2-2 入学試験「模擬バトル」開始

 俺は決意した。「即死モブ」たるモーブのゲーム設定では、主人公ブレイズに勝てるはずがない。しかも無装備の俺に対し、相手はレア剣だし。この状況で勝つには、「例の手」しかない。それを使うと。


「見つけた。ここだ」

「マジ、フィールドが広がってるじゃん」


 いつの間にか、バトルフィールドの周囲には、百人を超える人だかりができていた。学園生だけでなく、教員と思しき大人も数人交ざっている。


「ここか。今、学園中を騒がせてる噂の決闘って」

「おい見ろよ。とてつもない入試成績のあの注目株が、なんかしらんが地味な男と対決だってよ」

「女もいるじゃないか」

「一対二でも瞬殺だよ。相手はブレイズだし」

「残りのふたり、無名の受験生だもんな。剣も杖も持ってない」

「貧乏人臭いけど、とびきりかわいいな。男は地味面だけど」

「いくらかわいくても、実力がなけりゃな」

「それもそうだ」

「まあ楽しみだわ」

「あの男が何秒で土下座するか、賭けようぜ」

「三分」

「五秒」

「いくらなんでも一分はもつだろ」


 わいわい騒いで、なんか娯楽になってるし。


「では、モーブくんとランさんの入学試験を執り行います」


 受付のリーナさんが、おごそかに宣言した。


「双方、開始っ!」

「きえーいっ!」


 剣を振りかざすと、ブレイズが奇声を発した。レアアイテム「イフリートの剣」を構えた大声で、俺が腰を抜かすとでも思ってたんかな。


「モーブの作戦は?」


 ランが、俺の手を握り締めてきた。


 わかってる。主人公補正で、ブレイズが激強いってな。こっちはただのNPCモブだ。普通に考えたら、勝てるわけない。


 でも俺だって、このゲームは死ぬほどプレイした。実際プレイ中に死んじゃってこうして転生したくらいだしな。闘技場でバトルバグが見つかったのは、やり込んだプレイヤーなら、誰もが知っている。


 そのバグはプレイヤーに有利だったんで、みんな経験値稼ぎしまくったもんだわ。イベを進めずに効率良くレベルアップできるから、神闘技場とか呼ばれてた。そのバグを開発元がサイレント修正したんで、バグより修正のほうで大炎上したのは、ネットニュースでも大きく取り上げられたくらいだ。


 問題は、ゲームのバグが、この「現実」でもまだ生きているかどうか。バグが消えていれば、ブレイズに惨敗して大怪我退場、ここヘクトールへの入学も許可されないだろう。


 だが俺は、バグが隠れていると踏んでいた。


 ここはまだ物語の初期も初期。いわば発売直後ってことさ。バグの修正は入ってない可能性が高い。俺はそれに懸ける。元々、社会のドブを這い回っていたブラック社畜だった。この世界でだって、即死モブとして底辺からのスタートだ。失うものなど、何もない。


