2-3 主人公ブレイズのレア剣を砕き割る

 イフリートの剣は、俺の眉間に当たるやいなや、粉々に砕けた。玉鋼たまはがねを鍛えた大剣が、砂糖菓子のように。刀身の紅蓮ぐれんの炎が、花火のように飛び散った。


「なにっ!?」

「馬鹿なっ!」


 ギャラリーが絶叫する。走り込んだ勢いのまま、俺は掌底しょうていを突き出した。みぞおちに当てる。重い衝撃と共に、背骨の砕ける手応えがあった。


「ぐわあーっ!」


 ブレイズが吹っ飛んだ。十メートルほども。バトルフィールド反対側の壁にぶち当たると、崩折れて気絶する。


 一瞬にして、会場が静まり返った。


「な……なにが起こったんだ」


 全員、ぽかんと口を開けている。


「なんで剣が砕けた」

「あいつ、とんでもない石頭なのか」

「武器も魔法も使わなかったわよ」

「てか、あのレア剣、ロストだろ。もったいねえーっ」

「売ってる品じゃないからな。まず手に入らない逸品なのに……」

「それに手で突いただけで、あの威力。……巨大トロールに棍棒で殴られたより凄いじゃないか」

「王国トップの格闘士でも、ああはいかん」

「あの魔法使いの女が凄いんだろ。なんだかわからんが、謎の効果を与えたんだ」

「でも初期魔法だったわよ。しかも回復系の」

「どういうことだ」


 ざわめきが、ようやく戻ってきた。


 悪いなブレイズ。主人公補正に勝つには、これしかなかったんだ。「壁タッチ十秒以上+回復系魔法」で無敵補正がかかりSTRが一定時間二百五十六倍になるバグを、俺は生かしただけさ。


「勝負あったっ!」


 リーナさんとかいう受付のお姉様が、右手を高々と上げた。


「モーブ、ラン組の勝利」


 俺達を取り巻くフィールドが、すっと消えた。


「凄いよ、モーブ」


 駆け寄ってきたランが、飛びつくように抱き着いてきた。その勢いで、俺は尻餅を着く。


 ギャラリーがどっと笑った。


「見ろよあの新人。めちゃくちゃ強いくせに、女に突っ込まれたくらいで転んだぞ」

「強いのか弱いのかわからないわね。ふふっ」

「それよりだ、誰か受験生側に賭けてたか」

「いや、ひとりもいない。賭けは胴元の総取りだ」

「くそっ」


「ブレイズ、大丈夫か」


 ランを抱いたまま立ち上がった俺に声を掛けられても、座り込んだまま。信じられないといった表情で、苦痛に顔を歪めている。


「手加減した。バトルフィールドだし、たいした怪我はないはずだ」


 実戦だと背骨を折ってたけどな。


「そ、そんな……。ぼ、僕が負けるはずは……。入試オールA、学園始まって以来の成績で、クラスSSS、ド……ドラゴンクラスに所属したのに……」


 頭を抱えて唸っている。


「どうして……どうしてモーブごときに……」

「ほら、起きろ」


 差し伸べた俺の手を、ブレイズは払った。


「放っておいてくれないか」

「そう噛み付くな。幼馴染じゃないか」


 俺は手を上げてみせた。


「なら痛みが取れるまで、そこに座り込んでろ。大事な剣を砕いて悪かったな」

「……」


 ランの腰を抱く俺を、悔しそうに見上げている。


「リーナさん、俺とランは入学でいいですか」

「もちろん」


 受付のお姉様は、にこにこ笑っている。


「面白いものを見せてもらったわ。私、この学園まだ一年かそこらで短いけれど、見たことのないスキルだったよ。ただ……」


 申し訳さなそうに、瞳を曇らせた。


「モーブくんの配属先は、最低のZクラスね」

「なんでですか。SSSクラスを相手に、モーブが一方的に勝ったのに。それも瞬殺で」


 ランは悲しそうだ。


「武器も魔法も使ってないし、格闘系ともちょっと違う。規定から思いっ切り外れるから、評価軸が無いのよ。ごめんね。こんな特異な例、王立冒険者学園ヘクトールの歴史が始まって以来だと思うからさ」

