8 卒業試験クエスト、ダンジョン選択
8-1 謎のダンジョン
年が明け正月休みが終わると、卒業試験ダンジョン一覧が公開された。
どのダンジョンも、先着順でひとつのチーム独占と決まってるわけじゃない。何組も同じダンジョンだって構わない。だから急いで決める必要はないんだが、それでも戦略を立てる関係がある。
俺達も放課後に覗いてみたが、会場となった五階大会議室は、学園生でごった返していた。
「うわー。すごい人だかりだねー」
なんとか会場に潜り込むと、ランが目を見開いた。
各ダンジョンの名称と簡単な概要が一枚の紙にまとめられ、壁にずらっと張られている。ぱっと見、百は下らないだろう。五十人くらいの学園生が、ああでもないこうでもないと、熱心に覗き込んでいる。
テーブルに積まれているのは、各ダンジョンの詳細な解説だ。そちらは貸し出し制で、一度にひとつしか持ち出せない。
「みんな、せっせとメモを取っているわね」
「モーブ、私達もそうする?」
「いや、ラン。今日のところは、ひととおり見るだけにしよう。一晩寝ながら考えて、しっかり検討するのは明日からだ」
「まず全体像を把握してからってことね。さすがはモーブだわ」
頼もしげに、マルグレーテが見上げてきた。どんな案件でも一晩置いたくらいのほうが、冷静に判断できるしな。社畜時代の知恵だわ。
「じゃあ行こっ」
ランが俺の手を引いた。
「右回りに見ればいいよね」
「ああ」
ひとつひとつ、ゆっくりチェックした。
――魔導ゴーレムの洞窟――
――人食い水草の毒沼――
――大賢者の試練――
――ネプチューンの浜辺――
――滅びたドワーフの地下迷宮――
どれもダンジョン名の下に、難易度や登場モンスター、宝箱アイテムやクリア条件などが、ざっと書いてある。気になるダンジョンがあれば、テーブルの資料を借りて詳細を読み込めってことだろう。難易度の高いダンジョンほど基礎点が高いから、もちろん試験合格に近い。
点数は頭割り。人数多めで難易度高めを選ぶか、少人数の精鋭で難易度低めを選ぶかなど、各チーム戦略の見せ所だ。
「やっぱりか……」
想像どおりだった。どれもこれも見たことがある。いやつまり、ゲーム本編で登場した学園編卒業試験ダンジョンと、全く同じだ。
俺はゲームを三周しかしていないので、クリアしたのはもちろん、たった三つのダンジョンだけ。試しに挑戦して「こりゃ駄目だ」でリセットしたものを含めても、十はない。
それでも攻略ウィキには、各ダンジョンの攻略情報が詳細に載っていた。成績を上げやすいダンジョンだの、アイテムのおいしいダンジョンだのは、プレイヤー間でもある程度評価が定まっている。
だから俺も、その知識を元にダンジョンを選択するつもりだ。
「とはいえなあ……」
今回は現実だ。本来のゲームであればプレイヤーは主人公ブレイズ筆頭のパーティーを組むから、話は早い。だが俺は本来、初期村で惨殺されていた、ただのモブだ。ゲーム開発者は、なんの能力も設定してくれていない。
ひとつひとつ、ざっくりダンジョンの名称と内容をチェックして回りながら、俺は考えた。
そんな能無しの俺がこれまで学園編のイベントをクリアできていたのは、バグ技や隠しルートを使ったからだ。それが使えなくては、詰んでいただろう。
もちろん、この卒業試験ダンジョンにだって、バグはいろいろ隠れている。それは攻略ウィキで情報共有されていた。
だがバグってのは基本、箸にも棒にもかからないものがほとんど。進行不能バグとか、宝箱が開かないバグ、ある階層に入ると味方が戦闘に参加しなくなるとかな。敵も味方もダメージ一ずつしか与えられなくなる上に「逃走」が効かなくなって、一回の戦闘終了に数時間かかるからリセットするしかないとかさ。
