7-4 俺達の馬術

「行くわよ」


 舞台の袖で、マルグレーテが俺とランを振り返った。


「うん」

「おう頼む」


 今日の演目と演出は、マルグレーテが考えた。だからリーダーは任せている。


 そもそも演題が馬術だからな。ランは田舎育ちだから、馬に乗るのはうまい。マルグレーテは貴族で乗馬は嗜みだし、そもそも本人も大好きって公言している。


 俺だけなんとかごまかせれば、そこそこ見られる内容にはなるってことさ。俺は即席でいろいろ習ったが、所詮付け焼き刃だ。リーダーの器じゃない。


「ふたりとも、跨って」


 舞台袖スタッフの手を借りて、馬に跨った。俺は、学園でいちばん大人しくて安全ないかづち丸だ。あのとき俺とランで骨折を治してやったからか、俺にもかなり懐いているし。


 俺の横に並ぶランは、いなづま丸。いかづち丸はそもそも迷い子馬だったんだと。同じくらいの子馬「いなづま丸」と仲良くなったんで、同じ雷繋がりで「いかづち丸」って名付けられたんだってよ。芦毛あしげのいかづち丸に対し、いなづま丸は雪のように白い白馬。ランの金髪がよく映えるわ。


 先頭に立つマルグレーテはもちろん、漆黒のスレイプニールに跨っている。


「それ、どぅ」


 マルグレーテが小声で命令すると、スレイプニールは大人しくステージへと歩み出した。


「さあいかづち丸。お願いねっ」


 俺が跨るいかづち丸の鼻先をランが撫でると、いなづま丸もそれに続く。ランのいなづま丸も進む。俺がうまく命令できなくてもランの言うことを聞くよう、前もって練習してたからな。楽でいいわ。


「見ろよモーブ組。馬なんか持ち出したぞ」


 俺達が舞台に進むと、観客席がざわついた。


「マジか。こんなざわついた室内で馬とか、よく暴れないな」

「マルグレーテはSSSのテイム授業で、トップの成績だったわよ。多分、彼女の力が大きいと思うわ」

「ここであんなに大人しいってことは、この馬、ダンジョンにも連れてけるんじゃないか」

「間違いない。急階段やはしごのある狭いダンジョンだと無理だ。でもドラゴンとかが眠る、緩やかで大きな洞窟なら、馬も臆さず進むだろう」

「テイムスキル凄いわ」

「てかお前ら真面目かよ。ここはランとマルグレーテの脚見るところだろうが」


 たしかに。ふたりとも制服なのでミニスカート姿だからな。それで鞍に跨ってるんだから、きれいな脚が付け根まで丸見えだ。


「はやく速歩にならんかな」

「ス、スカートめくれるよな。風で」

「ああ。丸出しだ」

「ごくり……」


 とりあえず男はあらかた大騒ぎしてるようだわ。


「どう……どう」


 ステージ中央、横一直線に並ぶと、馬三頭が頭を下げてお辞儀した。大拍手が巻き起こる。


「さあ」


 俺とランに目配せすると、マルグレーテはスレイプニールを常歩なみあし――つまりゆっくり歩かせ始めた。ステージ全体を使い、ゆっくり右回りで進む。俺とランの乗った二頭も、大人しく続く。


「はっ」


 一周してマルグレーテが掛け声を発すると、三頭は速歩に移行した。また一周すると、駈歩かけあしになる。


「すげえ」

「ステージの端でも怖がらず、速度も一切緩めない」

「くそっ、速すぎてパンツ見えん」

「せ、せっかくスカートめくれてるのにぃ……」

「三頭、息が合ってて、フォーメーションが崩れないじゃないの」

「これ三人とも、テイムスキルが凄いのか」

「下着何色だ? もっとステージの照明明るくしろよ」


 ちょくちょくエロ感想が交ざってはいるが、好評みたいだな。


 バラしちゃえば、実は全員のテイムスキルが高いわけじゃない。マルグレーテのテイムスキルが三頭をうまくコントロールしてるんだ。ランは角度や速度とか微修正くらいしてるんだろうが、俺はなんもやってない。大人しく賢いいかづち丸が、マルグレーテの意図を汲んで、走っているわけで。


「違うわ。マルグレーテからは強いテイムスキルを感じ取れる。でも残りのふたりからはなにも感じないもの」

「……てことは」

「チャームだ」

「あのふたり、CHAが高いってのか」

「ああ、多分。カリスマ値が高いんだろう」

「いや十五歳でカリスマ値を持つとか、奇跡だろ。それ上級職にジョブチェンジしてからの話だぞ。初期職だと、どの職でも基本ゼロだ。アイテムでも使わない限り」


 勘違いご苦労。まあもしかしたらランあたりは、少しはCHA値を持ってるのかもしれん。メインヒロインだし。でもスキル値とか、俺は見えないからな。なんたって俺はこのゲームのキャストであって、プレイヤーじゃないから。だから実際そうなのかはわからん。


