4-5-2 エリク家使者の道
「お前自らが交渉に出向くというのか」
翌朝、俺達が申し出ると、父親はマルグレーテをじっと見つめてきた。
「はい、お父様。そもそもわたくし本人も、こちらエリク家も騙されるような形で婚姻契約をさせられたのです。その意図をまず掴まないと、今後、こちらの出方も決められません。
「うむ」
父親は頷いた。傍らの母親は膝に手をきちんと乗せたまま、黙って俺達の話を聞いている。
「最悪の展開というほどではない、政治的に考えるなら残念だが縁談を進めるしかない――。昨日、シェイマスさんはそう仰っていましたよね」
「ああ、そうだ」
俺の言葉に、父親は認めた。
「つまりこの縁談は、こちらから見て不承不承ということだ。……ならまず、先方の考えを知るべきでしょう」
「それは、私もそう思っていた」
実際の式次第交渉などを通じ、マルグレーテが少しでも幸せになれる道を模索するつもりだったと、告白した。
当主たる自分が出て険悪になれば、その後の婚姻交渉が難しくなる。悪いが使者として矢面に立ってくれと、懇願してくる。
父親は父親なりに、戦略を考えていたんだな。ただただ成り行き任せの男というわけじゃないとわかったわ。そりゃそうか。無能無戦略では、長年領地運営なんかできないもんな。
「ただ……、相手は陰謀まで使ってきた。その狙いはマルグレーテだ」
父親は俺を見つめる。
「マルグレーテが直接ノイマン家に行くというのは、危険に飛び込むことになる。……最悪の場合、『婚姻』ということで、そのまま拘束されるかも」
「安心して下さい。絶対そんなことはさせません」
「モーブ殿、君が我が娘を守ってくれるというのか」
「誓います。俺の命に懸けて」
「うむ……」
そのまま黙ってしまった。なにか考えている様子だ。
「大丈夫だよ、お父さん」
ランが口を挟む。
「モーブはね、いつだってみんなを助けてくれるんだ。私は命を救われたし、Zクラスの仲間は、夏の遠泳を楽しんだよ。それにそれに、魔物がヘクトールを襲ったときだって、モーブが全部のクラスを解放したんだ。それに――」
「ありがとう。ラン殿は、優しい子だね」
父親は微笑んだ。
「君がマルグレーテの親友になってくれて嬉しいよ。マルグレーテは、家を出る前と今で、全然違う。なんというか、神経質でぴりぴりしたところが消え、優しくなった……」
「そうかしら……」
照れたように、マルグレーテが微笑む。
「ええ、お父様のご判断に、間違いはありませんよ」
初めて、母親が言葉を発した。
「わたくしにもわかります。あなたは成長した。それはねマルグレーテ、モーブさんとランさん、おふたりとあなたが仲良くなったからよ。……強い絆があるでしょう、三人には」
「ええ、お母様」
マルグレーテは、背筋を伸ばした。
「わたくしは、モーブやランちゃんと生きていくと決めました」
マルグレーテは、きっぱりと言い切った。
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