闘技場バトルバグのようなプレイヤー有利バグなど、そうはない。俺の知る限り、無能前衛率いるDEFよわよわ魔道士チームでクリアできる裏技など、学園卒業試験ダンジョンのどれにもない。
なにか突破口でもないかと思って見ているんだが、どうにもいい手が思いつかない。
「……どうしたのモーブ」
マルグレーテが、俺の腕を胸に抱いた。ランが始終くっつくのを見ているからか添い寝で慣れたためか、最近はマルグレーテも気軽にボディータッチしてくる。
多分、両方が理由だ。それに誕生日イベントで、SSSの自分は底辺Zの俺と仲がいいと、全校に宣言したも同然だ。あれでなにか吹っ切れたというのもあるだろう。
「さっきから急に黙りこくっちゃって」
「いや……結構難しそうなダンジョン多いなって」
「そう?」
不思議そうに、首を傾げた。
「モーブの力をわたくしとランがサポートすれば、そこまでリスクを取らなくてもクリアできそうなものも多かったけれど……」
壁の情報を指差す。
「たとえばこの、『ガーゴイルの活火山』とか。難易度も百点満点中六十六点だから、三人だけでクリアすれば、合格はまず確実だし」
「ガーゴイル……」
ランが、俺の手をきゅっと握ってきた。
「怖がらなくていいよ、ラン」
頭を撫でてやった。
「あら。どうしたの」
「俺達の村、ガーゴイルに襲撃されて全滅したんだ」
「えっ……ご、ごめんなさい」
マルグレーテが口に手を当てた。
「気にしなくていいよ。むしろ復讐になるし。なっラン」
「う、うん……」
ランは、なんとか微笑んだ。やっぱり知り合いが殺されたの、辛いよな。気持ちはわかるわ。モーブ役とはいえ中身の社畜俺は、村人と触れ合った過去はない。だからランほどはキツくない。それでも会話を交わした連中が、十分後には全員死んだんだ。楽しいわけじゃない。
「予定通り、最後まで見て回ろう」
「そうね……」
マルグレーテは、もうなにも言わなくなった。じっと見て回る俺の横で、大人しく一緒に情報を読んでいる。
――崩落した遺跡の地下ダンジョン――
――湖に沈んだ太古の村――
――ダークエルフの遺言状――
――突然隆起した大洞窟――
「えっ……」
――突然隆起した大洞窟――
「これは……」
いや、こんなダンジョン知らんぞ。攻略ウィキの一覧には載ってなかった。絶対だ。賭けてもいい。なんでそんなダンジョンが登場してるんだ。これも、世界線分岐の影響なのか……。
概要に目を走らせた。
――突然隆起した大洞窟――
難易度:八十五
登場モンスター:なし
宝箱アイテム:謎のアーティファクト、消費アイテム、クラスB装備
クリア条件:指定された七つの宝箱をすべて回収し、制限時間内に入り口まで戻ること。戻れば百点。戻れなければ零点。
こいつは変わっている。クリア条件で一番多いのは、最奥部の中ボスを倒して戻ることだ。ただそれだけだと獲得点数は、それほど高くない。途中、どれだけ宝箱を回収したかとかダンジョンを回り道して地図を完成させたかとか、効率のいい戦闘をこなしたとか。――そういった状況が魔法で学園に監視され、得点として加算されていく。
いやつまり、オリンピックの体操競技のようなもんよ。鉄棒くるくる回るだけではたいした点は出ない。難易度の高い技や芸術性の高い技を入れ、フィニッシュをきれいに決めてこそ、高得点が出る。
ダンジョンのクリア条件と卒業試験合格条件は別だからな。クリアしても不合格は、普通にある。
逆に、クリアせずの試験合格は、絶対ない。だからどのチームも、自分達でクリアできるレベルのダンジョンを選ばないと、落第決定だ。クリア余裕の軽めダンジョンを選び、その上でポイントをどれだけ積み上げられるかに全力を尽くす――。それが、一般的な戦略だ。
ところがこのダンジョンは、零点か百点。どちらかしかない。まあまあ頑張ったから四十八点な――という判定がない。八十五という難易度のダンジョンを完璧にクリアするしかない。