「どぅ」


 一周すると、常歩に落とす。もう一周してステージ中央に戻ると、三頭はまた頭を下げた。


「かわいいっ」


 拍手が巻き起こった。


「覚悟はいい? ちょっと危険よ」


 左右の俺とランの顔を、マルグレーテが交互に見る。


「任せた」

「マルグレーテちゃんならできるよ。信じてるもん」

「うん。わたくし、絶対失敗しないから」


 マルグレーテが、スレイプニールを上手いっぱいまで誘導した。そこでこちらに、馬の鼻面を向けさせる。


「……何する気だ、モーブ組」

「残った二頭でおじぎするとか」

「意味ないわアホ」


「はっ!」


 ひときわ大きな声で命令すると、スレイプニールは駆け始めた。俺とランの乗る、いかづち丸といなづま丸に向かって。どんどん速度を上げて。


「おいおい」

「激突するぞっ」

「狂ったのか、マルグレーテ……」

「あ、危ないっ!」


 ギャラリーから悲鳴が巻き起こった。半分くらいは、席から立ち上がっている。馬を落ち着かせるように、俺とランは首筋を撫でている。


「跳んでっ!」

「ぶるるっ!」


 ぶつかる寸前、スレイプニールは跳躍した。高く。馬上で身を屈めた俺とランの上を越え。ごおっという風切り音が、頭上を通り過ぎた。一瞬遅れて、ランの髪が風に大きくなびくのが見えた。


「カンッ!」


 続いて、スレイプニールのひづめが、大講堂の床を叩く音。会場中の悲鳴の中ですら、はっきり聞こえた。それだけ脚に負荷が掛かった証拠。乗馬スキルの高いマルグレーテだからこそなしえた、短距離での加速と跳躍、そして着地だ。


 それに実は魔法適性の高いランが、陰で魔法補助してたからな。まず、初期の浮遊魔法。普通はダンジョンで毒の沼なんかを安全に渡るのに使う奴。それに怪我を未然にカバーする回復系の補助魔法と。どちらもスレイプニールに施してた。


 俺はなんもせん。練習のときだって、演技の前後でラン頑張れマルグレーテよくやったなと言うだけ。単なるチアリーダー役だ。言ってみればエンチャント担当の補助魔道士のようなもん。


 それだってエンチャント魔法とか使えないんで、ただ見つめ合って手を握ったり、ハグして褒めるだけだが。それでもふたりには効果があるみたいだ。多分、パーティーフラグが立ってるせいだな。あと……おそらくは恋愛フラグと。


「カツカツ……カッ」


 一転、静まり返った会場に、スレイプニールの蹄の音が響く。漆黒の馬は、いかづち丸といなづま丸の間に戻ってきた。三頭がまた、頭を下げる。


「すげえ……」

「マジか」

「ここでかいとはいえ、講堂だぞ。ちょっと行き過ぎたら、あの黒いのだってどこかにぶつかっても不思議じゃないのに」


 静寂の中、ギャラリーがぽつぽつ感想を口にし始めると、一拍遅れて、今度は大きな拍手が巻き起こった。大歓声も。ブラボーという叫びも。


「それに二頭の馬。すごい勢いで突っ込まれたというのに、怖がりもしなかったぞ」

「どうやって手なづけてるんだ」


 もう、パンツがどうとかいう声は聞こえない。


「さあ、降りましょ」


 マルグレーテに促され、三人で馬を降りた。いや俺も、とりあえずくらから降りるのだけはひとりでできるようになったからな。それだけに集中して練習したから。そしたら最悪の恥だけは、かかずに済むだろ。


 馬の前に進むと三人で手を繋ぎ、頭を下げる。割れんばかりの拍手が、俺達を包んだ。


「面白かったね、モーブ」

「そうだな、ラン」

「マルグレーテちゃん、すごいよ」

「まだ終わってないわ。行きましょ」

「おう」


 手を繋いだまま、ステージをゆっくり歩く。俺達の後を、三頭が慕うようについてきた。それを見て、会場から笑いとどよめきが巻き起こる。


「見ろよ。特に命令してないのに、馬がモーブ組をついて回ってるぞ」

「どんだけ懐いてるんだ」

「かわいいっ」

「黙ってても馬がついてくるくらいテイムスキルとCHA値が高いなら、フィールド出ても雑魚戦なしで進めるだろ。モンスターのヘイトを一切引き寄せないから」

「ああ。モーブ組が山賊と戦ってたら、乱入してむしろ助けてくれるまである」

「補助スキルだと思って俺、テイムなめてたわ。もっと真面目にテイマー授業受けてたら良かった」

「来年度に受けたらええ」

「それ俺、落第するってことか」

「お前の実力じゃあ卒業試験、落第だろ」

「マジかよ俺、今日はやけ食いするわ。せっかくの貴賓食だし」


 大騒ぎだ。


 ステージを一周してまた中央に戻ると、三人で頭を下げた。真似するかのように、三頭も首を縦に振っている。大拍手の中、俺達は袖にはけた。



●次話、底辺Zテーブルでモーブが大喝采を浴びる! 明日日曜7:08公開。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る