5 クラス対抗「夏季遠泳大会」

5-1 底辺Zクラス、クラス対抗「夏季遠泳大会」に、まさかの参戦

「さてっ!」


 朝のZクラスがざわめいた。いつもは入ってくるなり教壇で眠りこける先生が、元気いっぱい声を出したからだ。


「謎の元気w」

「リーナさんに保健室でエンチャントでもかけてもらったんかな」

「それに決まってるわ。もう夏だし、夏バテしたんだろ。歳が歳だし」

「いや違うな。魔物が攻めてきたんだ。あのおっさんがまともなことするの、それしかない」

「この世の終わりが来るんか。噂に聞く異世界の『照れ投』と同じだな」

「魔物が来るわけあるか。ここは安全な王国中心部だぞ」

「終わるのは先生だけだろ。もうどえらい歳だし」


 みんな勝手なことを言い合っている。


「もう夏じゃ。そろそろ学園の一大イベント、クラス対抗夏季遠泳大会がある。お前ら、クラス戦略はもう決めたのか」


 教壇に立ち、先生は教室を見回した。


「ああ……その話」

「それなあ……」

「まあ、例年どおりだろうな」

「辞退ってか」

「ああ。ダルいし」


 どうやらクラス揃って不出場の空気だ。


 まあ気持ちはわかる。ここZクラスには、超絶落ちこぼれしかいない。俺とラン以外は、甘やかされ続けた、地方豪商の馬鹿息子とかばかり。体力なんかあるわけないし、遠泳大会で使える魔法力もない。


 それにZに配属された時点で、負け組コンプが凄い。地元でちやほやされてきたに決まってるだけに、なおのこと。今さら大会に出て無様な姿を晒したくないんだろう。どうせ負けるなら、不戦敗のが表立って恥をかかないだけマシ――。どいつもこいつも、そう考えてるに違いない。


「そうか。お前ら、出たくないのか」


 なにが楽しいのか、先生はにこにこしながら教室を眺めている。ハゲ頭が、今日はいつにも増して輝いてるわ。


「Zクラスは毎年出場辞退でしょ。みんな知ってますよ先生」


 誰かが答えた。毎年こうなんか。ゲームでは過去話なんか出てこないから、俺は知らんかったわ。


「モーブ、お前はどう思う」


 いきなり振られた。


「お、俺ですか」

「そうじゃ。お前とランは、このクラスの異端。考え方も違うじゃろう」

「そうっすねー……」


 考えた。


 てか俺もダルいわw


 それが正直な気持ちだ。なんたってみんな必死になるに違いない学園トーナメント戦も、面倒で参加しなかった。イキるに違いないブレイズをはじめ、目が血走った連中見るのもうんざりだし。どうせ遠泳もそのパターンだろ。前世の底辺社畜のとき、馬車馬のようにこき使われる同僚を見てきたしな。もうお腹いっぱいだわ。俺はここでのんびりしたいんだ。


 俺もダルいっす――そう答えようとしたが、ふと思い直した。遠泳大会はクラス対抗とはいえ、上位入賞者には、個人的に賞金が出る。それは、俺とランにとっては貴重なチャンスだ。なんせ金無いからな、俺達。この学園を出てからの当面の生活費も、今のうちに貯めておきたいし。


 もちろん上位入賞さえできればの話だ。だが、ゲームでも遠泳大会は学園クエストの大きな柱。俺も三周クリアした経験がある。いろいろな技も覚えたから、三周めには一位入賞したし。ここリアルでも、チャンスはありそうだ。


 なら、やってもいいかな。負けたって失うものはないし。なによりランのかわいい水着姿が見られるしなー。


「……」


 熱い瞳で俺を見つめているランを見ながら想像した。制服のシャツを突き破らんばかりの、このけしからん胸が、かわいい水着に包まれた姿を。せっかくゲーム世界に転生したんだ。水着イベをスルーするとか、考えたら馬鹿じゃん。ラスボス魔王戦より尊いまである。