「見たことのないダンジョン。それに奇妙なクリア条件……か」
「変な話だねー、モーブ」
ランも首を捻っている。
「このダンジョン、選ぶのに勇気がいるわね」
ランが元気になったからか、マルグレーテもようやく口を開いた。
「だってそうでしょ。完璧クリアしか認めないって言うんだもの。おまけに難易度八十五とか、かなり難しいって意味だし」
「そうだな……。普通はこんなの選ばない。だが……」
だが、今の俺にとっては別だ。なにしろ、敵が一切出ないとある。なんの能力も技もない、徒手空拳のモブにとっては魅力的だ。
バグ技なしの戦闘が生じても、ランとマルグレーテの魔力があれば、雑魚戦はなんとかなるだろう。だが、ほとんどのダンジョンのクリア条件になっている中ボス戦だと、そうはいかない。前衛が瞬殺される俺のチームは、まず確実に全滅だ。
これはまだ学内イベントだから、クリア条件未達で全滅しても学園に転送され、命に別状はない。だがもちろん卒業試験は不合格。俺とランは特待生の地位を剥奪され、学費が払えず放校となる。SSSクラスに所属しながらも落第したマルグレーテは、エリク家の恥として退学を余儀なくされ、実家で叱責、下手すりゃ
なら、戦闘無しとわかっているこのダンジョン、ここに挑むしかないんじゃないか。俺のゲーマーとしての記憶では、卒業試験に戦闘無し条件のダンジョンなど無かった。この後全部を一応見てみるが、おそらく皆無だろう。
「ひととおり、最後まで見てみよう」
「それがいいわね」
考え込んだままの俺は、ランとマルグレーテに腕を引っ張られるようにして、残りのダンジョンをチェックしてみた。だがやはり、予想通り。他は全て攻略ウィキで見たことのある奴ばかりで、即死モブチームがクリアできそうなダンジョンは無い。
「よし、今日はここまでにしよう」
「そうだねー。私、お腹減っちゃった。もうすぐ晩ご飯だもんね」
「どれかひとつ、資料借りていく? モーブ」
「そうだな……」
マルグレーテに促されて、俺は壁を指差した。
「『突然隆起した大洞窟』、あれにしよう」
「だと思った」
ほっと息を吐いた。
「モーブったら、あれ見てからずっと、心ここにあらずって感じだったものね」
テーブルの中央から、このダンジョンの資料を取り上げた。貸し出し手続きをする。
「とりあえずひと晩、俺が読んで考える」
俺は資料を振ってみせた。
「明日また、三人で打ち合わせしよう」
「決まりね」
マルグレーテは頷いた。
「今晩も泊まりに行くけど、いいわよね」
「いいよーマルグレーテちゃん。だってもう、毎日のことじゃない」
「モーブもいい? その資料読むのに邪魔なら、今日は寂しいけど我慢する」
「マルグレーテが一緒に寝てくれるのに、断るわけないだろ。お前最近、俺に優しいし」
「わたくしは、いつでも優しいでしょ」
ぷうっと頬を膨らませると、俺の腕を優しくつねってきた。
「最初はもっとツンケンしてたろ」
「それは……モーブのこと、まだよく知らなかったし」
「最近はマルグレーテちゃん、三人で寝るの楽しみにしてるよね。誰よりも早く寝台に入って、モーブのこと呼ぶし」
「そ、そんなことないもん」
赤くなった。
あるけどな。俺が入るなり抱き着いてきて、胸に手を置き脚と脚を絡ませて、俺の肩や胸にキスしたまま眠るし。ときどき脚が俺の下半身に掛かってるけど、あれマルグレーテ、なんだと思ってるんだろうな。
「さあ、行こうか」
ランとマルグレーテ、ふたりに手を回して、俺は大会議室を出た。スカートの尻を触られても、ふたりとも特に嫌がったりはしない。
マルグレーテは、俺に寄り添ってきた。安心しきった表情で。
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