7-5 底辺Zテーブルの楽しい飯

「ふう……」


 マルグレーテは、ほっと息を吐いた。大講堂の外、繋いだ馬の首筋を撫でながら。


「ちょっと汗かいたわね。ふたりとも疲れた?」

「ううん、楽しかったよー。すごく喜んでもらえたよね、みんなに」

「そうね。モーブの狙いどおり。演舞よりなにより、年末を学園生みんなで楽しもう、楽しませようってコンセプト、伝わったわ。さすが、モーブよね」

「いやお前の組み立てが良かったからだよ、マルグレーテ」


 手をぎゅっと握ってやると、マルグレーテは赤くなった。


「あ、ありがと……」


 消え入りそうな声だ。


「見てた人だけじゃないよー」


 ランは、いかづち丸の鼻筋を撫でた。いかづち丸は、ランの頬をしきりに舐めている。午後とはいえ、冬の屋外は寒い。演技で汗をかいた馬の体からは、湯気が立っている。


「馬の子もみんな、楽しかったって」

「そうね。そう思っているって感じるわ。わたくしのスキルで」

「腹減った。飯のテーブルに行こうぜ」

「そうしましょうか」

「なら……」


 そこにいた学園スタッフに、馬を小屋に戻すよう、頼んだ。


「じゃあ行くか。……マルグレーテもいいか? Zのテーブルだけど」

「いいわよ」


 うーん……と、天を仰いでみせた。


「SSSドラゴンの気取ったテーブルは、もう飽き飽き」

「そんなもんか」

「ええ。みんな腹の探り合いと、婉曲的えんきょくてきなマウント合戦ばっかりだもの。退屈な貴族の政治と、まるっきりおんなじ」

「へえ」

「表向きは褒めてるんだけど、よくよく考えると、裏に侮蔑ぶべつが隠れた嫌味だったりとか」


 はあ京都人みたいなもんかな。


「おうモーブ」


 底辺クラスZのテーブルに赴くと、仲間が手を上げて迎えてくれた。


「面白かったぞ。お前らの演舞……てか演技か。……まあどっちでもいいや」

「……というか、こいつは驚いた」


 マルグレーテを見て、目を丸くしてるな。


「わたくしもご一緒して、かまわないかしら」

「ええもちろん」


 誰かひとり、硬直したように立ち上がった。


「マ、マルグレーテ・エリク様にお、おかれまひては、ほひへんうるわひう」

「お前、使い慣れない言葉使うから、噛みまくってるじゃねえか」


 隣の奴にツッコまれて、テーブル大爆笑だわ。


 まあ男ばかりの底辺クラスにふたりめの女子、しかも雲の上SSS所属の、貴族の令嬢だからな。舞い上がる気持ちはわかるが、まず落ち着け。


「モーブが来たんだ。みんな場所空けろ」


 ガタガタ音を立てて、適当に移ってくれたわ。ついでに俺達の飯と酒も誰か、取ってきてくれた。


「マルグレーテは、俺とパーティーを組んで卒業試験に挑むんだ。このテーブルでも仲良くしてやってくれ」

「わかった……てかもちろんだ」

「とりあえず食えよ。今日は俺達一般学園生でも、貴賓食堂の飯を味わえる日だからな」

「そうだ。なんでも学園の料理人総出で、貴賓食堂総料理長の指揮の基、全力で作ったんだってよ」


 今日腕が認められると、四月の異動で貴賓食堂に抜擢されたりもする。だから一般食堂の料理人も、かなり気合が入ってるって話だ。


「だからおいしんだねーっ」


 ランはもう、肉団子をぱくぱく食べている。


「食材も、とっておきのものを放出しているって、この間、SSSの夕食テーブルでも話題になっていたわよ。……ありがと」


 葡萄酒を注いでくれた小太りのZ生に、にっこりと微笑んだ。


「あなたもしかして、トルネコ商会の方?」

「え、ええそうです。マルグレーテ様」


 飛び上がった。


「僕が将来出す店の名前、よくご存知で」

「モーブが教えてくれたのよ。近い将来、優れた武器屋が生まれるって」

「か、感激です」


「トルネコ」はもう、倒れんばかりだ。


「頑張って、いい商売人になってね」


 にっこり。


「はわーっ」ドタン。

「倒れたぞ」

「大丈夫だ。そこらに寝かしとけ」

「今度は俺がマルグレーテ様の隣に座る」

「その席は俺んだ」

「酒やるから譲れ」

「自分で注いでくるわアホ」


 ここでも大騒ぎだ。


「それにしてもマルグレーテ様は、テイムスキル、すごいですね」

「あら、そう。ありがと」にっこり。

「多分学園一じゃないかって、俺達だけじゃなくて、いろんなクラスの奴が言ってました」


 はあ良かったなマルグレーテ。目論見どおり貴族の子弟経由でこの噂が里まで伝わって、「お父様とお兄様」に言えるといいな。自分を自由にしろ、俺やランと旅をさせろって。


「それにしても……」


 家にがんじがらめの貴族ってのは、面倒なんだな。なんとかマルグレーテの力になってやれないかと、実は俺も考え始めてはいる。


 だってそうだろ。マルグレーテはもう、俺のパーティー仲間だ。それにブレイズのハーレム要員というゲーム本来のくびきからも逃れて、多分だが俺と恋愛関係になるように世界線が分岐しつつある。そんな女を「ま、頑張ってねー」で放り出せるほど、俺は冷酷じゃない。


 そのためにもまずは、卒業試験を無事に終えることだ。その頃には、俺とランも、そこそこの資金が貯まる。多分一年くらいは働かなくても食える程度の。浮いた時間を使って、なんとしてもマルグレーテを救ってやるさ。


「モーブ、もっと食べなよ」

「ランもな。……マルグレーテも」

「わたくし、もういっぱい頂いていてよ。……このテーブル、気取りがないから楽しいわ。SSSよりずっと」

「マルグレーテちゃん、このデザートおいしいよ」

「パイね。生地がさくさくでおいしい。……香りもいいわね。発酵蜂蜜と発酵バターを使っているに違いないわ」


 食って飲んで、楽しく過ごして、ボロ旧寮に帰ったよ。もう特に誘わなくても、マルグレーテは勝手についてくる。最近だと週の半分くらいは、自然に泊まっていくからな。


 裸での添い寝に慣れてきたせいか、風呂でもタオルぐるぐる春巻きにはなってない。普通に全裸だ。大人しく体を洗わせてくれるし、時にはランの代わりに、俺を洗ってくれたりもする。


 いつものように三人、抱き合って眠ったよ。来年も楽しい一年になりますように、マルグレーテを救えますようにと、祈りながら。



●明日5/16は変則的に2話公開します。

午前0:03 次話公開

午後0:03 その次公開

2話で合計1万字近いので、たっぷり楽しんで下さい。


●次話から新章「第八章 卒業試験クエスト、ダンジョン選択」開始!

年が明け、卒業試験クエスト用の全ダンジョンが公開された。難易度も特徴も異なる数多の候補から、どれを選ぶべきか……。学内がざわつく中、モーブはとあるダンジョンに目をつける。それは原作ゲームに登場しなかった、謎の存在だった……。一方、勇者ブレイズはとんでもない選択をして、学園生どころか教師からも呆れられる……。乞うご期待!

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