめている。


「だからこそ、おのれの策に溺れ、判断を誤ったのだ。先程お前が指摘したように、コルンバからお前が情報を聞き出すまで、なぜこっちが動かなかったと思う。それはな、お前を油断させ、深い戦略思考を防ぐためよ。情報をたっぷり得るまでなにもしなかった間抜けな敵だ。ならバグ技で瞬殺だろうと、お前が思い込むように」

鎌鼬かまいたち、レベル三っ!」


 マルグレーテの攻撃で、ゴーレムの右腕は斬られ、ごとりと落ちた。――だがまた砂が盛り上がると、腕と刀の形になる。


「モーブよ。エリク家領地地下のサンドゴーレム戦で闘技場フィールドが立ち上がったときに、気づくべきだったな。なにかがおかしいと――」


 剣を振りかぶった。大きく。


「放せっ! この砂人形野郎っ!」

「そうわめくな。安心するんだな、モーブ。あの世でも寂しくはないぞ。『羽持ち』にされたランは、もう使えない。だから一緒に排除してやろう。マルグレーテは書き換えて本筋に戻させる。――あーいや、お前と関係が深くなりすぎたか。……修正は面倒だな。ならこいつも一緒だ。なに、メインキャラがふたりくらい変わっても、なんとかなるだろ。何人か没キャラ設定があるから、そこから拾い上げてもいいし」


 そのまま野球のスイングのように、水平に剣を振る。ぶんっという、風切り音がした。


「誰がてめえにっ! こ――」

「モーブっ!」

「いやああああーっ!」


 刃が食い込む衝撃はあった。痛みは感じない。


 最後に俺が見たもの。それは、天と地が激しく入れ替わる視界と、触手に巻き取られたままの、首のない俺の体、そして目を見開き悲鳴を上げるランとマルグレーテの姿だった。

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