 ならやるっきゃない。このバグ技に、俺は未来を懸けるわ。


「いいか、ラン」


 俺は語りかけた。


「俺が走り始めたら、戦闘開始だ。ランはなにもせず、じっとしてろ」

「えっ……」


 戸惑ったように、首を傾げた。


「でも私だって、少しだけなら魔法を使えるよ」

「なにもするな。じっと俺だけ見つめててくれ。それで俺が左腕を高く上げたら、その瞬間に、初期装備の回復魔法を、俺に向かって唱えるんだ」

「その程度でいいの?」


 眉を寄せ、不安そうな顔だ。


「疑似バトルだから、斬られたって死にやしないけど、怪我くらいはするよ。モーブが傷ついたら、私……」


 瞳がじわっと潤んできた。


「大丈夫だ。俺は、ランを残して倒れたりしないよ」


 頭をくしゃくしゃっと撫でてやると、抱き着いてきた。


「わかった。モーブを信じる。……でも、気をつけてね。私のためにも」

「任せろ」

「……」


 ふたり黙って見つめ合う。心が通じ合うのを感じた。


「きえーいっ!」

「なんだまだ叫んでたのか、ブレイズ。早く来いよアホらし」


 俺の言葉に、そらそうだと、ギャラリーがどっと笑った。


「ランとの打ち合わせの間、待っていてあげたんだよ。卑怯な勝ち方だけは、僕はしたくないからね」


 真っ赤になってやがる。まあ王道主人公だしな。そういう性格だわ。


「行くぞ、ブレイズっ」


 ブレイズに向かい、俺は駆け出した。目を見開いたブレイズが、剣を上段に構える。


「おい。あの貧乏人、素手で突っ込んでいってるぞ。相手はレア剣なのに」

「剣なんか買えやしないんだ。破れた服見て察してやれよ」

「やけくそ突進か。……こりゃやっぱり瞬殺されて終わりだな」

「賭けは俺の勝ちだわ」


 ブレイズに向かうと見せて、俺は反転した。全力で後方に駆ける。


「あっ。卑怯だよ、モーブっ」


 叫んだブレイズが俺を追ってくる。俺の目論見どおり、ランには目もくれない。ランの目の前で、俺が無様に命乞いするのを見せたいだけだろうからな。


「逃げたw」

「こりゃ賭けにもならんわ」


 ギャラリー大受け。だが知ったこっちゃない。別に赤の他人を喜ばせるために戦ってるんじゃない。面白がって見ている金持ちや貴族のボンボンとは違って、こっちは生活が懸かってるからな。


 最初に突っ込んだのは、ブレイズの足を止めるため。逃げたのは、ターゲットを「卑怯なモーブ」に絞らせて、ランを安全地帯に置くためだ。


 初手で奴の足を止めたので、距離も稼げた。しばらくは追いつかれないはず。この時間的余裕が、今から繰り出すバグ技には、極めて重要なんだ。


「こうして……と」


 バトルフィールドの壁まで辿り着くと、青く輝く壁に手を置いた。そのまま、壁に沿って走り始める。


「逃げないでよっ」


 ブレイズの叫びが追ってくる。だがかまやしない。作戦どおりだ。


 円を描いて逃げ回りながら俺は、壁に触れた時間をカウントしていた。五秒……八秒……十秒。


 もう充分だっ!


 右手を壁に着いたまま、左腕を大きく上げた。


「癒やしの風っ!」


 ランの手から、緑の魔法が飛んできた。俺の体が、心地良い緑の光で包まれる。


「よしっ」


 瞬時に反転すると、俺はブレイズに向かい突進した。もう壁からも手を離している。


「な、なんだ……」


 ギャラリーも戸惑っている様子。俺の突進にブレイズは立ち止まり、剣を上段に構え直した。俺は武器を持ってない。中段で様子を伺う必要はないからな。最大の斬撃力を発揮できる上段の構えで、正面から迎え撃つ気だ。


「見ろよあの貧乏人、ヤケクソで自殺する気だよ」

「回復魔法をもらってたよな。予防効果を期待してるのか」

「いや、回復魔法にはその効果はない。それすら知らない素人だろ」

「それにあれ、ただの初期魔法だ。回復効果自体がほとんどないし」

「でも初期魔法にしては威力を感じたわ。あの女の子、魔法適性すごく高いわよ。鍛えたら、学園トップクラスになれるかも」


 ざわめきが、俺の耳に入ってきた。


「悪いねモーブ。これで終わりだよっ!」


 勝ち誇った声で叫んだブレイズが、真っ赤に燃え盛るイフリートの剣を、俺の頭にまっすぐ振り下ろした。


「これで決まったな……」

「馬鹿な奴だ」

「死」


 たしかに、イフリートの剣は、突っ込んだ俺の額の中央に、正確に当たった。さすがは主人公。実戦なら、俺の頭は真っ二つ。模擬戦でも怪我して退場するパターンだ。


 だがイフリートの剣は、俺の眉間に当たるやいなや、粉々に砕けた。玉鋼たまはがねを鍛えた長剣が、砂糖菓子のように。刀身の紅蓮ぐれんの炎が、花火のように飛び散った。




●次話、バトル決着。新キャラ登場!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る