11-2 恋愛フラグ管理

「……」


 目の前に、マルグレーテの真っ白な背中がある。風呂のために髪をアップにまとめているので、きれいな体のラインが丸見えだ。いつものように風呂で背中を洗ってやっているところ。先に済ませたので、ランは湯船に漬かってなんやら楽しそうに鼻歌を口ずさんでいる。


「……」


 貴族令嬢ならではの繊細な背中を傷つけないよう、そっと手のひらで撫でるようにしながら、俺は先程のフラグのことを考えていた。あれは明らかに、パーティー仲に関連するフラグだろう。会話の内容からしても、そのタイミングだったし。パーティークラスが上がったとか、その類の。


 加えてランは、卒業試験のときにキスをしてきた。恋愛関係のフラグが直近立っていたのは明白。なら、マルグレーテのフラグも、その線に沿って進展しているはずだ。


「……」


 マルグレーテには、「お父様の言いつけ」という心理的肉体的な拘束がある。男に体を触らせてはならないという命令だ。だから裸で抱き合って眠っていても、俺は体に触らないようにしている。少なくとも「そういう空気」になる領域は。寂しがったマルグレーテが望んだときだけ、背中を撫でてやる程度だ。


 ……だが。


 だが、風呂は別。マルグレーテは以前、「それは実家で侍女に洗わせているのと同じ」だと言っていた。だからこそこうして、背中や尻、首なんかは洗わせてくれるわけだし。


 フラグが立った今なら、背中以外も洗えるのではないか?


 それが、先程から何度も頭の中をぐるぐる回っている疑問だ。


「……」


 えーい面倒だ。試してみるか。


 嫌がられたら、止めればいいだけだよな。それはフラグがまだ充分成熟していないという証拠になる。フラグ管理がしやすくなるから、ゲーマー俺としては、むしろ助かる。それにマルグレーテとは、もう心がしっかり繋がっている。拒絶されたとしても、それで嫌われることはないはずだ。


「……」


 さりげなく、俺は手を前に回した。泡まみれの手で、腹を撫でるように洗ってやる。


「……っ」


 一瞬、体がぴくりと動いたが、マルグレーテは言葉を発しない。腹、温かいな。肌を通して微かに腹筋を感じるのがまたいい感じというか。俺が自分の腹触ったときと、感触が全然違うわ。


 しばらく腹を撫でていたが、特に嫌がる様子もない。これはもっと進められるかも……。


 意を強くした俺の手は、そのまま太腿へと侵攻した。マルグレーテはなにも言わない。両手で自分の膝を握るようにしたまま、下を向いている。ついでにその手も撫でてやってから、脚の付け根に移った。……が、さすがにぴったりと脚を閉じているので、あまり先までは洗えない。ちょっと周囲より柔らかくなっているあたりに指が到達するのが精一杯だ。


 身持ちが堅い……というかR18フラグ強固だなー……。まあ、マルグレーテよりずっと前に俺にデレたランに対しても、俺からはまだ体触ってないしな。ランが気まぐれに俺を胸に抱いてくれたりする程度。その意味で、今はラン相手より先に進んでいることにはなる。恋愛フラグ管理としては、大進歩だろう。


 諦めて、反対方面を目指すことにした。へその周囲を洗ってから、もっと上に。親指と人差指が胸の下に当たるまで。


 指の端に柔らかな領域を感じるが、特に反応はない。ここまでは問題なさそうだ。とりあえず脚から胸の下までは、フラグが開放されてるんだな。少なくとも「風呂で洗う限り」という限定条件下では。


「……」


 思い切って、手を進めてみた。両胸を包むようにして、優しく洗ってみる。


「……っ」


 嘘だろ。


 洗えてるじゃん、俺。


 マルグレーテ、大騒ぎしたりしないじゃん。


 大感激だわ。とりあえず俺の感慨は表に出さないよう注意して、いやらしくないように、淡々と手を動かす。


 はあー天国……。


 だってそうだろ。もちろんこれ、石鹸で洗っているだけなんだが、考えようによっては「胸を揉んでいる」と同義だよな。


 柔らかい。けど、スポンジのようにだらけきった柔らかさってわけじゃなく、芯がある。これが女子の胸か……。


 まだランでさえ、胸を触れていない。遠泳大会のとき、心臓の音を聞いてみろとかで、ランが俺の手を自分の胸に当てたときくらい。もちろん前世では皆無の体験だ。なのに俺は今、貴族令嬢の胸にアクセスできている……。


 夢としか思えない。


 夢中で洗っていると、周囲よりことさら柔らかかった胸の先が、逆に硬くなってきた。俺の手のひらを、けなげに押し返してくる。


「……モーブ」


 マルグレーテが、顔を捻った。俺を見つめている。試しに顔を近づけたが、嫌がりもしない。むしろ俺の正面に合わせてくる。俺がもっと近づけると瞳を閉じて……。


「……」


 唇が重なった。柔らかくて、温かい。ランとのファーストキスは、怪我で意識朦朧だった。だからよくわからないまま終わったが、今回は違う。女子の唇というものを、魂の底から感じた。


「……あっ」


 胸を撫でていると、熱い吐息と共に唇が開いた。試しに舌を差し入れてみると、マルグレーテは吸ってくれた。夢中で。赤子が母親の乳を求めるかのように。


 気がつくと、俺はもう胸を洗ってはいなかった。華奢な体を、後ろ抱きにしている。体を捻ったマルグレーテは俺の胸に体を預け、唇を与えている。閉じた瞳から涙がひと筋流れた。


 俺達ふたりを包むように、赤い輪が生じて消えた。


 フラグだ。今日ふたつめの。




●ランとマルグレーテを寝かしつけたモーブは深夜、目の前に立ち塞がる様々な謎を考察する……。次話「運営の影」。


●あと業務連絡

本日月曜につき、本作と並行して週一連載中の「底辺社員の「異世界左遷」逆転戦記」、最新話を先程公開しました。こちら本作同様、ハズレ者の底辺社畜が主人公、百万字の大長編で読み応えたっぷり。最新話では主人公の祖先が大魔王サタンを孕ませた謎の展開にwww 気楽で楽しい異世界ラブコメになっておりますので、よろしければ冒頭第一話だけでも覗いてみて下さい。


最新話:

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891273982/episodes/16817139555291875258

トップページ:

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