5 マルグレーテ奪還作戦

5-1-2 騎乗

「急ごう、モーブ」

「わかってる、ラン」


 いかづち丸といなづま丸、スレイプニールに騎乗して、俺達は駈歩かけあしで進んでいる。街道を、ノイマン家領地に向かい。


「マルグレーテちゃんが陰謀に巻き込まれたんだもん。一刻も早く、救ってあげなくちゃ」


 のほほんとしたランにしては珍しい。昨日の晩、不安そうなマルグレーテを見て、決意を新たにしたのかもしれない。


「ありがとう、ランちゃん」

「いいんだよマルグレーテちゃん。私達ふたりとも、モーブのお嫁さんだもの。マルグレーテちゃんだけそこから外されるなんて、絶対おかしいもん」

「わたくしたちふたりとも、モーブのお嫁さん……」


 恥ずかしそうに、マルグレーテは微笑んだ。


「……そうね、ランちゃん。あなたの言うとおりだわ。モーブのお嫁さんよ」


 懐の中で俺は、とあるアイテムを握り締めた。エリク家を出発する寸前、母親が、こっそりと俺に託してくれたものだ。父親も使用人も居ないところで。もしノイマン家でトラブルに巻き込まれるようなら、そのときこれをマルグレーテに渡してくれと。必ず、俺の手から直接。……なんでも、マルグレーテに力を与える、エリク家先祖伝来の魔法の指輪だそうだ。


「ねえモーブ。話を聞いてくれるかな、ノイマンさん」


 馬上のランは、心配そうな表情だ。


「わからん。だが聞いてもらう。こっちはマルグレーテの幸せが懸かってるんだ」

「そうだよね。マルグレーテちゃん、家の決まりに押し潰されて苦しそうだったもん。なんとしてでもそこから解放してあげないと」

「そのとおりだ」


 食材買い出しで地理に詳しいヨーゼフさんに、ノイマン家領地への道のりを聞いた。万端整えて俺とランが飛び出したのが十時前。馬には悪いが限界で飛ばせば、夕暮れ前にはノイマンの屋敷に着くはずだ。


 そこからは出たとこ勝負。俺は、エリク家の使いとは名乗らないと決めた。とりあえずマルグレーテが同級生と共に話を聞きにきた――体で攻めて、感触を探る。そのために俺もランも、ヘクトールの制服を着ている。もちろん武器防具も携帯してある。装備するかどうかは、現地の状況次第だ。


 相手の感触さえ掴めれば、エリク家に戻り、その後の戦略を練る。正攻法でやり合うか、それこそヘクトールでもなんでも使うか、あるいはマルグレーテと逃げるという、例の「B案」か。


 もし相手が無理やりその場でマルグレーテを拘束しようとするなら、剣で脅して逃げ帰ったっていい。なんなら戦う。俺は、そこまで覚悟を固めた。


 両家が戦闘関係になりノイマンが騒ぐようなら、裁判でコルンバの動きもバレるはず。だからノイマンは表立っては騒がない。そう、俺は踏んでいた。そもそも、謀略を巡らしたのは、ノイマン家が先だ。コルンバを篭絡して家長印を持ち出させたんだからな。ノイマンの野郎に文句つけられる筋合いはない。


 剣を抜いた俺は手配されるかもしれない。だがそれでもいい。昨日、不安を隠し切れず泣いていた娘を救ってやれなくて、どうするってんだ。


 逃げた後のことは、後でゆっくり考えるわ。俺は即死モブ。与えられた能力は低いし、主人公補正も無い。人生の難関は、その場その場で切り抜けていくしかない。これまでもそうだったし、今後も変わらん。


 俺はランとマルグレーテを守り抜く。今はそれだけ考えていればいい。決意を新たにすると、いかづち丸の手綱を握り締めた。




●次話「門前の人影」。ノイマン家に乗り込んだモーブは、敵の邪悪な正体に気づき、決戦を決意する!



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