「そんな……」


 ランは絶句している。


「でも安心して。ランちゃん、あなたは魔法適性がとても高い。それがわかったから、同郷のブレイズくんと同じ、SSSのドラゴンクラスにしてあげる」

「嫌です。私、モーブと同じクラスがいい」


 ギャラリーにどよめきが広がった。


「SSSじゃなくて、Zがいいの? そんな人いないよ。あそこ、まともな授業もないし」


 目を見開いて、リーナさんは呆れた様子だ。


「いいんです。モーブと一緒なら」

「そ、そう……。まあ上げるのは難しいけど、落とすほうは簡単だから。……でも本当にいいの、それで。後でやっぱりドラゴンがいいと言っても、無理だからね」

「それが私の望みです」


 タレた瞳でランは、決然と言い切った。


「そうはっきり言われたらねえ……。よし。ふたりとも……Zで決定。でも正直、もったいないわあ。ランちゃんほどの使い手が……」


 首を傾げてるな。まあそりゃ当然だろうが。俺がリーナさんの立場でも、そう思うから。


「リーナさん、もうひとつお願いがあります」


 俺が割り込むと、リーナさんは微笑んだ。


「なあに、モーブくん。なんでも言ってみて。あなたZとはいえ、奇妙な才能があるのはわかった。だから望みは、なるだけ叶えてあげる」


 俺を思ってランが配属先で食い下がってくれたのは、ありがたい。でもまあ正直、クラスはどうでもいい。なんたって、冒険者になるつもりでここに来たわけじゃない。当面寄宿させてもらいつつ、将来の飯の種を考える時間が欲しいだけで。SSSクラスは授業もキツそうだし、適当に手抜きできるはずのZがいいまである。


 それよりはるかに重大な問題を、俺はなんとか解決しなくてはならない。つまり……。


「俺とラン、特待生にして下さい」

「特待生……」

「ふたりとも孤児です。高額な学費なんか、とても払えない。入試費用ですら、村長がなんとか工面してくれたくらいで」

「そう……」


 俺とランの貧しい身なりを、改めて見つめている。


「特待生になるには、人並み外れた資質がないとねえ……。そうね、ランちゃんなら問題ない。モーブくんは……困ったわね」


 なんせ勝ち方が異様だったからなー。特待生ってのは、成績優秀者のみ。Zクラスになんか本来、そもそもひとりだっているはずがない。


「……」


 助けを求めるかのように、リーナさんは会場に視線を投げた。ほくほく顔の胴元が、毒づくギャラリーから賭け金を回収している。その背後に、大人が十人ほど立っている。そのほうに。


 黙ったまま、何人かが頷いた。ふたりほどは、眉を寄せ口を「へ」の字に曲げたまま、首を横に振った。残りは腕を組んだまま、微動だにしない。


「……仕方ないわね」


 リーナさんは、ほっと息を吐いた。


「モーブくん、強いのか弱いのかわからないけど、この才能をお金のこと程度で放り出したら、王国と国王陛下の損失だわ」


 背筋をぴんと伸ばし、リーナさんは尊儀そんぎの礼の形を取った。


「王立冒険者学園ヘクトールは、モーブくんとランちゃんを特待生として迎えます。才気さいきあふるる若鷹わかたかよ、ようこそヘクトールへ」


 ギャラリーが大歓声を上げた。みんな飛び上がったり足を踏み鳴らしりしたから、床が揺れたくらいだ。一拍遅れて、拍手の輪が広がった。


「やった」

「こいつは面白くなりそうだ」


 まだ立ち上がれないブレイズが、悔しそうに俺を見上げている。


「どうして……SSSの僕が、モーブなんかに……」


 まだ言ってやがる。頭抱えて。なんというか未練がましいぞ、ブレイズ。お前主人公なのに、情けないわ。


「お待ちなさい」


 声が掛かった。ギャラリーをかき分けて、ひとり進み出てくる。


 見ると、整った顔立ちながら、いかにも生意気そうな娘だ。俺を睨んでいる。赤い暴れ髪が大きく広がり、それをふたつにくくっている。学園制服を着ているし、生徒だろう。ブレザーのふっくらした胸にドラゴンの胸章をしているから、SSS。ブレイズのクラスメイトだな。髪や顔に金のかかってそうな、見るからに育ちの良さそうな娘だ。


 ブレイズが、のろのろと見上げる。


 この女は……。


 俺は見覚えがあった。もちろんゲームで。




●次話、新キャラとの初絡み+主人公ブレイズとの決着!

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