 よし。ここはひとつ社畜根性見せてやるか。


「俺はやりたいっすね」

「マジかよ……」

「モーブがやる気出すとか、信じられんわ」

「嘘だろ……」


 クラスに動揺が広がった。


「毎日ここで教科書読んでるだけで退屈だし。体動かしたい気分。それに辞退すると、単位落とすでしょ」

「いいよ遠泳大会の単位なんか」


 誰かがつぶやいた。


 クラスの奴は卒業をもう諦めてるから、今さら単位なんか真面目に取る気はないんだろう。来年か再来年には退学して田舎に帰ることになる奴がほとんどだろうし。


「モーブがやりたいなら、私も参加します」


 ランが手を上げた。


「よしよし」


 孫を見るような笑顔でランを見ると、教師はクラスに向き直った。


「いいのかお前ら。ランの水着姿を見られるチャンスは、これっきりじゃぞ」

「うっ!」


 今日イチの動揺が、クラスに広がった。この教師、やる気ないくせに、鋭い斬り込みだわ。男共の弱点を、見事に突いて来やがる。


「ランは、どんな水着を着たいのかな」

「はい先生。私、かわいいのが好きです。購買部に、ひらひらした水着がありました。あれがいいです」

「あ、あれか……」

「神水着じゃん」

「マジか」


 落ちこぼれとはいえ、そこは男。マネキンが着ている女子スイムスーツ各種は、全員、しっかり全部チェックしてたみたいだな。


「先生っ」


 鼻息荒く、ひとり手を挙げた。


「お、俺、遠泳大会出ます。ランが……いやランとモーブが出るなら、他に誰も出なくても、Zクラスは参加ってことになる。ならランの水着を見たほうが得ですよね」


 こいつ……。いやせめて「クラスのために出ます」くらいの建前言えよ。


「うまくすればランが平泳ぎするの、すぐ後ろからガン見できるかもしれないし」

「それかっ!」

「たしかに!」


 全員叫んでいる。ガタガタと音を立てて立ち上がったりして。


「俺泳げないけど、最初の十メートルだけでもランの後ろ取るわ。溺れて死んでも構わん。我が人生に一片の悔い無しっ」


 涙を流しながら拳を突き出すアホまでおる。こいつ、新学期早々に、誰にも聞かれてないのに胸章の解説してた、紋章オタクだわ。


「なら決まりじゃな。わしから参加申請を出しておこう」


 うんうんと、教師は頷いている。


「知ってのとおり、この遠泳大会は、ただ泳げばいいというものではない。なんでもありのバトルロイヤルだし、クラスとしての戦略が重要じゃ。力を合わせなければ、いい成績も、ランのすぐ後ろも無理じゃろう」

「だよなー」

「やっぱ無理だろこれ」

「俺達Zクラスだぞ」


 みんな溜息をついている。まあそりゃあな。体力魔力知力の全てが揃ったSSSドラゴンどころか、AやBにだって勝てるわけない。俺達、体力魔力知力の全てに欠けるクラスだからな。「普通は」な。


「そこでわしは、クラス戦略をモーブに任せようと思う。いいかな、みんな」

「いいっすよ」

「どうせ俺じゃ戦略立てられないし」

「モーブ。ランの後ろだけみんなに見せてくれ。お前ならできる」

「そうだ。ひとり五分ずつはマストで頼む」


 クラスの視線が、俺に集まった。いやお前ら、どんだけランの後ろ泳ぎたいんだよ。


「どうじゃモーブ。頼めるかな」

「いいっすよ先生」


 俺は安請け合いした。まあなんとかなるだろ。ヘタ打って最下位になっても例年どおりのZクラスだし。ランの後ろは無理かもしれんが、水着姿が見られるだけでも、みんな満足だろうしさ。


「でもモーブ。大丈夫? SSS、SS、S。それにA、B、C、Dと、上位クラスが七つもあるのに」


 心配そうに、ランが俺の手を取った。


「なんとかするさ。この遠泳大会は、特別ルールだからな。万年最下位の俺達だって、工夫すればワンチャンある」

「わあ。さすがモーブ。頼もしいねっ」


 頼り切った瞳で、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「よし、決まりじゃな」


 嬉しそうに、じいさん先生は頷いた。


「では授業を始める。皆、教科書を読むように。わしは仕事がある」


 あっという間もなく、教壇に突っ伏した。もう寝息を立てている。


 どんな仕事だよ、このハゲw やっぱ寝るんかーいっ!




●底辺Zクラスwww

次話、Zと真逆に真面目なSSSドラゴン、主人公ブレイズの打ち出す戦略が、クラスに波紋を呼ぶ。一方、マルグレーテは……。

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