5-2 遠泳大会、特殊ルール下の戦略とは……

「じゃあZクラス、遠泳大会、参加するんだ」


 旧寮のボロ部屋。俺とランのベッドに腰を掛けたマルグレーテは目を見開いた。


「そうだよ、マルグレーテちゃん。モーブがねえ、みんなを説得してくれたんだー」


 いやラン、それは少し認識が違うぞ。全員、お前の水着姿と平泳ぎの真後ろ狙いで転んだんだ。考えてみれば、男って悲しい存在だわ。下半身の判断力に逆らえないんだからな。


「へえ。驚いた」


 寝巻き姿のまま、マルグレーテは俺をまじまじと見つめた。どこをどう気に入ったのか、あれからマルグレーテは何度か「お泊まり会」に来ている。今日もそれ。晩飯と風呂が終わって、後は寝るだけでダベってるわけよ。


 あーちなみに、風呂でマルグレーテを洗ってても、もう鼻血が出るほどには興奮しないわ、俺。最初のときは下半身が微妙にヤバかったけど。慣れてきて妙に仲間感……というか家族感が出てきたのと、ランと暮らして下僕体質に調教されたせいだと思ってる。


 まだR18版初体験フラグが立ってないためだろうが、ラン、無邪気だからなー。一緒に生活してると、向こうが無垢な分、エロより萌えが先に立つんだよな。ラン、かわいいなあ……って。


 ……まあエロはエロであるんだが、ランがやたらと抱き着いてきたり裸を晒すせいか、それなりに欲求が解消されているというか。


「モーブって、そういう面倒なことは嫌いなんだと思ってた」


 たしかにそうだが、マルグレーテにはっきり言われると、妙に傷つく。


「そう見えるか」

「うん。バリ。自分の生き方がはっきりしてて、他人は他人って感じでしょ、モーブ。十五歳のくせに、大人というか」


 まあ俺の中身は社畜のおっさんだからな。そこらの十五歳と考え方が違うのは認める。


「知ってると思うけど、遠泳大会、特殊ルールだよ。どう対応する気なのよ」

「なんだマルグレーテ。SSSクラスのスパイなのか」

「そんなことするわけないでしょ。あ、あんたなんか気にしてないもん」


 怒ったように目を見開いた。なんやら知らんが、赤くなったな。持ち込んだ枕を抱き締めたりして。


 きれいなツンデレ技決めるなあ……。技術点九・八に芸術点九・七で、大会優勝レベルだわ。


「ルール、複雑だよねえ、遠泳大会。私もよくわからないもん」


 ランが愚痴った。


「クラス全員のタイム合計で決めるんでしょ、順位」

「そう。合計短いほうが勝ち。……ただし、上位陣には補正が入る。トップ十人くらいは、マイナスタイムになるし」

「しかも補正が指数関数的だから、トップ数人のマイナスは極めて大きいよな。極端な話、トップ三を独占すれば、残りのクラスメイト全員、最下位争いでも、そのクラスは優勝になる」

「そこが面白いのよね。単にクラス全員、淡々と泳ぐだけじゃなくて、魔法使おうが相手の邪魔をしようがOKのバトルロイヤルルールだし」

「つまり、クラスで一番泳げる奴に全員が魔法補助して加速させるとか、そういう戦略だって取れる」

「逆に相手のトップの前の海に魔法で渦を作って溺れさせるとかな」

「そうそう。いろんな戦略が取れるから毎年、各クラスの知恵が問われる」


 遠泳大会は学園で百年以上続く伝統行事。このため運営ノウハウは確立されていて、教師が全員船上から監視している。誰か溺れれば即座に魔法で船上に助けるから、ほとんど危険はない。十年にひとりくらいはガチ溺れする奴がいるらしいけど。それでも死者はいないって話だ。


 泳げない奴でも出場すればそれだけでポイントが加算されるから、五メートルばしゃばしゃやってリタイアでも、充分クラスの戦力になる。だからそういう奴もクラスで白い目で見られたりはしない。むしろ「泳げないのに出てくれてありがとう」が雰囲気だ。さすが百年続けているだけあって、よく考えられてるわ、この競技。


「まあ言っても、体力泳力魔法力知力と、全てトップクラスのSSSが鉄板本命なのは確かだけどな。ここ十年だって、勝率六割とかだろ」

「そうよ。SSS以外の優勝クラスは、SSとS、あとAとCね。Bはここ十年は恵まれてないわね。中位クラスなのに」

「DかZが優勝したことないのかよ」

「ないわね」


 マルグレーテは言い切った。


「過去全部調べたけど、皆無。Dはたしか、一回くらいあったかしら。そのときは魔物との戦乱で、Aクラス以上の実力者はみんな、即席で戦場に送り込まれてたから」

「Dクラスは実力が低すぎたから、逆に学園にほとんど残ってたってわけか」

「そうそう。遠泳の成績は下位が多くても、とにかく人数が多かったからポイントが積もり積もって……。だから数の勝利」

「なるほど」


 うーん……。改めて考えても、こりゃ俺ら、勝てっこないな。


「俺の戦略もあるけどよ、SSSはどうやるんだ。魔法総力戦にでも持ち込む気か」

「それがねえ……」


 マルグレーテは、溜息をついた。


「ブレイズが主張してね」


 なぜか黙り込んだ。眉を寄せて。




●今回短めですみません。推敲しているうちに1話には長すぎる状態になったので、次話に分割しました。その代わりと言ってはなんですが、読む時間も取れるゴールデンウイークでもあることだし、次話は本日昼12:33に公開します。1日2話更新になり恐縮ですが、よろしくお願いします。


次話、ブレイズの戦略が、エリートクラスSSSドラゴン内に波紋を呼ぶ。本日12:33連続公開!

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